第8話 デフコン3

 突然死の原因究明という重大かつ最優先の任務を与えられたCDCは、WHOの協力も得て、感染症や細菌に詳しい研究者を世界中から緊急招集して調査チームを組織した。チームは全部で15ユニットあり、総勢は200人を超えた。いずれ劣らぬ世界最高峰の頭脳ばかりで、アメリカ国内だけでなく、欧州やアジアの国々からも大勢の研究者が投入された。

 研究者たちは最高レベルの防護服に身を包み、決死の覚悟で検死に当たった。しかし、解剖と病理検査をひと通り終えても、地球上で確認されている細菌やウイルスの類が原因ではないことが分かっただけで、死因そのものにはたどり着けないでいた。


「調査チームからの報告はそれだけか」

 ホワイトハウスではウォーレン大統領がいらだちを深めていた。オーバルルームに缶詰になっている補佐官やCDCの幹部たちも同様にひりひりするような緊張感に押しつぶされそうな感覚を味わっていた。

「何も分かっていないじゃないか。世界最高の頭脳を集めたのではないのか」

 大統領の怒鳴り声だけが室内に響き渡った。室内にいる誰もがそれをなだめるだけの情報を持っていなかった。

「大統領」

 鼻息の荒い大統領の前に、制服に身を包んだ空軍の最高司令官が進み出た。

「ん」

 大統領は視線を司令官に向けた。

「これは国防上の緊急事態であります。陸海空の全軍に緊急体制を発令すべきです」

「敵が攻めてくるというのか」

「明らかな攻撃は受けておりませんが、我が軍はかつてない混乱状態にあります。敵国がそれに乗じてこないと決めつける訳にはいきません。備えは充分であるべきかと…」

 大統領はうなった。

「デフコンレベルは…どこだと司令官は考えるのか」

 司令官は即答した。

「現時点では3かと」

「通常時を超える武力の準備か…」

 大統領はあごの辺りに手を当て、しばし考え込んだ。

「分かった、すぐにデフコンレベルを3に上げたまえ」

「了解しました」

 司令官は部屋の片隅にいた補佐官に目配せをすると、補佐官はすぐにオーバルルームを飛び出していった。

「見えない敵を探っているこの状況の中で、戦争にも備えなければならないのか」

 すでに大統領の頭の中から大統領選のことはきれいに消え去っていた。


 デフコンレベルを「3」に上げたことで、国内外の米軍基地には非番も含めて多くの隊員が集まってきた。戦争が始まっている訳ではないが、見えない〝敵〟がもたらした異常な事態は、原因が分かっておらず対処法や反撃方法は今のところ全くない。これは兵士にとって不安でしかない。基地に結集しつつある兵士は一様に硬い表情をしていた。


 アレックス博士はとある政府機関の大会議室を拠点に、ジョアンナが消失した原因を引き続き探っていた。CDCを中心とした原因究明チームが苦戦していることは自然と耳に入ってきた。博士はジョアンナを収めていた容器やラボの扉が崩壊していく監視カメラの映像を頭の中で反芻し、当然ともいえる確信を強めた。

<ジョアンナが消えたのと、突然死には同じ原因が関わっている>

 博士は、監視カメラの映像やアンドリュース博士のMRI画像など数少ない情報を何度も繰り返し調べた。

「これは…何」

 博士が思わず目を止めたのは、アンドリュース博士のMRI画像を十何度目かに見直しているときだった。それは最初にアンドリュースの検死をしたシュタイナー博士が一瞬注目した脊髄神経束にあった白い点だった。アレックスは最初、シュタイナーと同じく、その白い点を単なるノイズだと思った。しかし、何か引っかかるものを感じた。

「詳しく調べてみたい」

 だが、基地のMRIの解像度はこれが限界だ。白い点の詳細はさっぱり分からない。博士は手元にあったスマートフォンをつかんだ。

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