第7話 拡大する被害
博士らが続々と「エリア51」を脱出している頃、ホワイトハウスには米国政府の中枢部に加え、CDC(疾病対策予防センター)の幹部も集合し、ウォーレン大統領らと対策を協議していた。この時点で、アンドリュース、シュタイナーの両博士ら7人が死亡した原因は、病原体の一種と考えられていた。
「基地が砂漠の真ん中で、ある意味幸運だった。あの領域一体を厳重に封鎖しろ。アメリカからパンデミックを起こす訳にはいかん」
大統領は毅然とした口調で命令を下したが、当然ながら顔色は冴えなかった。大統領選が来年に迫っている。適切に対処しないと、支持率がまた下がってしまう、大統領の脳裏をよぎっていたのは新型コロナウイルスのパンデミック初期、ゴーストタウンと化した中国・武漢の映像だった。
やむを得ないことではあるが、この時点で大統領は事の重大さをまるで理解できていなかった。
十数人が入る会議室に、突如、空軍幹部が駆け込んできた。
「大統領、グルームレイクから脱出していた輸送機が先ほど墜落しました。乗員、乗客56人全員が死亡したものとみられます」
会議室にいた全員の視線が幹部に集まった。
「攻撃されたのか」
「いえ、エンジンの不調だとの報告が、並行していたヘリから入っています。墜落直前に4基あるプロペラが全て停止したそうです」
「そんなことが起こりうるのか」
「点検は念入りに行っているはずです。4基すべてが一度に停止することは…」
「ありえないというのか、しかし実際に起こっているじゃないか」
大統領の叱責に空軍幹部は身を縮めた。
「現地に調査隊を派遣しました。早急に原因を特定します」
大統領は鼻息で返答した。八つ当たりではあるが、怒りは収まらなかった。だが、大統領自身、何に怒っているのか分かっていなかった。ただどうしようもない腹立たしさを感じていた。
輸送機の墜落という事故はあったが、「エリア51」からの撤退作戦は整然と短時間に完了した。もともとグルームレイク空軍基地は秘密の多い場所だった。砂漠地帯の中にあるので、容易に人が近づけない上、日ごろから情報管理は厳格を極めており、基地の中で何が行われているのかを知る人はごく少数だ。今回も隊員らにきつく緘口令が敷かれた。故にこの撤退作戦の真相を知り得たのは、空軍の上層部とホワイトハウスだけのはずだった。世間には輸送機がエンジンの不調で墜落をしたという事故だけが伝わった。マスコミは墜落原因の究明に目をとられ、機体の安全性などの報道に終始していた。
しかし、撤退から数日後、国内の空軍基地で兵士が突然倒れ、死亡する事例が相次ぎ、事態は一変した。死亡例があった基地には、必ず「エリア51」を脱出してきた兵士がいた。死亡したのは「エリア51」の兵士だけではなかったが、突然死の原因にあの基地が関係していることは誰の目にも明らかだった。
ここに至って、腕利きの記者たちが異常な連続死と「エリア51」の関連に気付かぬはずはない。最初に報じたのは、ワシントン・ポストだった。同紙の電子版が「空軍で突然死相次ぐ―『エリア51』退避と関連か」とスクープをぶちかました。
その40分後にはニューヨーク・タイムズ電子版が「空軍、突然死パニック―「エリア51」関連の23人 さらに増加も」と追いかけた。時を置かずに通信社や世界各国のマスコミの在米支局が全世界にニュースを発信し、数時間のうちに全世界が「エリア51」を発端とした異常事態を知ることになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます