第6話 「エリア51」脱出

 「エリア51」の実験棟はレベル5の隔離体制を敷いていたが、それでも不十分と考えたアレックス博士は、ヘイスティングス大佐にラボのある実験棟から半径1キロを立ち入り禁止にするよう伝えた。いくら広大な面積を有する基地とはいえ、この立ち入り禁止区域は広過ぎる。大佐は反論しようとしたが、博士の蒼ざめた表情をみて思い止まった。

「了解しました。ですが、その措置をとるには基地司令官の許可が必要です」

「急いで。それと、アンドリュースが亡くなった隔離棟も同じように立ち入り禁止にしてちょうだい」

「隔離棟もですか、それでは基地の大部分が機能停止します」

「被害の拡大を待ってからにする?」

 アレックス博士は真剣な表情だ。大佐は返答に困った。しかし、何とか言葉を繋いだ。

「それに、隔離棟ではアンドリュース博士の解剖が始まったと聞いています」

 アレックス博士の顔がにわかに紅潮した。

「すぐにやめさせて。第二、第三のアンドリュースがでてしまうわよ」


 アレックス博士の懸念は杞憂で終わらなかった。

中止の命令が伝わる前に、解剖は始まっていた。命令を受けて、すぐに作業はストップしたが、その30数分後に、解剖室に入っていた6人の医療スタッフのうち、執刀医のシュタイナー博士ら4人が倒れた。アンドリュースと同じく倒れた時点で絶命していた。残る2人も1時間以内に命を失った。

「遺体を回収してはダメよ。近付いたり、触れたりしては絶対にダメ」


 アレックス博士ら調査チームの指揮所は、「エリア51」の最も南端にあるヘリの格納庫に移された。

 調査チーム以外の米兵たちも格納庫への移動を言い渡されており、体育館ほどある格納庫は人でごった返した。兵士たちは一様に不安げな表情を浮かべていた。ミサイルや機関銃の攻撃には立ち向かう勇気を奮える兵士たちも、目に見えない脅威には無力感を覚えざるを得ない。

「基地を一時的に放棄すべきだと思う」

 ジョアンナが消失し、アンドリュース博士やシュタイナーたちが突然死した。原因を究明しなければならない事象は山ほどあった。しかし、この極限の混乱状態の中で、それを実行するのは無理だ。博士は緊急的にそう判断したのだった。

「司令官に上申します。提督の許可がいるので、少し時間がかかるかと…」

「一秒でも早い方がいい。このままだと全滅するかもしれないわよ。とにかく遠くに逃げるしかない。私が今言えるのは、これだけ」

 ヘイスティングス大佐はすぐに無線機の送信機を握った。


 基地からの撤退はおよそ10分後に提督の裁可が下りた。速やかに撤収作戦が始まった。

 「エリア51」には、調査チームのほかにも、200人を超す隊員が常駐していた。基地内にあった輸送機やヘリコプターを総動員しても、一度には運べない。

「まずは調査チームを移動させます、こちらへ」

 ヘイスティングス大佐は、アレックス博士ら調査チームの十数人を格納庫前の駐機場に誘導した。そこでは大型の輸送ヘリがエンジンをアイドリングしていた。博士らがヘリに歩み寄っていくと、ゆっくりとローターが回り始めた。

 ローターが巻き起こす旋風に目を細めながら、アレックス博士は基地内を見回した。何台もの軍用車両が格納庫を目指して列をなしている。大型の輸送機も遠くの誘導路上を移動していた。しかし、基地には白煙ひとつ上がっておらず、何ひとつ被害は見当たらない。

 アレックス博士ら調査チームが全員乗り込み、扉が閉まると、ヘリは一瞬の躊躇もなく飛び立った。一気に高度を上げると、博士は「エリア51」の全体を見渡すことができた。しかし、博士の視線はラボの入った実験棟とアンドリュースらが急死した隔離棟に釘付けとなった。

上空から異常は確認できなかった。まったく平常そのものに見えた。しかし、建物の中ではとてつもない事態が起こっている。アレックスはその事態を確信して身震いした。ヘリはあっという間に基地を後にしたが、いくら遠ざかっても博士の震えは収まらなかった。

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