第11話 パンデミック

 「エリア51」を撤退してから1カ月があっという間に過ぎ去った。

その間、全米各地の空軍基地で突然死した隊員は68人に上り、その死因究明に当たっていたCDCらの医官12人も命を失った。全米のマスコミは日に日に増加する死者数を競って報じ、WHOが認定していないものの「パンデミックの兆候だ」との論調で世論を煽った。

 しかし、この時点で死者は空軍基地内に限定されていたため、国全体のパニックは抑え込めていた。一部では食料品などの買い占めが問題となったほか、富裕層は家族を国外へ一時避難させ始めていたが、日常生活の破滅的な崩壊は何とか防げていた。


 ウォーレン大統領はホワイトハウスのオーバルルームに閉じこもっていた。大統領選の中間選挙の時期が迫っており、再選を目指す現職としては寸暇を惜しんで全米各地を飛び回っている時期だ。しかし、今はそれどころではない。大量死の原因がウイルスや細菌ではなく、ナノプローブという機械装置の一種である可能性が示唆されて以降、WHOは医学者に加えて、畑違いの機械工学者にも召集を掛け、さらなる分析を急がせていた。

 しかし、原因解明の作業は、従事する研究者の安全確保という壁の前で、再び滞っている。もちろん無策ではない。医療用ロボットを改造して、人の手を介さずに解剖できるシステムを整えた。これには全米の大学から機械工学に詳しい研究者が投入され、短時間で実験機が現場に届いた。また、神経束に集まった微小な金属片を自動検査できような装置も提供された。しかし、それらの機器は短時間で全て使用不能となった。ナノプローブが、それらの機械にも悪影響を及ぼし、機能を停止させたのではないかと推測されたが、原因が分かっても対処法は未定、つまりお手上げの状況に陥っているのだ。

一刻も早く、国民や世界に対して安全情報を届けなければ、ぎりぎりで持ちこたえている不安や不満が爆発して無政府状態に陥りかねない。

「テロの可能性はないのか」

 大統領の厳しい指摘が統合軍司令官の下に飛んだ。司令官もここ数日はオーバルルームに詰めっぱなしだった。

「調査中ですが、その可能性は薄いかと…」

「中国、ロシア…奴らがバラまいたということは考えられないか」

 司令官は冷静に応対した。

「事態が発生したのはグルームレイク基地です。砂漠の真ん中で警備は厳重です。しかも、事態は隕石の落下直後、その飛来物を基地に収容した後に起こっています。この大気圏外からの飛来物自体が問題であることは明白です。これを他国が発射した可能性も調べましたが、該当時間、宇宙を含めた該当空間にそうした事実は確認されませんでした」

「それでは一体、何者がこの事態を引き起こしたというのだ」

 大統領の焦りもまた臨界点に達しようとしていた。


 死者の拡大を食い止められずにいるウォーレン大統領に、さらなる悲報がもたらされた。

「ハワイ州で同様の突然死事例が複数確認されました」

 補佐官の報告に、大統領は言葉を失った。

「複数…、どのくらいいるのだ」

「今のところ6人との報告です」

「状況は? 死者の情報は」

 補佐官はメモに目を落とした。

「1人は民間エアラインのパイロット、男性、34歳。あと、空港関係者が3人。タクシー運転手も2人います。ホテルのフロントが1人」

「エアラインだと?」

「はい、パイロットは空軍関係者の親族でした」

「タクシー運転手は」

「主に空港とホノルル市内の間で営業していたとのことです。61歳の男性と49歳の女性です」

「完全な一般民ではないか…」

 そうつぶやいて大統領はうつむいた。

 静寂に包まれたオーバルルームに、別の補佐官が息せき切って駆け込んできた。

「大統領」

 ウォーレンは顔を上げた。

「ドイツとフランス、それに日本でも突然死が発生した模様です」

 部屋に詰めていた政府の幹部たちは、声にならないうめき声を飲み込んだ。

「パンデミック…」

 大統領の小さな声が、やけに大きくオーバルルームに響いた。

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