第12話 DNA
ついに死者が空軍基地を超えて一般市民の間に発生したことと、欧州とアジアでも突然死が確認された報道を受け、米国内では抑え込んでいたパニックが、限界まで熱せられた釜が爆発するかのごとく各地で炸裂した。ニューヨークやシカゴ、ボストン、ロス、サンフランシスコ、ダラスなどの大都市部では暴動、略奪が一斉に起こった。政府は警察だけでなく、州兵も動員して治安維持に当たったが、街の破壊が収束する見通しは全く立たなかった。
さらに、追い打ちをかける研究報告がインターネット上に公表され、衝撃とともに全世界を駆け巡った。それはフランス・ソルボンヌ大学のピエール博士の報告だった。ピエールは植物の遺伝に関する研究を専門にしていた。
<ナノプローブが与える植物のDNAへの影響>と題した論文は、科学雑誌サイエンスの電子版に緊急掲載された。
論文によると、世界各地で発生しているヒトの突然死に関わっているとみられるナノプローブは、植物のDNAをも破壊し、その生育や育種に破滅的な影響を与えるとのことだった。
ピエール博士は、米国内で開かれていた学会に出席中、この異常事態に遭遇し、ナノプローブに興味を持った。独自のルートで密かに死者から採取したいくつかのサンプルを入手し、知り合いのいる米国内の大学で分析し、この結論を導き出したのだった。
<検証より警告。何らかの対処が緊急的に必要なのは明らかである。科学的な論証を待ってはいられない。地球上の生命はこのままだと絶滅する>
論文はこう締めくくられていた。
この研究成果は新たな知見と大きな不安を世界にもたらした。
<影響を受けるのは、動物だけではない>
しかし、世界に衝撃を与えた代償は大きかった。ピエール博士もまた、論文が公表される数時間前に命を落としていた。分析に当たった大学にも多くの死者がでたことは言うまでもない。
ジョアンナ落下から2カ月を過ぎたころから、死者は市民生活のありとあらゆる場所で日常的に見られるようになった。特に人口が密集する大都市部では、何百、何千という一般市民が毎日、何の兆候もなく倒れた。レストランのウエイター、小学校の教師、歯科クリニックの衛生士、工場労働者…。場所は職場や家庭、街角でも突然死が相次いだ。こうなると救急車を呼んでも出動はできない。遺体は街角や店、職場、家庭に放置された。社会活動は完全に停止した。
象徴的だったのは、テレビの生中継中にリポーターの女性が突然息絶えたことだ。
ナノプローブによるパンデミックが広がって以降、暴動に参加する一部を除いて大半の市民は外出を控えるようになった。その一方で、テレビやインターネットのニュース番組は、自宅籠城を決め込んでいた数多い視聴者を獲得していた。問題の番組も放送がゴールデンタイムということもあり、全米で数千万人が生で見ていたと推定される。
NYのタイムズスクエアでリポートをしていた若い女性リポーターは、歯切れの良い口調でパンデミックの現状を伝えていた。しかし、その言葉はいきなり途切れた。表情を失ったリポーターはブロンドの髪を乱してその場に崩れ落ちた。その模様がリアルタイムで全米に中継されたのだ。映像はインターネットを通じて世界中に拡散し何十億回もリプレイされ、人の心で膨らむ恐怖をより増幅させた。
暴動で多くの市民が繰り出したダウンタウンから人影は完全に消えた。
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