第13話 拡散する恐怖

 ナノプローブの活動機序は依然不明だった。しかし、この事態が、新型コロナウイルスと同様に、航空機などの輸送機関を通じて国内外に広がったことは誰の目にも明らかだった。

米国政府当局は国内を発着するすべての航空機の運航を禁止した。同様に海路の封鎖も決め、国内の港への外国船の入出港を禁じた。実際には世界中の国々が、アメリカからの航空機と船舶の乗り入れを禁止したのが先だったのだが。

 空路、海路での輸出入が完全にストップしたことで、ハイテク製品や工業製品を巡るグルーバルなサプライチェーンは一気に崩壊した。全米の工場は数日のうちに操業停止に追い込まれた。

 世界の金融の中心地であるウオール街の機能はほぼ停止した。株には値がつかず、市場は事実上の閉鎖状態。それと同時に、突然死が発生した国の通貨、ドルやユーロ、円も暴落し、国債も底が見えない状況に陥った。世界経済を支配していた米国の金融崩壊はわずか数日で完結し、そのヒステリーは世界中に広がった。国内に蓄えられていた膨大なマネーが、ナノプローブの「清浄国」へと流れていった。

 米国は食料自給国だ。輸出入が停止されても国民がすぐに飢えることはなかったはずだが、産業、経済が機能しなくなったため、食料品の流通がストップし店舗も営業ができなくなった。特に都市部では食料の入手が困難となり、人々は食べものを求めて次々と都市を脱出した。それは即ち、人の移動を介して邪悪なナノプローブが全米のありとあらゆる場所へと拡散していく結果へとつながることになる。


 米国より被害が遅れて発生した欧州でも、事態は似たり寄ったりだった。

 ヨーロッパで最初に死者が確認されたドイツでは、死者数が連日百人以上も確認されるようになるのに、ひと月を必要としなかった。主力産業である自動車や精密機械、医薬品の工場は操業を止め、米国と同じような経済破綻が現実となった。死者がぽつぽつと現われ始めた隣国のフランスは、自己防衛のために直ちに国境を封鎖した。

 アジアで最初の発見国、日本でも死者はうなぎ上りに増えていた。日本が悲惨だったのは食料の輸入国だったことだ、もうどの国からも食料を輸入することができない。国民が飢えにあえぐ日は刻一刻と迫っていた。

 一時期だけ「清浄国」を標榜していた経済大国・中国は、いち早く国境を閉鎖し、鎖国体制に入った。実際には、国境を閉じる前に少なからぬ死者を確認していたのだが、その事実は国民に対しても国際社会に対しても厳重に秘匿した。

 しかし、航空機、鉄道、バスといった公共交通機関の運行中止を命じ、自家用車の使用をも禁止した時点で、中国国民は米国と同様の事態が国内でも進行しつつあることを察した。結局、全面的な移動禁止というナノプローブ対策は、新型コロナウイルスの「ゼロコロナ政策」以上の失敗に終わった。国民がおとなしく従っていたのはほんの1、2週間で、備蓄食料が心細くなってきたころには、都市や農村の各地で窃盗や強盗が相次いだ。暴動のあとに、突然死が急激に増加したのは、米国がたどった道と同じだった。

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