第14話 最終破壊兵器
アレックス博士は、パニックが津波のように世界中へと広がっていく中でも、缶詰になってジョアンナの調査を続けていた。
博士と同じように戦い続けている研究者は世界各地に数多いた。そうした科学者の研究成果をインターネットでかき集め、ナノプローブの実態に迫っていった。しかし、この邪悪なプローブは、科学者に分析の時間を与えない。詳しく調べようとすると、その者の命をいとも簡単に奪ってしまう。故に、博士が集めることができる分析結果は、断片的で謎だらけのデータばかりだった。
時に絶望感に苛まれながらも博士は根気強くその断片をつなぎ合わせた。ようやく、確信を持って大統領に仮説を説明する機会を得たのは、隕石がネバダの砂漠に落下してから半年が過ぎようとした頃だった。
「大統領、これはあくまでも仮説ですが、世界各地の研究者たちが文字通り命がけで集めた小さな証拠を、科学者の良心に従って分析した結果であります」
アレックス博士はホワイトハウスのオーバルルームでウォーレン大統領と対面していた。人払いをしたので、異例なことだが、部屋の中は2人きりだった。
「博士、仮説であろうと何であろうと、早くきちんとした報告が聞きたい。この半年余り、まともな報告を聞いたことがないのでね」
アレックスは小さく頷いた。
「世界中で発生している突然死の原因は、既に報告されているもので間違いないと考えています」
大統領は頷いた。
「動物に対しては神経の働きを阻害し、植物に対してはDNAを破壊するという話だね」
「はい、大統領。しかしながら、この現象は、このナノプローブが引き起こす悲劇のほんのひとつかもしれません」
「何、ほんのひとつだと言うのか」
ウォーレンは気色ばんだ。
「世界中で何百万人もの人間が死んで、いや人だけじゃない、哺乳類、鳥類、爬虫類、ありとあらゆる生命が次々と失われている。さらに、今年は小麦や大豆といった農作物も大凶作だ。収穫はほぼゼロに近い。作物だけじゃない。樹木や路傍の草花もどんどん枯れていく。動物だけでなく、植物の種も途絶えつつあるかもしれないのだ。それがほんのひとつだと、博士は言うのだな」
アレックスは一瞬瞳を閉じた。大統領のとてつもなく深い苦悩を感じたからだ。
「ナノプローブは…」
再び話し始めた博士の声は若干かすれていた。
「単体でみると、その名の通り、ナノレベルに小さなものです」
「1ナノメートルは10億分の1メートルだったな」
「その通りです、大統領。今回、世界で悪さをしているナノプローブは1単体の直径が5ナノ程度と推定されます」
「随分と小さいな。そんなものを造れる技術は…」
「半導体製造の分野では回路の線幅が2~3ナノまで技術革新が進んでいますが、5ナノレベルでこれほどの動きができるデバイスを製造できる技術は、この地球上に存在していないことは確かです」
「地球上に? それなら誰が…」
アレックス博士は口ごもった。
「それを…今、詳しくは説明できないのですが…。とにかく、誰が造ったにせよ、我々の知見を超えた、想像以上に進歩したデバイスであることは間違いありません」
ウォーレンは身を乗り出した。
「想像以上に進歩しているとは、具体的にどういうことなのかね」
「はい、大統領。このデバイスは『集合知』に基づいて動いていると考えられることです」
「『集合知』…」
「一つひとつのデバイスは単体だと単純な動きしかできません。しかし、それが集合体になると話は変わってきます。簡単に言えば、こいつらは相互に交信して活動しているということです。突然死した人間の脊髄神経束に小さなナノプローブが見つかっていますが、これはおよそ3千から6千のナノプローブの集合体であることが分かってきました。それがひとつの共通意識をもって活動しています。単体であれば、これほど高度で甚大な影響を迅速にもたらすことはできません」
「死因に関わっているのは確か直径1ミリにも満たない金属塊と聞いていたが、それが数千のナノプローブの集合体で構成されていたと言うのか」
「それは検死に関わり命を落とした多くの科学者たちの命がけの分析結果からも明らかです。ただ、『集合知』というのは、私の仮説です。証明はまだできません。ですが、そう考えないと、今世界で起こっている事態を合理的に説明できません」
「その仮説の根拠は」
アレックス博士は手元にあった水を少しだけ口に含んだ。
「エリア51でジョアンナが一夜で消滅したことと合わせ考え、さまざまな可能性を推察しました。ナノプローブが他と交信して集団行動を取ることができなければ、これほど的確に動植物を攻撃することはできませんし、これほど素早く拡散することはできません。何しろプローブは単体で5ナノメートルしかないのです。それほどの小ささだと移動距離を稼げません。つまりこれだけ迅速に行動できないはずなんです。集まって大きくなることで移動効率を上げているとしか考えられません」
「博士は奴らをまるで生き物のように表現するんだな」
「はい、私は知性を獲得した生き物と同じだと考えています。そうでなければ、動物、植物といった対象に合わせて、これほど効果的な攻撃ができるはずがありません」
ウォーレン大統領は小さく唸った。
「博士はこれを『攻撃』と言ったな」
「ええ、大統領。奴らの『集合知』は地球上のありとあらゆる生命を攻撃することを目的に行動しているとしか考えられません。こいつらは破壊を最終目的とした兵器であるのは明らかです」
大統領は静かに目をつむった。
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