第15話 増殖

 アレックス博士の説明は続いた。

「ジョアンナはそのナノプローブが十の何条個も集まった塊だったのです。私たちは迂闊にもそれを基地に持ち込んでしまいました。彼女たちは早速、活動を開始した訳です」

「ジョアンナだから彼女か。だからジョアンナは消えたのだな」

「消えたというより、バラバラになって、相互に通信しながら再構成し、地球上の生命を攻撃し続けているといった方が正確です。そして…」

 次の仮説を伝える前に、アレックス博士は一瞬躊躇した。

「さらに、最も恐ろしいのは、彼女たちには自己複製能力があるだろうということです」

「何だと」

「ジョアンナは頑丈なチタン製のボックスに収めてラボに運びました。ジョアンナを構成していたナノプローブは、その容器をわずか数時間に食いつくしました。そして実験室のありとあらゆる金属を同様に食い荒らしました。そして、最後にドアを食い破って外に出たのです。食われた金属はどこへ行ったのでしょうか。増殖して無数のプローブに姿を変えたと考えるのが自然です」

「そんなことが…あり得るのか」

 ウォーレン大統領の顔面はいまや蒼白だった。

「恐るべき能力です。しかも複製のスピードは極めて速いものと思われます。何千倍、何万倍もの数に増えたプローブは、数千単位でまとまって人間の体内に入ったグループもあれば、数億の数で凝集し輸送機のエンジンに取りつき、機能を停止させたものもあります。輸送機の中でも金属を食べて複製を繰り返していたはずです」

「エリア51は今や瓦礫すら残らないほど荒れ果てたと聞いている。立ち入れないので原因は分からなかったが、それで説明がつく。基地に残っていた奴らが食い尽くしたんだな。輸送機の墜落現場を調べた部隊からも多くの犠牲者がでたのはそのせいなのか」

「そう考えるのが合理的です。輸送機のケースを考えると、墜落時の熱と衝撃で何十億のプローブが破壊されたでしょう。しかし、いくつかのプローブは残存したはずです。そいつらは輸送機の残骸を食い尽くして、短い時間で墜落前にいた以上の何兆というレベルのプローブを再生したはずです」

「そこに調査の部隊が乗り込んで拾ってきたという訳か。しかし、ジョアンナ自体は大気圏の突入でかなり燃えたのではなかったのか…」

「私の計算だと、隕石は地表に落下するまでに、大気圏内で全体の95%近くを失ったはずです。それでもコア部分の約2メートル強の塊は残りました。プローブ単体の大きさを考えると、それだけでも想像を絶する数の集まりだと考えられます。ラボの中で彼女たちは一気に活動を開始してしまったのです」

「そして増殖しながら世界中に拡散し続けているということか」

「その通りです。今も、ナノプローブは地球のあちこちで幾何級数的に増加し続けています。文明社会のあるところに彼女たちが複製するための材料は無尽蔵にあります」

 大統領は瞳を堅く閉じて、沈黙した。次の言葉を絞り出すまでにゆうに数分を必要とした。

「改めて聞くまでもないが、このままいくとどうなる」

 アレックス博士は即答した。

「地球上のすべての生命は根絶やしになります。極めて短期間のうちに」

 ナノプローブは単体では目に見えない細かな装置だが、大統領は頭の中では、このプローブが地球という惑星の表面を埋め尽くしている姿が浮かんでいた。

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