第21話 ポセイドン圧壊
アレックス博士はその夜から、ナノプローブの被害状況とその拡大パターンに関する情報収集を始めた。それをAIで分析して、敵の行動パターンを探るのだ。
作業は順調に進んだ。とにかく艦内は静かで作業に集中できる。気を煩わせるようなニュースも届かない。そして何より自分自身の安全が確保されているという安心感が大きい。清浄な艦内ではナノプローブの攻撃を気にすることなく過ごすことができる。
だが、その安定も長くは続かなかった。アレックス博士がモビーディックに乗り込んでから2週間ほどが経ったある日、艦内はざわめきたった。
<ポセイドンと連絡が取れなくなった>
ポセイドンは、ホワイトハウスと統合軍司令部を兼ねた、米国にとって最も重要な旗艦だった。ウォーレン大統領も乗艦している。そこと連絡が取れなくなったということは、米国が指揮命令系統を喪失したことになる。一時的に旗艦は副大統領が乗艦しているアトランティスに移った。
<ポセイドンは沈んだらしい>
艦内にそのような噂が広まるのに、たいした時間はかからなかった。
僚艦数隻によるソナー探査で、大統領が乗船していたポセイドンが水深2500メートルの深海に沈んでいることが分かった。小型の探査ロボットで艦の状態を調べたところ、艦体は無残に圧壊していた。魚雷などで破壊されたのではなく、水圧に圧し潰されたのだ。大統領を含む乗員は全員死亡したと判断された。すぐに、副大統領のデ・ランシーが大統領に就任する手続きが取られた。
海中で息を潜めているサイレント・サービスにとって、この事故、もしくは攻撃は計り知れない衝撃を与えた。
<時間はたいして稼げなかった>
比較的安全だと思われていた海中にも攻撃の手が伸びた。潜水艦という閉鎖空間では、そうした恐怖が増幅しがちだ。モビーディックの乗員たちは、口にこそ出さないものの、パニック寸前の表情をしていた。深海のとてつもない水圧に潰される自分を想像するのは辛い。
しかし、浮足立つ艦内にあって、アレックス博士は冷静さを不思議と保っていた。
<なぜ、ポセイドンだけが狙われたの>
博士は今回の事態を事故ではなく、ナノプローブ群による攻撃だと確信していた。
<いくらプローブの集合知が賢くても、この大海の中から大統領の艦をピンポイントで探り当てるほどの能力は持っていないはず>
ならば、奴らが何を頼りに、ポセイドンへの攻撃に至ったのか。アレックス博士はその理由を突き止めることで、プローブの行動パターンを絞り込めると考えたのだ。
<ポセイドンだけが持っていた何か。それは何なの>
ウォーレン大統領の死を悼む暇もなく、博士の頭脳はフル回転していた。
さらなる衝撃がモビーディックを襲った。大統領に就任したばかりのデ・ランシーを乗せたアトランティスが消息を絶ったのだ。すぐさま継承順位1位にあったヘイガー下院議長が大統領の後を継いだ。ヘイガーは原潜グランパスにいる。
「アトランティスが見つかりました」
ヘイスティングス大佐がアレックス博士にこう伝えたのは、消息不明が伝わってから半日ほど経ったあとだった。
「状況は? ポセイドンと同じなの」
博士は訊いた。
「詳しい調査はこれからですが、見つかった状況はポセイドンと同じです。恐らく何らかの原因で気密が破れて圧壊したのだと思われます」
<圧壊>という言葉はサブマリナーにとって、究極の恐怖と不名誉を意味する。
「どうしてアトランティスが狙われたの? ポセイドンもそうだけど、何が他の艦と違ったの?」
「沈んだ2艦はいずれも第4世代のコロンビア級原潜です。我が国では最新式で最大の潜水艦です」
「故障とかのトラブルは…」
「このように相次いで故障に見舞われるのは考えられません」
「もう一度訊くわよ。私たちの船と何が違うの? それを知りたい」
ヘイスティングス大佐は少し考え込んだ。
「モビーディックは一世代前のオハイオ級です。大統領が乗られていた船は当然こちらより進化しています。何度も言いますが、メカニカルなトラブルは考えづらいです。やはり攻撃されたものかと…」
ヘイスティングスの苦り切った言葉を聞いたアレックス博士の頭に突如、天啓のようにある事柄がひらめいた。
「メカニカルなトラブル…そうじゃないわね。メカニカル…」
博士は腕を組み、瞳をつむったが、すぐに目を見開き、怒鳴るように声を発した。
「大佐」
ヘイスティングスは黙考するアレックス博士の態度をみて、自分と同じように答えがみえない泥沼に陥っているものと思っていた。しかし、違った。
「ポセイドンとアトランティスは消息を絶ったとき水深どのくらいにいたの」
「50メートル程度だったと聞いています」
「私たちより浅いわね、どうして?」
「浅いから攻撃されたというのですか? 両艦が浅海にいたのは、外部と通信するためです」
「確か今は無線なのよね」
「それは末端の部隊の話です。両艦は我が軍、いや我が国の旗艦ですので、高度な暗号を施す必要もありますし、通信量も膨大です。衛星経由のデジタル通信が主だと思います」
「それよ」
アレックス博士は再び叫んだ。
「奴らのしっぽをつかんだかもしれない」
アレックス博士はすぐにジョンストン艦長への面会を求めた。
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