第17話 再移動~海へ

「大佐」

 ドアの前には空軍の制服を一部の隙もなく着こなしたヘイスティングス大佐がいた。

「博士、お久しぶりです」

「エリア51を出てからだから半年以上ね」

 大佐は帽子のつばを少し引き下げた。

「インターネットが壊滅しました」

「分かってる。うちのもそうだもの」

「はい、博士。インターネットは全世界で接続不能になっています」

「軍事ネットワークも?」

「衛星経由のネットワークを確保していますが、地上局がほぼ壊滅状態ですので、繋がる場所はわずかです。衛星受信拠点も次々と攻撃を受けています。今、通信の主力は無線です」

「第二次世界大戦のころみたいね」

「もっと悪いかと思います。電話もダメになりましたし」

 アレックスは深くため息を吐いた。

「すぐに電力網もダメになるわよ、備えておいた方が良い」

 ヘイスティングスは一瞬目を見開いたが、すぐにいつもの無表情に戻った。

「今日は、博士をお迎えに上がりました」

「お迎え?」

「はい、本日、デフコン5が発令されました。大統領をはじめ政府の主要機関は核シェルターに移動しました。博士もそこにお連れするように…と」

「ウォーレン大統領が? 私がジョアンナの専門家だから…あ、ごめん」

 ヘイスティングスは少し頬を緩めた。

「構いません。博士に悪意がないことは私がよく分かっています」

「申し訳ないと思ってるわ。この忌まわしい隕石にあなたの奥さんの名前をつけてしまって。本当にごめんなさい。ところでジョアンナと子どもたちは…」

「オクラホマの祖父方の実家に移しました。クオーターホースの牧場ですので、本当の田舎です。隣の家まで何マイルもあります。当面は安全かと」

「それは良かった。とにかく今は生き延びるために、なんでもやるべきなのよ。いや、逆ね。なにもせずに、誰とも接触せずに、ひっそりと過ごすのが一番だわ」

「誰とも接触せずに、ひっそりと…」

「そう、このナノプローブは人やモノの繋がりを最大限利用する。その繋がりから離れれば離れるほど安全度は増すわ」


 アレックス博士はコロラド州の山中にあるシャイアン・マウンテン空軍基地に連れられるという。核戦争時に軍司令部として使用することを想定したシェルターだ。博士はこれまでに収集した研究成果やデータが記憶されているパソコンや膨大な資料ごと基地に移動することにした。

「もう自宅に資料を取りに帰ることはできないわね」

 アレックス博士は軍用SUVの大きなトランクルームに資料を積み込みながら、ふとそう思った。ジョアンナが落下してからというもの、未来の予想は外れることばかりだったが、この予想だけは的中した。


 博士は山中の核シェルターに立てこもるものと考えていたが、シェルターに入ってみると、中の様子は予想とかなり違った。詰めている隊員が余りにも少ない。しかも上級士官の姿がほとんど見えない。これが司令部だとは思えない体制だ。司令室も機器類が梱包を解かれないまま雑然と放置されていた。まるで引っ越し前の倉庫のようだ。

「現在、ナノプローブを検知するセンサーの実用試験をしています。試験は最終段階です。これが完成したら、大統領をはじめ、みなさんは清浄化を確認後、別の場所に移動します。博士の研究場所もそちらに移ることになります」

 核シェルター内に与えられた小部屋で、持ち込んだパソコンを接続する作業をしていたアレックス博士に、ヘイスティング大佐がこう伝えた。

「引っ越すの? どこに。ここより安全な場所があるの?」

「海です」

「海?」

「そうです、ナノプローブは金属製の機械です。塩水の中では思うように活動できないはずと考えました。現在、残存する原子力潜水艦を主要な港の沖に待機させています。司令部はそちらに移ることになります。ですので、パソコンをセッティングする必要はありません」

「海ね…」

 アレックスは小さく頷いた。

<確かに海ならプローブの攻撃を受けづらい>

 博士はこう独りごちたが、すぐに別の考えも浮かんだ。

<大気圏ですら燃え尽きなかった奴らがそのくらいの障害はいずれ克服するはず。多少の時間稼ぎにしかならない>

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