第18話 攻撃目的

 大佐が説明したナノプローブを検知する機器は、アレックス博士が基地に到着してから、ちょうど1週間後に実用化された。世界最高レベルの工学技術をもってしても空港の金属探知機のように簡便な装置にはならなかった。どちらかといえば、医療用のMRIに近い造りにみえた。被験者は縦置きのカプセルに入ると、上からドーナツのようなチューブが下りてくる。このドーナツがカプセルを1往復したらスキャンが終わる仕組みだ。検査時間は1人およそ5分。

「これでも随分、短時間になったんですよ」

 検査装置を眺めながら渋面をつくっていたアレックスに、ヘイスティングス大佐は小さな声で弁解した。


「街の様子はどうなの」

 潜水艦まで移動するヘリの中で、アレックス博士はインカムに話しかけた。博士の乗るヘリは、大統領や主要閣僚、軍の幹部らの後、7番目に飛び立った。それは科学者や医者のグループで、ヘリは3機編隊で総勢は30人ほど。なかには顔見知りの科学者も複数いた。皆一様に重苦しい表情をしていた。

「都市から人が消えました。ゴーストタウンです。生き残った人間は郊外に逃げましたが、ダウンタウンだけでなく郊外にも遺体が放置されたままです」

 ヘイスティングス大佐の声が雑音まじりでヘッドホンに届いた。

「地獄絵図ね」

「ええ。都市の人間、いや人間だけでない動物や植物も絶滅しつつあります。都市インフラがどんどん崩壊しているのをみると、恐ろしい速さでナノプローブが自己増殖しているものと考えられます」

「街には餌が山ほどあるから」

「その通りです。エンパイヤステートビルは先週倒壊しました。摩天楼と呼ばれたマンハッタン島は今や爆撃を受けたあとか大火に見舞われた後の荒野です。ビルを支える鉄筋がほとんど食い尽くされてしまったんです。サンフランシスコのゴールデンゲートブリッジも原型をとどめていません。パリのエッフェル塔、東京のスカイツリーも消滅したと聞きました」

「奴らはたいへんな食欲よね」

「はぁ…」

 アレックス博士のジョークにヘイスティングスは素直に反応できなかった。

「ところで軍は大丈夫なの」

「それが…」

 大佐は少し口ごもった。

「港に停泊していた船舶はほとんど全滅です。空母やイージス艦も9割方やられました。残っているのは原潜を除くと長期航海中だった十数隻のみです。しかし、燃料を補給できないので、現在稼働はできていません。沖合に停泊したままです。海軍は全く機能していません」

「空軍は。飛行機は飛ばせているの」

「空母の艦載機も含めて、飛行可能な機体はほとんどありません。この輸送ヘリは、たまたま訓練航海中の空母に搭載されていたもので、清浄を確認してあります。陸上に格納していた機体はほぼ見捨てました」

「そう…。陸軍は聞くまでもないわね」

「陸軍は多くの部隊が暴動の鎮圧に出動しました。そこで機動車両や装甲車、戦車が多数感染…感染という言い方はおかしいですが、暴動の現場でプローブを拾ったようです。あとはエリア51と同じ運命です。補給に戻った基地が次々とやられて、ほぼ機能を失いました」

「それでもデフコン5なんでしょう?」

「指揮系統は生きていますが、まともに動かせる部隊はありません。今、他国に攻められたら、ほとんど無抵抗でしょう。ですが、他国も同じ状況です。そもそも、このようなときに他の国を侵略する意味はありません」

「そう、領土を奪う理由はないわよね。その価値がなくなったんだから」

 アレックス博士はそういいながら、ふとある思いが頭をよぎった

<ナノプローブの攻撃目的はひょっとして…>

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