第4話 犠牲者

「博士」

 ヘイスティングス大佐が沈痛な面持ちで話しかけた。博士はここ1時間近く、監視モニター画面の前で思考に集中していたので、呼び掛けには微動だにしなかったが、大佐の次の言葉で電撃を受けたかのように顔を上げた。

「アンドリュースが死にました」

「…」

「アンドリュースはあの後、自ら隔離室に入り待機していました。検査のため、医師が部屋を訪れたときにはもう…」

 博士は頭を抱え、うめくように言葉を絞り出した。

「死因は…」

「分かりません。検死はこれからです」


 アレックス博士はさらに混乱を深めた。C4レベルのラボからわずか数時間のうちに跡形もなく消え失せたジョアンナ、それだけでも科学的な原因をにわかには説明できない事態なのに、この異常を最初に発見したアンドリュースが突然死んだ。

「どうしますか、博士」

 茫然とするアレックス博士の傍らで、ヘイスティングス大佐が訊いた。表情は冷静さを保っているが、それは軍人の訓練の賜物であり、内心は博士に負けず劣らず動揺していた。

「そうね…」

 博士は必死で考えをまとめようとした。

「ジョアンナの件は、引き続き私が調べる。その旨を上に伝えておいて。ただ、アンドリュースまでは手が回らない。医療の専門家にお願いするわ。すぐにメディカルチームを呼んで」

「了解しました」

 大佐はすぐに無線で指示を伝えた。大気圏外の飛来物を調査する際には、万が一の病原菌汚染などを想定して、メディカルチームが基地内に待機している。

「ところで、アンドリュースはどんな状態だったの?」

 無線連絡が一段落した頃合いを見計らってアレックス博士は大佐に訊いた。

「詳しいことは分かりません。ですが、椅子に座ったままで、見た目にはとても死んでいるようではなかったと…。外傷は一切ありません」

「まずはMRIね」

「そのあと、解剖になるのでしょうか」

 博士は小さく頷いた。

「家族には連絡したの」

「はい、奥さんと娘さんが基地に向かっています」

「娘さん…確か」

「そうです、今年、中学に入学すると聞いていました。先月が誕生日だったはずです。博士はその誕生日パーティーの最中に呼び出されたはずです」

「カルガリーからだったわね。ヘイスティングスといい、アンドリュースといい、この隕石は随分と周りに迷惑を掛けるのね」

 大佐は無言で肯定の意を示した。

「まさか命まで奪うとは…。一体こいつは何者なの」

 アレックス博士は吐き捨てるように言った。

「搬入した際の簡易検査で病原体らしきものは確認されませんでした」

「簡易検査といっても、かなり徹底的に調べたから、こんな急性症状をもたらす病原体があったら、必ず分かるはずよ」

「では、病原体が原因ではないと…」

「細菌やウイルスなら大気との摩擦熱で生き残れない。もし残留していたとしても、感染後こんなに早く症状は悪化しない。原因は別の何か…、私たちがまだ知らない何か」

「だとしたら」

「そう、とてつもなく厄介よ」

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