第25話 破壊と再集合
タンカーに群がっていたナノプローブは、モビーディックが発射した1発のSLBMでひとつ残らず瞬時に蒸発した。海面に巨大なキノコ雲が立ち上ってもなお、幾千ものナノプローブの集合体がその雲に突っ込んでいた。
同様の反撃が世界各地でほぼ同時に行われた。数えきれないナノプローブが消滅したはずだが、都市部や工業地域の崩壊はそのスピードが若干弱まった程度で、流れは完全には止まらなかった。
しかし、死者数激減した。すでに人類はその大半が人口密度の低い地域に移住していた。さらに、デジタル通信がプローブを誘導することが知られたことで、人類は外部との通信を絶ち、文字通り息をひそめるように命を長らえていたのだった。
「この攻撃は何度か続ける必要がありますね、博士」
ジョンストン艦長は上機嫌だった。これまで防戦一方というより、まったく反撃できなかったことに忸怩たる思いでいたが、たった1発で多数の敵を撃滅したのだ。それを誇りに思わない軍人はいない。艦長だけでなく、隊員全員が同じ思いだった。司令室には何カ月かぶりの高揚した空気が充満していた。
「これで奴らを掃討できる訳ではありませんが、何度か繰り返すことでかなりの効果は期待できると思います。ただ…」
明るいムードに包まれる司令室にあって、ただ一人浮かない顔つきのアレックス博士を、艦長は不思議そうな表情で見つめた。
「奴らは相当に賢くなっています。この作戦がいつまで最初の効果を得られるか、それはやってみないと分かりません」
デコイ作戦は、米国内では主にワシントンD.CやNY近海で数度、また西海岸のロスとサンフランシスコ沿岸や内陸部の砂漠地帯でも何度か試みられた。効果は回数を重ねるごとに落ちていった。プローブの数自体が減っていることもあるが、「集合知」がこれを罠だと認識したせいもある、とアレックス博士はみていた。
「ここまでが限界かもしれない」
博士がそう認識したのは、最初の作戦から1カ月ほどが経った頃だった。
米国をはじめ、各国に再び閉塞感が広がり始めたころ、中国の軍事衛星が上海の近くに異常を発見した。その映像は全世界に伝えられた。
「これは一体何ですか」
ヘイスティング大佐はアレックス博士に訊いた。博士は眉間に深い皺を寄せて、パソコンの画面をにらみつけている。
映像をみる限り、それは大きさがまちまちで雑多な金属類が集合した大きな塊のようだった。ほぼ正方形に集まっている。
「まるで廃品処理場みたいですね」
「衛星からみて、大きさはどのくらい?」
「たぶん広さは1ヘクタールほど、高さは…ちょっと分からないですね。真上から撮っているので」
「てことは100メートル四方くらいね。ここに集まる理由は? デコイがある訳じゃないわよね」
「ええ。かつては陸上競技場があった場所らしいです。そこにナノプローブが集まってきています」
アレックス博士は視線を画面から外すことができなかった。
「一体何が始まるというの…」
デコイでおびき寄せている訳でもないのに、大量のナノプローブが1カ所に集まる現象は、やがて世界中で確認されるようになった。パリ、ロンドン、東京、シドニー、モスクワ、ドバイ、メキシコシティ、サンパウロ、ブレノスアイレス、プレトリア―その数は十を超え、さらに増えていった。気の早い国々は、ミサイルを撃ち込んでプローブの集合体に攻撃を加えたが、数日後には別の場所に続々と集まってくるという、いたちごっこを繰り返した。
米国もいくつかの集合体を攻撃したが、より多くの効果を得るために、しばらくプローブの行動を観察する作戦に転じた。もっと多くが集まってから一網打尽に、という考えだ。
方針転換には深刻な理由もあった。工業生産のサプライチェーンが崩壊したことで、軍需産業は壊滅状態に陥っている。ミサイルをはじめとした兵器類の補給はもはや絶望的だった。つまり、この戦いは、今現在ストックされている兵器が尽きた時点で終わる。限りある兵器を節約し最大限の効果を引き出そうという兵站上の差し迫った事情もあったのだ。
ナノプローブの集合が確認され始めてから1週間が経過した。
その間、集合体は休む間なく巨大化した。その形はピラミッドに相似していた。
「プレトリアのピラミッドはまもなく完成しそうだとの通信が入りました」
ヘイスティングス大佐がアレックス大佐に報告した。
「南アフリカはすでに兵器を使い尽くしていて、破壊ができないようです」
博士は小さくため息を吐いた。
「ICBMを撃ち込むことは可能だと思われますが…」
「それはお勧めしないわ。地球が汚染されてしまう。ピラミッドが完成したら、奴らが何をしようとしているのか分かるはず。とりあえず黙って観察するのが得策よ。ICBMを使うかどうかは奴らの出方次第」
「こんなものを造った奴らの狙いは何なんでしょうか」
「分からない」
アレックスは吐き捨てるように言った。
「でも、これが奴らにとっての最終的な作戦のような気がする」
プレトリアに建造されたナノプローブ集合体のピラミッドは、それから3日後に、四角錐の形が整い、完成形になったようにみえた。その頂点は金色に輝いていた。米国は不測の時代に備えてICBMの発射態勢をとった。
全世界はピラミッドが次にどう動くかに注目した。
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