第24話 デコイ作戦

 ヘイガー大統領はすぐに決断した。

<大統領になって最初の決断がこれとは…>

 運命の皮肉を感じながらも、ヘイガーに迷いはなかった。

 各国への連絡には、慎重を期してモールス信号を用いた。有効的な対処法に頭を悩ませていた世界の国々は続々と協力を表明した。その日のうちに、地球上と通信衛星の間で飛び交っていたデジタル通信が途絶えた。

 次にやらなければならないのは、プローブをおびき寄せる餌場を設けることだった。これはそれほど難しいことではない。海洋国が所有する艦船は、ほとんどが衛星通信の設備を搭載している。これをデコイにして、大都市部に近く、戦術核の影響を受けない程度離れた洋上に停泊させればよい。当然、デコイ近くの海中にはSLBMをスタンバイした潜水艦が潜航している。海に接していない内陸の国々は、人が住んでいない山中や砂漠の真ん中に発信装置を準備することにした。


「奴らは食いつくでしょうか」

 薄暗いモビーディックの司令室でヘイスティングスは、じっとレーダー監視モニターを見つめていた。画面の中央には、デコイ役を務める大型のタンカーが、白い点で鎮座していた。タンカーはNY沖の洋上にあった。NYで増殖しているプローブをここに集める作戦だ。

「きっと来るわよ。今、この辺りでデジタル通信を発しているのは、あの船だけなんだから」

 アレックス博士もレーダー画面を凝視していた。博士は作戦の立案者として、特別に作戦司令室への入室が許可されていた。

「しかし、不思議なのは…」

「そう、奴らがどうやって洋上に移動してくるのか。ポセイドンやアトランティスを沈めた方法だって、まだ分からないままだから」

「まさか空を飛んでくるとか、あり得ないですよね」

「それはどうだか。奴らの『集合知』は侮れないわ。どんどん進化していると考えた方がいいと思う」

 半日経っても、画面のタンカーにはこれといった変化は見られなかった。

 しかし、そのときは突然やってきた。


「艦長」

 モニターを操作している隊員が叫んだ。全員の視線がモニター画面に吸い寄せられた。

「何だ、これは」

 画面には小さな白い点が無数に映し出されていた。陸地の方からタンカーに向かって扇形の隊形を取り、急速に移動している。画面の右上側、四分の一ほどが白い点で埋め尽くされている。まるで、その部分だけ霧に覆われているようだった。

 ヘイスティングスがつぶやいた。

「ナノプローブはとても小さいものなのに…。それがこんなにはっきりレーダーで捉えられるとしたら…」

「そう、もの凄い数、恐らく億以上のプローブが集まって大きな塊をつくり、その塊が何千、何万という数でデコイ目掛けて突進しているのよ。レーダーで動いているのが分かるくらいだから、相当速いのでしょう? 速度はどのくらい」

「およそ時速790キロです、博士」

「トマホーク並みだ」

ジョンストン艦長が吐き出すように言った。ヘイスティングスがこれに続いた。

「これはもう立派なミサイルですね」

「奴らは金属を食べて自己増殖するだけでなく、自らロケットのような工業製品を造り出すことができるまでに進化してしまったのよ。そのうちに潜水艦もつくってしまうんじゃない?」

 アレックス博士が自分を納得させるかのように言った。

 司令室にいる全員が、数分の間、レーダーのモニター画面に釘付けになった。もう声を発する人はいなかった。ただ黙って画面を見つめていた。

「タンカーの様子は」

 沈黙を破ったのはジョンストン艦長だった。

「はい、モニターに映します」

 司令室の壁に埋め込まれている10ほどのモニターのひとつに、タンカーの映像が映し出された。無人のドローンがタンカーから数百メートル先でホバリングしていた。

 快晴ともいえる青空の下、タンカーは凪の洋上でのんびりと浮かんでいるようにみえた。

「まもかく着弾します」

 その平穏そのものだったタンカーの映像は一瞬にして地獄絵に変わった。

 猛スピードで飛来したプローブの塊が次々とタンカーに激突した。その数は数千、いや数万以上かもしれない。塊は棒状で、タンカーの大きさから推測するに全長が十数メートルはありそうだった。それらが、雲霞のごとく飛来し、ひたすら船体に突き刺さった。激しい爆発を予想していた隊員らは一瞬拍子抜けしたが、爆発もせずに際限なく突き刺さり、甲板を埋め尽くしていく姿は逆に暴力的で、隊員の心胆を寒からしめた。

「爆発しませんね」

 ヘイスティングスのつぶやきに、アレックス博士がすぐさま反応した。

「爆発する必要なんてないわよ。タンカーの金属を食べて自己増殖するのが奴らの狙いだし、習性なんだから」

 ものの数分で、大型タンカーの甲板は、棒状のナノプローブで占領された。それはまるで針の山のように見えた。甲板上にもはや余地はないようにみえたが、プローブの襲撃はゲリラ豪雨のように休みなく続いている。

「かなりの数が集まってきましたね」

 モニターを凝視しつつ、ジョンストン艦長が言った。

「これだけ集まっても、NYにいるプローブの半分にも満たないと思います」

「これでも半分以下ですか…」

 艦長はやや落胆した表情を見せたが、すぐに気を取り直した。

「SLBM発射用意」

 ジョンストンの緊張した声が響き渡り、司令室内の空気は一気に引き締まった。

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