第2話 ジョアンナ
流れ星は大気圏内で燃え尽きることなく、アメリカ合衆国ネバダ州の砂漠地帯に落下し、直径1キロほどのクレーターを形成した。落下場所が砂漠だったこともあり、人的被害や建物への影響は皆無だったが、米国政府はすぐに直近のグルームレイク空軍基地に調査チームを派遣することを決め、科学者や軍、政府関係者を緊急招集した。「エリア51」の名で知られる同基地には、落下から5時間のうちに、十数人の要員が航空機やヘリコプターで次々と集まって来た。
「スペースガードには検知されなかったの?」
科学者チームのチーフに任命されたアレックス博士は、軍用ヘリのローターが巻き上げる旋風で乱れたブロンドヘアーをかき上げながら、出迎えたヘイスティングス大佐に言葉をかけた。大佐は米軍の科学士官で、MIT(マサチューセッツ工科大学)でアレックス博士の教え子だった。
「残念ながら、全く検知されませんでした。博士」
大佐の渋面に目を遣り、アレックス博士は小さくため息を吐いた。
「役立たずね。もっと予算を投入しなきゃダメよ。これがマンハッタン島のど真ん中に落ちたらどうするの。大統領の首が飛ぶわよ。今回は本当に運が良かった」
「その通りです、博士」
「運が良かったのはもうひとつ」
ヘイスティングス大佐は首を少しだけ傾げた。
「私たちの手の届く場所に落ちたこと。容易に落下物を回収できるチャンスに恵まれたのは、ラッキー以外の何物でもないわね」
2人は一瞬だけ視線を合わせ、微かに口元を緩ませた。
防護服に身を包んだ調査チームは、軍用の特殊車両に乗り込み、落下地点に向かった。
「深いわね」
隕石が一瞬で造り上げた直径1キロほどのクレーターの淵に立ち、アレックス博士がつぶやいた。宇宙からの飛来物は地表面との衝突による想像を絶するエネルギーで地表を深くえぐり取っていた。形成されたクレーターはまるで砂漠にぽっかりと開いた怪物の口のようだった。すり鉢状の表面にへばり付いている岩石は熱で溶け、火山のように白煙があちらこちらから立ち上っていた。
「深い…とは」
「燃え尽きないで地表に激突した物質量が多いってこと。組成は金属が中心。しっかりした形が残っている可能性が高いし、もしかすると内部に有機物が残存しているかもしれない。三つ目の幸運があるかもしれない」
「回収するのは難しいですね」
ヘイスティングス大佐は表情を曇らせた。それもそのはず、彼は3日後から半月間の長期休暇を取得し、家族とオーストラリアでスキーを楽しむ予定だった。妻と2人の子どもの落胆ぶりを想像するだけで気が沈んだ。
「でもやらなきゃ、こんなホヤホヤの試料を手に入れられるチャンスはそうないわ」
「了解しました。早速取り掛かります」
ヘイスティング大佐はプロフェッショナルだった。すぐに気を取り直し、目の前の作戦に全神経を集中させた。
クレーターの中心部、2百数十メートルの地中から落下物を回収したのは、それから3週間後のことだった。アレックス博士の見立て通り、発見されたのは焼けただれた金属の塊だった。直径は2・68メートル。重量は762キログラムあり、ほぼ完全な円形をしていた。金属塊は堅牢なチタン合金の容器に収められ「エリア51」へと運ばれた。
「大事な休暇をフイにさせたのだから、せめて奥さんに償いをしなくちゃね」
アレックス博士はその隕石を「ジョアンナ」と名付けた。ジョアンナはヘイスティングス大佐の妻の名前だった。
まもなく人類はこの名前を深く心に刻むことになる。
ジョアンナを収容したチタン合金の容器は、「エリア51」内のラボに安置された。万一に備え、実験室はバイオハザードレベル4の隔離室を充て、厳重な管理体制を敷いた。
容器の中身は見えないが、アレックス博士はガラス張りの壁越しにラボの中を凝視していた。
「…」
眉間にしわを寄せて容器を見つめている博士の隣で、ヘイスティングス大佐は不思議そうな表情を見せた。
「どうしたのですか、博士。ブツは思ったより簡単に回収できました。何か問題でも?」
アレックス博士は腕を組みながら二、三度まばたきをした後、おもむろに口を開いた。
「軽すぎる…」
「えっ」
博士は大佐の顔を見て言った。
「金属の塊にしては軽すぎるのよ。大きさに比べてね」
大佐は小さく頷いた。
「軽いことで推測可能なのは…」
「そう、内部が空洞、もしくは球の組成が単一ではなく、内部に軽い金属か、金属より比重の小さい何か別のものが詰まっているか…仮定はいろいろできる。内部をスキャンできないのがもどかしいわ」
「調べるためには…」
アレックス博士はきっぱりと言い切った。
「かち割るしかないわね」
隕石の調査に関し、アメリカ合衆国大統領はチームリーダーのアレックス博士に全権を委任していた。
「明日、中身を確かめるわ」
しかし、翌日、事態は思わぬ方向に動いた。
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