ロックナンバー:未知への挑戦(5/7)
ヒバルは先に町に戻って行った。
ロックナンバーとサーディは丘に残って話し合いを続けている。こうなるならやっぱり飲み物と軽食の一つくらい持ってくるべきだった、とぼやきながら。
可能性の話でしかないにしろ、町の外から確認できる霧と洗脳をつなげて考えると、どうしても町中で話しの続きをする気分にはなれなかった。
「でも健康被害はないんだよな。毒ではない」
「似たようなものでしょ。私は霧が洗脳の効果範囲と考えておいていいと思う」
それなら、霧の外からやってきた者が町中に入るなり霧のことを忘れてしまっていたというのもなんとなく分かる。霧の中に入った瞬間、と言うよりは吸い込んだ際に思考をやられるのだろう。
霧の中に入るとそれを視認できなくなるなら、洗脳とは少し違うようにも思われた。そうだとすると、単なる洗脳と考えることはできない。
ロックナンバーはごろん、とその場に大の字になった。
「襲撃者たちの侵入ルートも調べないといけないんだよなあ。なんだか急に忙しくなった気がするよ」
「それはセグに任せてる。探偵になるのも夢だったんだ、とか言ってた」
セグという人物はサーディと同じくロックナンバーのメンバーである。狙撃手の男性で、間も無く三十二歳を迎える。腕は確かだがお調子者で落ち着きがない。飽き性の上にすぐジタバタして同じ場所に長い時間滞在することを好まないのに、なぜ狙撃手なんてできるのかと質問すると、彼はこう答える。
『いろんな場所に行けるからね!!』
要はターゲットを狙うためにベストな位置を探るべく、いくつかのポイントを実際に行って確かめる行為が楽しいのだそうだ。その間、彼はメモを取らずに全て頭の中で完結してしまう。
知識が豊富というわけでもないし計算が早いわけでもないが、思いつきや閃きに関しては頭の回転が早く、些細な異常や物音などもすぐ気が付く。狙撃手として腕も立つ、極めて特異な存在だ。
扱いやすい人間でもないが。
「楽しんでそうだね」
「待機中、ずっとソワソワしてて鬱陶しいから出てってもらったの」
物は言いようである。サーディは言葉を続ける。
「思ったんだけど、ベルティナに海の怪獣目当てで来た団体があったわよね? 協力を要請できないかしら」
「いくつかあるよ。突撃インタビューされた」
その人物は研究医療団体のサナバリティアから来た女性である。この団体は都市部に拠点を持ち、取引顧客も都市部の企業もしくは団体である。そして、ある程度資金力のある相手としか取引をしない。
港町ベルティナは町民の識字率も低めの田舎なのに、何しに来たのかと思ったものだ。ややこしくなりそうなので適当にあしらって逃げ回っていたのだが、三日目にして今度は怒鳴り込んできた。
『新種の怪獣なんてどこにもいない!』
『高い報酬を払う準備があるのに無駄足を踏んだ!』
『一人の犠牲者もないのはおかしい!』
『新兵器の提案は見送らせてもらう!!』
一つ一つに言い返す暇すら与えず、一方的に上記のようなことを捲し立てると、ヒールを荒々しく鳴らして去っていった。
まず新種の怪獣というのはラムラスの『洋上賃貸』を襲った怪獣のことを指していると思われるが、海から現れて海へと姿を消したのだから、陸上で探そうというのが間違っているというものだ。また、この時点では支援を求めることはしておらず、サナバリティアが勝手に人を寄越して勝手に色々言っているだけである。
高い報酬が何を意味しているのか全くわからなかったし、一人の犠牲もないのがおかしいと言われても困る。ラムラスが死んだ方が良かったのだろうか? 笑えない冗談である。新兵器の提案についても、あのタイミングで言われてもどうにもできない。
そもそも求めていないし、ロックナンバーという団体は兵器を購入するだけの財力を持たない。武器とは言わず、わざわざ『兵器』などと言うのだから、巨大怪獣と思われる海の怪獣に対する物だったのだろう。
そんなものを使って海の怪獣を怒らせでもしたら犠牲者は本当に一人では済まない。
網膜に焼き付いた怪獣襲撃後の惨状が生々しく蘇ってしまう。何度も忘れようとしたあの空気の臭いが鼻腔を満たし、触れることもできなくなった真っ黒の……。
ロックナンバーは首を横に振った。
「赤い天秤のロゴだった。怖くて覚えちゃったよ。もう来ないでほしい……」
「使ってた宿でもトラブル起こしてたみたいよ」
「何しに来たんだよ……」
ということは、襲撃者たちの大暴れにも遭遇していないだろう。もし遭遇していたなら、今ごろ町中で喚き散らかしていたに違いない。こういう時にこそサナバリティアの優れた製品の見せ所だと思うのだが、いないのなら仕方がない。
サラリ、海からの風が丘の草木を揺らしていく。日陰にいると心地よいその風に穏やかな気分を分け与えられたようだ。乱れていた心音も呼吸も少しだけ落ち着いた。
しかしベルティナに重なるように広がっている白い霧は風で吹き消されることもなく在り続けている。やはりただの霧ではない。
サーディは口を開いた。
「いまベルティナに残ってるのは二団体だけだと思う」
「二つだけ? なんかもっと来てた気がするけど」
ロックナンバーはさまざまなロゴマークを見かけている。ベルティナの店や港の紋章なら見慣れている。近くの町の紋章や世話になっている武器防具の製造所のロゴなど、いかにこの地域が田舎といっても多くの営みが息づいている。その中にはロックナンバーに取引を持ちかける小売業や生産業の者もい
れば、サナバリティアのような研究団体の影もあった。
サーディは答える。
「海の怪獣が見つからない、会えないと分かったらほとんどが早々に退却したからね。今も残って活動してる一つは怪獣研究団体のレメディウム。今回の襲撃を受けて、ベルティナに正式な滞在許可と医療支援の許可を待ってるところ。いま滞在しているのは三名で、男性一人に女性二人。負傷者のために解放された宿で活動してる」
「レメディウムは……なんか聞いたことあるな」
「ベルティナにもよく来てたみたい。都市部よりも地方の活動が主だから、チラ見もチラ聞きもしてるんじゃない? もう一つは鉱物研究団体のイスクス。こちらも正式な滞在許可と支援活動の許可を求めているところね。男女一人ずつで来てて、ベルティナの大きな病院の方で活動してるみたい」
研究団体はそれぞれ掲げているものが異なる。人命救助なのか、怪獣研究を主とするのか。鉱物研究というのも、考えるまでもなく鉱物資源であるバルクとエルオウの研究だろう。
「忙しそうだから呼び出しに応じるかどうかはわからないけど」
「必要ないよ」
ロックナンバーはほとんど即答で返した。
サーディは霧と洗脳を懸念してレメディウムとイスクスの誰かを町の外に呼び出そうとしたのだ。まるでそれを分かっていたかのように、当たり前のようにロックナンバーが拒否したことに目を丸くしていた。
当人は目を閉じ、淡々と言った。
「意味がないと思う。ヒバルさんが俺とサーディを外に、って言ったのは町中だろ。怪しい奴についても言えなかった。
だから多分……意味がない。海の怪獣が人間の言葉を理解してるのかは知らないし、どうやって何をしているのかも、霧と洗脳が海の怪獣の仕業だとしても目的が分からない。
それなら、せめてレメディウムとイスクスの活動の邪魔にならないようにしよう」
思いがけないところでよく考え、よく気づく。賭け事にはやたら弱いが怪獣と相対する、対峙するとなると勘がよく働くようだ。その一面は評価に値するとサーディは見ている。
「どうするのよ」
「連絡先知らないし、代表が誰かも知らないしね。こういうのは俺が行った方が印象もいいでしょ?」
やることが決まってしまえばロックナンバーのフットワークは軽い。早速ロックナンバーは丘を降り、ベルティナに戻る。サーディも同行することに決め、まずはそのことを部下に伝えるためにセカンドライトに戻る。セカンドライトとはヒバルが提供してくれた、ロックナンバーとその部下たちのための宿の名称である。今やロックナンバーの拠点の役割を果たしていた。
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