ロックナンバー:未知への挑戦(1/7)

「あー……これは、確かに……」

 言って、ロックナンバーは目元から双眼鏡を離した。


 よく晴れた空の下、ここは港町ベルティナを一望できる丘の上である。ロックナンバーとその部下たちは巨木の影に入って日差しを避けている。そよぐ風に潮の香りが混じっており、こんな気分でなければサンドイッチでも買ってここで食べていただろう。


 ここにはロックナンバーのほか、部下の戦闘員が二名と連絡役の二名が控えている。どちらもそれぞれ男女一名ずつであり、戦闘員は統一されたデザインの軽装備を着用し、連絡役は持ち運びのできる通信機器のほか、護身用のナイフと小型の銃を携帯している。特に連絡役は戦闘よりも動きやすさと隠密性を求めた装いであり、動いても衣擦れすら微かな静音素材のものである。


 どちらもロックナンバーの部下に当たる二人組であるが、連絡役はとても困った顔をしている。特に連絡役の女性は絶えず今の情報をどこかへ伝えており、通話を切ったと思ったらすぐに次の通話相手とのやりとりが始まっている。横顔には疲労が滲み出ていた。


 連絡役の男性は口をへの字に結んでいる。


「どうしたらいいですか? 問題なく入れるんですよね?」

「そりゃあ、霧なんて出てないからね」


 連絡役は男性も女性も訝しそうにしている。ロックナンバーに付き従ってやってきた戦闘員も困惑顔だ。


 先ほどロックナンバーが双眼鏡で確認したのは港町ベルティナの様子である。

 出てくる時にはいつもの町並みを歩いて通り過ぎ、明るく活気ある商売人たちの声や子供たちの声を聞いたのに、この高台から見下ろすベルティナの町にはうっすらと白い霧のようなものが広がっているのである。


 天気に異変があればすぐ分かるはずだ。風の強さや向きですら、戦闘集団にとって重要な情報なのだ。視界を塞ぐ可能性のある霧ならば尚のこと。だがロックナンバーは霧なんて言葉を、この港町ベルティナに到着してから一度も聞いたことがないのである。


 連絡役はロックナンバーの率いる団体の貨物の搬入を取り仕切る役割を担っている者だ。彼らは町に近づくにつれて白い霧が目立つようになったため、ロックナンバーに確認の連絡を入れたのだ。


 早朝ならともかく、いまはもう昼間を過ぎて時間も経っている。

 ロックナンバーは朝が苦手でなかなか起きられないが、きちんと起き出すサーディですら霧については見ていないと言っている。町民に尋ねてみたがこちらも誰も見ていない。全く話が噛み合わないので、ロックナンバーは自分の目で見て確認することにしたのである。


 霧などない、という言葉に連絡役は懐疑的だ。


「じゃあ、あの白っぽいのはなんですか?」

「わからないよそんなの……俺も知らなかったんだから」


 ロックナンバーは双眼鏡を連絡役に返し、自身の通信端末を取り出す。町に待機させているサーディに連絡を取るためだ。


 この通信端末は都会に流通しているようなデバイスほど洗練されてはいないが、離れた場所にいる仲間と対話したり位置情報の交換をするだけならば十分な代物である。敢えて言うなら、無骨で鉄色のそれは手のひらよりも少し大きく、やや持ちづらいのが欠点だ。重さもあり安くもないため、たくさんは出回っていない。


「モシモシ? ハロー、ハロー」


 ロックナンバーの通信は、まずはそうやってふざけた挨拶から始まる。相手から呆れられたり怒られたりするが、それすらできない場合は切羽詰まっていることを示す。これはロックナンバーも同様で、彼本人が非常事態であれば手短な要件で済ませてしまう。


 通信端末からの応答はない。ノイズ音がガサガサと続いている。そう思ったロックナンバーが耳からそれを離そうとした瞬間、金属製の甲高い音が鼓膜を貫いた。


 その音は近くにいた戦闘員と連絡役にも聞こえるほどの大きなもので、彼らは一斉に音の出どころと思われる方向に振り向いた。慌ててロックナンバーは再び呼びかける。


「さ、サーディ? なんかちょっと、すっげえ音拾ってんだけど……」


 応答はない。代わりに金属の擦る音、木製の何かが割れる音、女性の悲鳴。


 それらは日常的に聞こえるようなものではない。戦闘員たちの表情に緊張が走る。二人の連絡役はそれぞれ双眼鏡を構えて辺りの観察を始めた。だがそれをするまでもなく、港町ベルティナには異変が起こっていた。


「煙が出ています! 三件、火災です!」

「搬入部隊に一時停止、避難命令を出します!」


 女性の連絡役は再び離れた部隊に連絡し始め、男性の連絡役は女性戦闘員に双眼鏡を確認させ、火災の位置の情報を伝えた。火災は内陸側の店の並ぶエリアに一件、海側の港設備エリアには二件確認できる。男性戦闘員は目視できる距離に襲撃者と見られる人間のグループを発見、ロックナンバーに指示を仰ぐ。


「うーわ、最悪……」


 目視できるほど近くに潜伏していたということだ。しかも、いまいまの状況で彼らの存在に気が付かなかった。


「ヒバルさん怖えんだよな……あの人絶対、元戦闘員か傭兵だよ。それも歴戦の」

「言ってる場合ですか!!」

「わかってるわかってるよ! すぐに対処する! できるだけ今から遅れを取り返さないとマジメに殺される!」

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