ロックナンバー:未知への挑戦(2/7)
ベルティナが襲撃者たちのターゲットになりやすいのは、港町という役割のための設備が揃っていることと、遠方からやってくる品物を真っ先に確認できる点にある。襲撃者たちの目的は占領することでこれらの設備と労働力を支配することだ。
だがベルティナとて、そう簡単には陥落しない。腕っぷし自慢の屈強な海の男たちのほか、力仕事で町を支えている人間は少なくない。歴史的にも危機的状況に何度が陥ってはいるものの、何度も復興してきた実績がある。
特に現代においてはヒバルの存在が大きい。彼は襲撃者たちにとっての最大の脅威であった。
それはロックナンバーにとっても同じことである。
「優雅な凱旋だな」
ヒバルの声は抑揚なく、特に感動も感情もないかのようにこの会議室に響いた。
港町ベルティナには不動産を持つヒバルの他にも影響力や発言力の強い者がいる。主力産業である漁業のトップ、彼らの日常を支える宿場の長。商業や建築、医療に金融の担い手が存在する。彼らは必要に応じてそれぞれと個別にやり取りを行うほか、町に関する重大な事案については一堂に会する。
誰だってそんな場所に行きたくはないものだ。ロックナンバーにとっても、そういう場所に呼び出されるということは悪いニュースを聞かされるときと相場が決まっている、賞賛なら町民の前で行われるからだ。
この陰気な建物はかつて、ベルティナとその周辺地域がまだ『国』の一部であった時代の建築である。当時はここに役所と呼ばれる施設があったという。『国』が機能しなくなったとき、ある財界人の一族がこの一帯を治めていたそうで、その折にもこの場所がその一族の住まう居宅を兼ねる役所として機能していたのだそうだ。
改築されて豪奢な彫刻などは色褪せることなく残されているが、それがいよいよこの会議室の圧迫感を際立たせている。時が違えば、ここで豪華な会食でも開かれたのかもしれない。
今この場においては呼吸すら苦しい。しかも不利な面接をさせられている時のように、楕円形の大きな卓の前にロックナンバーは一人、立たされているのだ。
ヒバルの一声にロックナンバーは冷や汗を感じずにはいられなかった。だが顔にはいつもの明るさを。呼吸を一つ、ロックナンバーは口を開いた。
「初動が遅れたことは、本当に……」
「全くだ! どこで何をしていたんだ!? 何のためにお前たちがここにいると思っている!」
机に拳を叩きつけて吠えかかったのは金融の管理人を任されている男だ。白髪の目立つ灰色の頭髪は短くまとめられ丁寧な手入れが行き届いている。シワのないシャツ、ジャケット。やや痩せぎすの外見をしており、顔や手指に刻まれた皺は苦労を重ねていることが伺えた。彼の役割は金融資産の管理、貸し借りはもちろん町の資金についても管理している。
神経質で短気ではあるものの、憶測で語ることはしない。忙しい彼の時間の大半はさまざまな情報収集に費やされている。彼が真っ先にロックナンバーに怒声を向けたのは、言うまでもなく銀行施設が襲撃者たちのターゲットになったからだ。
何のためにベルティナにいるのか、という点については異論がある。元々ロックナンバーがベルティナに来たのは海の怪獣の調査と討伐のためだった。いざ来てみると姿を現さないし、と言って離れてくれると万が一の時に困ると言って引き留めているのはベルティナなのだ。
思っていても言うべきではないことくらいは理解している。ロックナンバーは言葉を返すことなくその怒声を受け入れていた。
「あ、あの」
ピリピリした空気を追いやったのは妙齢の女性であった。彼女は商業に関して取りまとめを担う役割を持っているが、まだまだ商業は軌道に乗れているとは言えない。彼女の肩身は狭いが彼女の両親やその協力者、同業者たちが商業で町を支えていた経歴があり、彼女自身も勉強家だ。無下に扱うことはできない。
欠点を挙げるとすれば、彼女は正論を持っていても自信がなさすぎて常に弱気であることだ。この件については勇気を振り絞ってくれたようである。
「今回はそこに言及するために集まったのではない、ですよね? その、今回の件の被害と今後の復興についての話で……。ロックナンバーさんにもやってもらいたいことがあるから……」
「責任の追求は必要だ! お前たちとて、実害がなかったわけではないだろう!」
刺々しく激しい声がわんと室内に響く。それはロックナンバーにとって効果的な精神攻撃である。野生的で原始的とも言える怪獣の処理よりも、目的が明確で荒削りな作戦を繰り返す襲撃者たちよりも、武器を持たない彼らの方がよっぽど強いし扱いに困る。
武器を持つ者が持たない市民を攻撃することはあってはならない。その武器も与えられる装備も飲食も寝床も、市民の働きによって得られるものだからだ。
怒りだとか悔しさだとかから逃げ出したくて、ロックナンバーはおかしな顔を作りそうになるし、走り出したくもなっている。なんとかその疼きを舌を噛むことで押さえ込んでいる。
パンパン、と手を叩いたのは豊かな胸元と二の腕、腹囲を誇る女性だった。彼女は宿場を取り仕切る長だ。腕相撲で彼女に勝つことができた者は、その後一年宿代が無料になるというチャレンジを常に募集している。年齢を推測することはなんとなくできるが、それを口にした者はコテンパンに伸されたのちに食後の皿洗い付きの罰を七日間受けることになる。
「そんな無駄な時間のためにアタシを呼んだんだったら、迷惑料と手数料を頂いて帰るよもう」
早く帰りたい。ベッドに飛び込んで枕に顔を埋めてそのまま寝たい。ロックナンバーの顔は舌を噛んで表情を殺そうとしているが隠しきれていない。
「追求なら後で俺がやるさ」
言ったのはヒバルだった。穏やかな口調ではあるが、ロックナンバーは「終わった」と思った。金融の管理人は憎々しげにヒバルを睨みつけたが、そのヒバルから一瞥をもらうと鼻息荒くそっぽを向いた。
ヒバルは言葉を続ける。
「お前をここに呼んだのは今回の襲撃の開始地点の調査を依頼したいからだ。まあ、捕まえた間抜けどもにも問いただすつもりでもいるが、どうせ信用できない。それに吐かせる前に法執行機関に引き渡しちまうだろう。町の内部から突然出てきやがった奴らの侵入経路を抑えて改善させたい」
「あー……」
ロックナンバーはあの時、町を見下ろす丘の上にいた。すぐそばに襲撃者の小さな集団も息を潜めていたが、あの時点ですでに町中に火の手が三件も上がっていた。内陸側ではなく、海に近い方に二件。
町は誰でも入れる状態ではあったが、ロックナンバーの部下たちが町を出入りする人間を簡易的に調べている。貨物のチェックもしているはずだが、見落としがあったかもしれない。
サボっている者がいたか……もしくは。
「それから」
ヒバルはニヤリと笑みを見せた。凄味と迫力のある笑みだった。
「この会議が終わったら話がある。いいな?」
あっ……これは処分されるのかなあ。
先立つ不幸をサーディや部下たちに許してもらえるだろうか。
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