ロックナンバー:未知への挑戦(3/7)

 会議の場では被害報告がまずなされた。死者、行方不明者はゼロ。


 これは不幸中の幸いであった。サーディを始めとする戦闘集団のメンバーも滞在していたので比較的早期に決着をつけることができた。また、海の怪獣を調査しに来たという研究団体や医療団体がベルティナに滞在していることも幸いした。彼らの人数は決して多くはないが、知識ある者の手は一つでも多い方が助かる。


 こういった襲撃の際には医療関係者も襲われやすい。殺害までされずとも、人質にされてしまえば苦しい選択を迫られる。


 現在、既に病院は負傷者でいっぱいになっている。メンタルクリニックや宿泊施設もベッドを開放し、慌ただしく人々が行き交っている状況だ。


 人的被害だけでなく、施設や設備の損害も見逃すことはできない。正確な数値に表すことはまだできないが、商業と金融の担当者の話によると、あの数時間で売り上げ二年分が破壊されたり汚損されたと見られているそうだ。その憶測が修繕や改装を含めてはいないということは、町から見た余所者のロックナンバーでもわかる。


 次に交わされたのは復興活動の優先度。協力関係の構築、隣町への伝達内容と日程の目処である。伝達にはロックナンバーの人員を用いることとなった。襲撃者に襲われた以上、一般町民や商人を用いるのは危険である。


 食料、飲料水は備蓄されているが、長期間はもたない。迅速な行動が必要だとして、ロックナンバーには直ちに隣町への連絡人員を選出の上出発させるように指示が下った。


 その会議の後。ロックナンバーは素直にヒバルに首を差し出すつもりでやってきたが、まずは連絡人員を選出しろと言われた。さらに。


「明日の朝にしよう。お前の補佐だったか? サーディも連れてこい。遅刻厳禁だ」


 その話をサーディに話して聞かせた、その時のロックナンバーの顔といったら。

 全く生気のカケラもなかったと後にサーディが語っている。もちろんサーディ本人もあまりいい気分はしなかったし、大事な時に港町にいなかったリーダーに言いたいことが何もないわけではなかったが、よほど疲れたらしいロックナンバーにさらに塩を振って萎えさせる必要もないと判断した。


 さて、約束の朝である。ロックナンバーはやや寝不足のまま、サーディを伴って出発した。ヒバルはあの会議をした建物の前におり、ロックナンバーがベルティナを見下ろしていた丘に案内するように指示した。


 移動中、ヒバルはロックナンバーのメンバーたちの安否を聞いてきた。重傷などによる欠員は出ていない。動ける者は早速、復興作業や医療業務のサポートに入っている。


「そうか」


 短く答えたヒバルは深く息を吐き、立ち止まって振り返った。ベルティナを一望できる高さにはもう少しの位置だが、町並みを遠目で見ることはできる。割れた窓ガラス、剥き出しになった木造建築の骨組みなどが痛ましい。


 その景色を噛み締めるように、焼き付けるようにヒバルは目を閉じ、それから再び歩き出した。三人分の足音が続く中、ヒバルの話が続く。


「ラムラス氏もボウガンの毒矢で一時昏睡状態になった。俺の部下も何人か病院送りにされたよ。死なないだけマシだったな。だがビジネスでは顔も重要だ。傷がある奴は何もしてないのに怖がられて話が進まないこともある」


 ヒバルの顔に傷はないが、右手の甲には痛ましい傷跡が残っている。おそらく似たような傷跡をヒバルの身体が負っていても何の不思議もないことだ。ロックナンバーはあの襲撃時、ヒバル本人が襲撃者たちを文字通り蹴散らし投げ飛ばしているのを見ている。そんな彼の部下たちがどんな人間なのかも容易に想像できるというものだ。


 また、おそらく彼らが奮闘した結果、町民たちの被害は抑えられたとも言えるのかもしれない。


「しばらく商売にならねえな。……おい、ここか?」


 やがて三人は丘の上に到達した。こここそまさにあの時、ロックナンバーがベルティナを見下ろしていた場所である。


「はい、俺はここである調査をしてました。そしたらその……コトが起こったのにも気づくのが遅れて」

「その話をしに来たんじゃねえんだ。まあ、似たところを掠めてはいくけどよ」


 ヒバルは背もたれになりそうな木の根元にどっかりと腰を下ろした。そして守り切った港町ベルティナの異様な光景を目の当たりにし、そして黙り込む。この様子はサーディも初めて目にしている。


 ベルティナは霧のような白い何かに覆われている。先ほど中腹あたりでヒバルが振り返った時にはなかったものだ。


「なるほどな、こんな状態になってたか」

「知ってたんですか?」


 意外だった。思わずロックナンバーは声をあげてしまった。ヒバルは表情を固くして口を結び、霧に包まれた港町を見ている。数秒の思案の沈黙の後に口を開いた。


「新しい建築計画が進んでいたんだ。町の東側に残っている古い建物を取り壊して、居住エリアを拡大する。店をやりたい奴も名乗り出ていて順調だったんだが、外から来る連中が揃って『霧が出ていて驚いた』と言うんだ」


 ロックナンバーのメンバーや彼と取引をしたい商人たちは進入を躊躇って確認の電話を入れていたが、そうではない商人らは霧程度では足を止めなかったらしい。実際、襲撃者たちは何らかの積荷から出てきている。奴らの侵入経路の一つはここだろう。しかし今はその話をしたいのではない。


 この霧。中にいるとその霧を視認することができない。


 これまでに何度も襲撃者や怪獣を相手にしてきたロックナンバーとはいえ、這い寄るような恐怖と不気味さに肺がカビていくような気持ち悪さを感じずにいられなかった。


「霧なら別に珍しいことじゃあない。海にだって霧は出るしな。だが問題はそこじゃない」


 ヒバルはそう言いながら大きく分厚い手を顎にやり、考え事をするように指先でさすった。


「誰も霧について覚えていないんだ。さっき連絡で霧が出てると言ったよなと聞くと『到着したら霧のことを忘れていた』と言うし、そいつが帰ると今度は『元の拠点に戻ったら霧が見えた』って言うんだ。……もう二つほど付け加えてもいいか?」


 サーディの顔色が悪い。彼女はホラーやオカルトが苦手で、こういう根拠が見えない怖さに対する耐性が低いのだ。これまでの仕事でも、憂懼危機ゆうくきき時代の戦死者の声だとか、失った腕を探して徘徊する犠牲者の霊だとかの噂のある現場には絶対に行こうとしない。


 とはいえそれは理由にならないだろう。深呼吸すら緊張で震えてしまいながらも、サーディは覚悟を決めて何度も頷いた。


「じゃあ付け加えるぞ。この霧の話は結構前から出ていたんだ。そして、誰もそれを確認しなかったし認めなかった」


 それの何が、とロックナンバーは言いかけた。気づいたのだ。挑戦するかのような眼差し。

 ヒバルはこちらを試している。何か期待する答えを待っているのだ。

 手繰り寄せないといけない。そう直感した。サーディは思考が鈍くなってしまったようだが、オカルト話をしたくてヒバルはここまで来たわけではあるまい。


 数秒もない。ロックナンバーは直ちにこの会話のラリーを続けなければならない。できるだけ、正確に。

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