旧時代の人々(後編)

 いくつかの商品宣伝、セミナー開催の知らせなどの広告動画が流れる。およそ六分後に再び番組のテーマソングと観客席からの拍手によって番組が再開された。


「ルーカス・ミラーです!

 本日は特集『歴史の塵』と称してトークしております! いつものように全三部に渡ってお送りします。

 ただいま第一部は『旧時代の人々』、ゲストは小説『木漏れ日の机上の恋』『八番目の鍵』で一躍話題となった小説家、ダミアン・ラムラスさんです!」


「よろしくお願いします」

 登場時に比べれば多少は緊張のほぐれた様子の小説家の笑顔は、一部の女性に好感触だ。ミラーの輝かんばかりの笑顔よりも控えめで、知的な印象を与える。


「では早速なんですが、旧時代の人々の生活ってどのようなものだったのでしょうか? 映画『木漏れ日の机上の恋』ではその映像化に苦戦していたと伺っています。現代と比べてどう違っていたのでしょうか」


「実といえば、そこまで大きすぎる変化はありません。現代よりももう少し安定していたと言えると思います」

「そうなんですか!」


 二人の背景のスクリーンが映画『木漏れ日の机上の恋』で使われたワンシーンを描いている。制服姿の少女が学舎の教室の窓から外の景色を見つめる、印象的なシーンの一つである。そこに広がる光景はかつての発展国の光景を映像で再現したものだ。


「もちろん全ての地域で安定していたわけではありません。先ほど申し上げた通り、簡単に問題が解決することはありませんでした。

 また、人が集まり文化を築き、歴史が刻まれてゆくなかで起こった衝突も数多く記録されています。ある程度の経済力を持つ『国』とそこに住まう人間ならば、広く安定していたようですね」


「現代でいえば『都市』ですね。

 このスタジオは商業都市バスティドニアにあり、安定した生活を送ることができてます。番組をご覧になっている方なら、誰もが一定以上の安全の中に暮らしていますよね」


「旧時代ではもっと広く安定させることができていたということですね。完璧ではなかったにしても、あれほどまでに発展させることが出来たという歴史からは学べることがとても多いのです」


 背後のスクリーンにはドラマ『八番目の鍵』のプロモーション映像が流れている。旧時代のとある地域に根付く秘密に近づいていく若者たちのミステリーだ。中流階級ほどの彼らが、実生活を送りながら別のことに挑戦することができるのは、まさに当時の『国』が現代の『都市』よりも経済を安定して回していたことを示している。


 『都市』に住んでいても、緊急時にはすぐに動ける備えが必要な現代ではなかなか考えられないことだ。


「旧時代の人々の生活や価値観が、なぜ現代に引き継がれることがなかったのか。興味深いですね。未来というものは明るいものであってほしいと思いますが、やはり『憂懼危機ゆうくきき』がそれほどまでに凄まじいものだったのでしょうか?」


「そうですね。旧時代では子どもたちに与える教育を一定期間義務としている国がとても多かったのです。識字率も高く、母語とは異なる言語を学んだり、より深い学問や技術の取得に挑戦したりなどしていたようですね。

 その結果、世界が平和であるならば自分も安全に暮らしていける、ということを学ぶことが出来たのだと思います」


「それはどういうことですか? 例えば、学問として平和学のようなものがあって、履修を義務としていたということですか?」


 ラムラスはトニックウォーターを口にした。合わせてミラーも口に運ぶ。コマーシャルタイムの際に消費されているようで、二人のグラスはやや減少しているのが見て取れる。


「そのような学問があったわけではないようですが、母国語や社会情勢を学ぶにあたって、先祖や土地の歴史に触れることになったわけです。

 教育というか、誘導的ではあったようですが『平和とは、自衛のために殺傷力のある物を持つ必要のない状態のこと』が基礎にあったようですね。

 旧時代に生きる人々は世界平和を掲げ、人間同士の争いだけでなく地域環境にも配慮が必要だと考えるのがほぼ一般的でした」


「ほぼ一般的というと……」

「性格や価値観までを法で縛り上げることは、逆に平和的とは言えないでしょう。現代でも発生しているような事件は当時にもあったのです」


 背景スクリーンに直近の事件や凄惨な事故当時の報道の様子、見出し広告が泡のように出現して消えた。

 しばしの考える間が番組内に漂ったが、ミラーは沈黙をゆっくりと制した。


「いまだからこそ、過去を学ぶ必要があるのかもしれませんね。当時とは時代が違いますが、地続きの歴史の上に我々は立っています。仕事でも同じミスを繰り返すことは推奨されません」


「その通りですね。何かあって都市から離れざるを得なくなったとき、荒野や森林で行き倒れるのは自分かもしれません。このとき、知識や知恵があると助かる可能性がある。こういった奇跡はいくつも歴史に刻まれています」


 背景スクリーンが戻った。二人の座するカフェの一室のような空間が再び出現することで、このトークテーマが終わりつつあることを視覚的に伝えている。

 ミラーが立ち上がると、示し合わせたようにラムラスも立ち上がった。握手を交わす。


「本日はありがとうございました。とても有意義な時間が取れたと思っています」

「こちらこそありがとうございました。拙いながら、皆様に何かのきっかけになれたなら幸いです」


「最後にお伝えしておきたいことはありますか?」

 ミラーに促され、ラムラスは少し考える素振りを見せた。目線がカメラを探し、そちらに向き直る。


「学問や技術に無駄なものはきっとありません。勉強のきっかけは、学び舎でだけで出会うものでもありません。あなたが生きるために、ぜひ気になったものからお手に取ってください」


「ダミアン・ラムラスさんでした! みなさん、盛大な拍手でお送りください!」

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