新時代の幕開け(後編)

 有名スポンサーたちの宣伝はおよそ六分で終了した。宣伝の中にはダミアン・ラムラス原作のドラマ『八番目の鍵』も流れたほか、ゾラ・ジョインズ監修の著書『今を生き抜く人類への警告』も公告されている。


「お待たせしました! ルーカス・ミラーです!

 今回の特集は『歴史の塵』。そして本日お届けするのは第二部となる『新時代の幕開け』です!

 ゲストにはゾラ・ジョインズさんをお迎えしております。引き続きよろしくお願いします!」

「よろしくお願いします」


 ココナッツウォーターはミラーの口には合わなかったようで、グラスはそこまで減ってはいない。対してジョインズのグラスはつい先ほど動かした様子があり、わずかに水面が揺らめいている。

 ミラーは早速話題を投げかけた。


「新時代の幕開けは埋没遺物から発掘された鉱物資源によってもたらされました。黄金の輝きのエルオウ、漆黒の輝きのバルク。二種類のうち、先に発掘されたのはエルオウだったそうですね」


「はい、眩いばかりの輝きが探索隊や発掘員の目を惹きつけたと記録に残されています。バルクもそうですが、この鉱物資源は硬度が低く、簡単に採集が可能でした。

 研究の結果、有機物であることがわかり、極めて効率の良い燃料として利用可能であることが判明しました」


 これは現代にも通じており、機械だけでなく日常的に燃料として用いられている。割れやすいことから装飾品としての加工には向かないものの、それそのものをインテリアにするには十分な輝きを持つ。現代では特にエルオウを多く保持している者が強い権力を持つ傾向にある。

 ジョインズの言葉は続く。


「ただし、エネルギーとしては反発しあうため、たとえばエルオウ由来の燃料で走る自動車にバルク由来の燃料を注いでしまうと爆発を引き起こします。

 これは身近に発生しやすい事故のため、現在では使用する鉱物資源を混合しないように地域ごとに管理するようになりました」


「固形燃料や持ち運べるバッテリーとして、私も目にしたことがあります。扱いはかなり厳重に行なっていますよ。その危険性は大いに理解しています」


 特に生まれ故郷を離れたばかりの者などが遭遇しやすい事故である。規模の大きな都市ではエルオウが主流となっているが、中規模な町などではバルクが一般的だ。初めて都市に入る際には、入門管理局で厳しいチェックを受ける。


 背景のスクリーンには注目度の高いエネルギー事故の報道の見出しがいくつか表示された。深刻な表情でジョインズは頷いた。


「必要な措置ですね。身近なものとはいえ、常に注意すべきものです。また、この鉱物資源の大きな特徴が『再生する』ということです」

「本当に不思議な現象ですね! 現代では当たり前のように考えられていますが、たとえば芯を残して丸齧りしたリンゴが翌朝元通りになるようなことですよね?」


「さすがにその速度で再生しませんが、概ね間違いではありません。消費された分だけ再生します。計画的に使えば、半永久的に利用可能なエネルギーとして注目されたのです」


 たとえば一キロのエルオウから百グラムを取り出して燃料にすると、残された九百グラムのエルオウが少しずつ再生する。三キロのエルオウを一キロと二キロに分割しただけでは再生しない。あくまで消費された時に再生するのである。また、再生するのは最後に取り除かれたものから再生することがわかっており、バルクでも同様の現象が確認されている。


 明るい話題ではあるが、ジョインズは明らかに顔を曇らせた。


「これが文明の発展を加速させましたが、人類の探究心は誤った方向に進んでしまったのです。エルオウとバルクは反発して爆発しますね。つまり爆薬として利用が可能なのです。


 この技術は埋没遺物を発掘する際に用いられましたが、武器への転用を経て兵器へと活用されるまで時間を要しませんでした。そしてそれは旧時代の『国』というものを失くし、世界人口五十億人と言われていた旧時代の人類は、新時代の幕開けからおよそ三十年で半減しました」


「『国』というのは第一部でダミアン・ラムラスさんから紹介されたものですね。都市よりももっと広く大きなものだったと聞いています。それが失われてしまったというのは、現代において『国』を自称する地域がないことからも明白です。ところで、いくつか質問してもいいですか?」


「どうぞ」

 ジョインズの話題は今や現代に生きる人間にとって、特に都市に生きる人間にとっては常識だ。だからこそ、押さえておきたい話題なのである。常識ではあるものの、最新情報は日々の研究によって随時細かな修正がなされている。


「まず、埋没遺物と呼ばれている地域には今も鉱物資源があるのですか? また、鉱物資源はエルオウとバルクだけだったのでしょうか」


「良い質問ですね。埋没遺物にはもう、鉱物資源はありません。一ミリのカケラも見つからないでしょう。現在はその空洞が観光地となっています。そして、鉱物資源はエルオウとバルクの二種類のみです」


 有名な都市伝説によると、エルオウとバルクの他に全く別の鉱物資源があったというものがある。それはある陰謀によって持ち去られただとか、爆発によって消失したなどと、まことしやかに囁かれているが、ジョインズという専門家の口から否定されたのである。


 ミラーの質疑は続く。

「次に武器や兵器の転用ですが、なぜこれが加速したのでしょうか。確か、旧時代の人々は世界平和によって安全に暮らせるという共通認識のようなものを持っていたと思うのですが」


「残念ながら生き物である以上、人間も理性の他に本能や原始的な野心があります。旧時代は確かに埋没遺物からの鉱物資源がなくとも栄えた時代でしたが、完全なものではありませんでした」


 それは小説家がどんなに美化して描いたとしても、まことしやかに描写したとしてもフィクションである以上は事実ではない。ジョインズはココナッツウォーターを再び口にしてから言葉を続けた。


「人類の歴史といっても、その実態は生存競争に他なりません。原点は弱肉強食や自然淘汰、優勝劣敗にあります。

 地域によって異なる文明が発達していくのは、同じ鳥類でも異なる地域で異なる特徴を持つのと似ています。

 そこに優劣を持ち込めばどうなるのかは目に見えていますね。現代に生きる我々も、不当な難癖や揚げ足取りをすれば腹が立つでしょう。それを長期間、強いられていればどうなるでしょうか」


 抑圧された怒りが暴発することによって起こる凄惨な事件は現代でも起こりうる現象だ。


「そしてそこに、エネルギー効率の良い武器や兵器が生み出され、商人は金のために需要のあるところへ持ち込むでしょう。最も需要が高いのはどこでしょうか?

 議論をするためにスーツを着て訪問した人間が対話を試みるのと、銃火器によって発射された弾が目標に到達するのとはどちらが早いでしょうか。

 そうして武力による応戦が始まったのが、現代でいう『世界崩壊憂懼危機せかいほうかいゆうくきき』と呼ばれる大規模な戦争状態です」


「それを回避することはできなかったのでしょうか」

 ミラーは明るい話題を好むタレントで知られているが、この話題は人類にとって重要なものだ。彼の表情は演技ではなく真剣なものになっている。


「回避することはできたでしょう。また、そのために奔走した人物は確かに存在しました。彼らは実際に歴史の塵となってしまい埋もれていきました。

 現代に生きる我々がこうして考えながら議論をすることができるのは、当時を生きていないからとも言えます」


「私も独学で『世界崩壊憂懼危機』を調べたことがあります。学生の時分に、論文を書くためにですね。本当に凄惨な時代でした。今の私たちが生きているのは、それでも生き延びてくれた先祖のおかげであることを痛切に感じました」


「二度と起こるべきではない、人類史最大の汚点です。さらに状況を悪化させた要因は責任者や代表者たちの議論の激化、停滞して進まない対話、その間に武器や兵器がより安価に出回るようになったことです。それだけじゃない……」


 ジョインズは再びココナッツウォーターを口にした。もう彼女のグラスは空だ。


「未確認の新種の獣が同時多発的に出現、人類を襲撃し始めました。当初は人類の不安に触発された野生動物と思われていましたが、全く異なる生態を持つ怪しい獣でした。

 のちに怪獣と呼ばれる存在の出現です。これが『世界崩壊憂懼危機』を加速させたと言われています」


「怪獣は現代にも残る問題の一つですね。あれだけの大戦争があったのに、怪獣だけは残ってしまった」


「鉱物資源とその技術も残ってはいますが、戦争のために使いすぎたため現在は節約傾向にあります。そして忘れてはならないことは、我々の時代はまだ続いているということです。正しい知識と希望を持って力強く生きてゆくことこそ、現代に生きる人類の課題なのです」


 背景のスクリーンが暗転していき、やがて元のカフェ風の一室が映し出される。窓には平和な海辺が輝いていた。

 結局ミラーのグラスはほとんど減らないままに第二部は終わりを迎えようとしている。


「そうですね。いかに歴史が暗いものであっても、今の我々がいるのはその積み重ねがあったからです。少しでもより良い未来のために、ルーカス・ミラーはエンターティナーであり続けたいと思っています」


「ミラーさんのご活躍に期待しています。本日はありがとうございました」

「こちらこそありがとうございました! 特集『歴史の塵』の第二部『新時代の幕開け』。ゲストのゾラ・ジョインズさんでした!」


 ミラーが立ち上がり、観客席に拍手を促す。湧き出る拍手にジョインズが立ち上がって礼を向けた。

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