あるトーク番組の記録#02
新時代の幕開け(前編)
「お待たせしました! ルーカス・ミラーです!
今回は特集『歴史の塵』の第二部をお届けします! 第二部は『新時代の幕開け』。
今回のゲストに私、とても緊張しています! ゾラ・ジョインズさんです! どうぞ!」
スタジオが盛大な拍手に包まれる。やってきたのは淡いグリーンのスーツを着た女性であった。ミラーよりも長く生きた様子の
紹介された女性は会釈し、しなやかな足取りでミラーの元へやってきた。握手と軽いハグを交わす。
上品な彼女の口元が笑みを浮かべた。一見して近寄りがたい知的な女性の様相だが、その笑顔は柔らかな魅力をたたえている。
「お招きくださりとても嬉しく思っています。まさか本当にお会いできる日が来ようとは考えもしていませんでした」
「こちらこそ! 快く応じてくださいまして嬉しいです! 本日はよろしくお願いします!」
ミラーは早速、トークの中心となるソファにジョインズを案内した。カフェの一角を模したその空間の背景は小気味良い音楽でも流れていそうな、晴れた海辺に臨んだ窓がある。この窓は背後に広げたスクリーンによって映し出されたものであり、実物ではない。
ジョインズが腰を下ろしたところでミラーも着席する。そこにスタッフが素早くドリンクを差し出した。もはやこのシーンもお決まりのワンシーンである。
「今回準備いたしましたのは、ジョインズさんのお気に入りという、ココナッツウォーターをご用意しました。少し塩味がありますね」
「生産地によって少しずつ味わいが変わるのです。このドリンクは私の人生のパートナーです。私が好んで取り寄せているもので、疲れ果てた時やサウナの後のシャワーを浴びた時などにも愛飲してます」
ミラーにはあまり飲み慣れないもののようだ。塩をわざわざ飲むなんて、と思っているのかもしれない。
「なんだか健康に良さそうな味ですね! ではまずはジョインズさんの紹介からさせてください。皆さんは現代で最も読まれている論文をご存知でしょうか?」
そう問いかけるミラーの手には二冊の冊子が握られている。どちらもカメラに向けてタイトルが見えるようになっていた。
「一つは『
現代に生きる我々の基本的な情報はほぼ、この論文を出発点にして広まったと言われています。
もうお分かりですね? この論文を発表したのがゾラ・ジョインズさんです!」
「これを書き上げるのには、私だけの力では不可能でした。ご協力いただいた団体の方や恩師には足を向けて寝ることもできません」
「おかげで専門家でない我々も基本的な情報を知ることが出来るようになりました。ゾラ・ジョインズさんは旧時代から新時代にかけての歴史研究や社会状況の研究を主にご活躍されています」
この論文の初版は二十年ほど前に発表された。その後の研究や観察によって判明した事実を随時更新し、正しい情報の発信に努めている。
論文は現代を生きる人々に向けて分かりやすく簡略化されたものがいくつも作成されており、都市外に作られた設備に従事する人員に向けたものや、都市ではなく町や村などに生きる人々に向けた指南書など、それぞれに必要な形に作り直されたものが出回るようになった。ジョインズの論文を参考にした制作物は都市に住んでいれば探さずとも見つけることができる。
「それでは早速ですが、今回のテーマである『新時代』なんですけども、これは旧時代に対して新時代と呼称されたという認知が一般的ですね」
「ええ。その認識でおおよそ正確といえます。より厳密に定義すると、埋没異物が発見された瞬間から新時代到来と定められています」
「なるほど、では埋没遺物が発見された年から百五十年ほど経って、今に至ると思っていいんでしょうか」
前回の放送でダミアン・ラムラスの著作『木漏れ日の机上の恋』『八番目の鍵』はどちらも旧時代が舞台であることは語られたばかりである。
「そうですね。まだそれほどしか経っていません。その重要な百五十年の四分の三ほどを戦争に費やしてしまいました。これは人類における重大な失態だったといえます」
「厳しいご意見ですが、私も同意ですね。過去に生きた人々を否定することは現代を否定することに近しいことです。しかし人類を発達させた技術で人類そのものや文明が滅びることほど、愚かなことはないでしょう。望んだ結果でないならば尚更です」
ミラーは明るい話題を好むことで知られている。意見としてネガティブな言葉が出てくることは必要なことだが、私利私欲のために何者かを犠牲にすることは許容しない。これはミラーがゲストとして過去に出演した番組でも語られ、エッセイにも書かれていることだ。彼はエンターティナーとして、視聴者に不要な不安と疑念を与えることはしたくないのである。
ミラーはココナッツウォーターでヒートアップした自身を落ち着かせ、言葉を続けた。
「新時代の始まりは海底火山による大型地震と、その影響を受けて発生した断層による大型地震との二つの災害によって発見された埋没遺物がきっかけとなっていますね。今でも私はこの状況がファンタジーか神話の出来事のように思うことがあります」
「無理もないことです。平穏な日常を送っていると海底火山なんて関係しませんし、断層や大型地震などは馴染みない現象です」
ジョインズは細い足を組んだ。
「しかし、実際に起こってしまったのです。そして、それがきっかけで遥か昔に衝突した隕石のものと考えられる鉱物資源が発見され、現代に通じる技術と戦争に繋がることになったのです」
「なぜ隕石のものと断定できたのですか?」
「まず、隕石は大気よりも外に広がる宇宙空間からの飛来物です。それは大気圏に突入する際に表面が融解します。
簡単に説明しますと、大気とは空気のことと思っていただいて良いでしょう。空気は複数の気体の混合気体です。我々にとって身近な酸素や二酸化炭素だけでなく、水蒸気や窒素など様々な気体が混じっています。
雷や静電気の発生する理由を思い出してください。摩擦によって発生しますね。また、初歩的な火の起こし方も摩擦によるものです。これが隕石落下時にも起こります」
背景のスクリーンが静電気や原始的な発火装置の映像を流し、続いて隕石が大気圏に入るイメージ映像を映し出した。ジョインズは一口、ココナッツウォーターを口にする。
「埋没遺物にも融解した岩石部分があり、その部分を掘り進めていくと現代でいうところエルオウ、バルクと名付けられた新種の鉱物資源が発見されました。隕石は過去にも発見例がありますが、石や鉄よりも割合多く発掘されたのがこの二つの鉱物資源です。この発見こそがまさに旧時代の終わりであり、新時代の始まりだったのです」
「現代に通じる原点ですね! 盛り上がってきましたが、小休止をはさみましょう。ここでコマーシャルタイムです!」
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