ロックナンバー:未知への挑戦(6/7)
レメディウム。
怪獣研究団と称し、ロゴには杯から溢れる水と泡が描かれ、そのロゴカラーは青色。彼ら彼女らの制服も青をポイントカラーにしてデザインされている。
赤い天秤のロゴを持つサナバリティアとよく比較される団体で、サナバリティアが都市部を中心に活躍するのに対してレメディウムは地方での活動を主にする。怪獣の行動パターンや出現予測の研究を主に行っており、その被害に遭った地域の支援活動も行なっている。
港町ベルティナは中型怪獣の連続する襲撃を受けた歴史があるが、その際にもレメディウムは支援活動のために奔走していた。その後の襲撃者たちの暴動の際にもベルティナを支えており、町の一角にはレメディウムの医薬品を取り扱う店舗がある。
しかし彼らはいつもベルティナにいるわけではない。今回は他の団体と同様、未知なる海の怪獣に関する調査のために来ていた。基本的には事前に申請していた期間のみの滞在となる。
ロックナンバーの訪問と協力の要請にも快く応じたものの、団体としての回答は本部に連絡してからとなると断りを入れた。後ほどヒバルの元に挨拶に行くことを約束し、ロックナンバーはサーディを案内役に置いて次の団体へと足を運ぶ。
「すまないね、こんな顔で」
驚いた。スラリとした細身の女性の声はガスマスクを通して発せられたもので、聞こえはするがクリアな音声ではない。肌色は褐色、銀糸を思わせるようなグレイヘアを高い位置で束ね、長い尾のように背中に流している。ガスマスクだが目元を覆うゴーグルから、彼女の明るいブラウンの眼差しが見える。
そして同様にガスマスクをつけている男性。この男性は車椅子に座しており、主に筆記と通信デバイスで作業に当たっているようだ。この男性は女性に比べると太り気味の体型だが、力強く車椅子を操る様子が逞しい。車椅子にはデスクの役割を果たすらしい、小さな板状のアタッチメントが備わっている。
こちらは一切、素肌も頭髪も確認ができない。ただ彼の場合、ゴーグルから覗く鋭い蒼色の双眸が睨みつけているのがわかる。
二人の衣類は無機質さすら感じられるグレーを基調としたもので、差し色にイエローが使われている。赤い天秤のサナバリティアが豪奢な雰囲気を、青い杯のレメディウムが医療関係者を思わせる雰囲気を出しているのに対し、鉱物研究団体イスクスは黄色と研究者を思わせるものであった。
しかし、そろそろ。ジロジロ見るのも不躾であろう。
「こちらこそ、急な訪問で悪かったよ」
ロックナンバーは気圧されつつも、簡単な挨拶から始める。
「俺は……」
「ロックナンバー」
名乗る前にガスマスクの女性は名前を言い当てた。
「団体名もロックナンバー。独自のルールに基づいて番号でメンバーを管理している戦闘集団だね。
戦績としては大型怪獣の経験はまだないものの、小型と中型相手との戦績は少なくないし悪くもない。直近の襲撃者の暴動には遅れをとったようだが、まあまあ活躍している団体という認識だよ」
呆気に取られつつも、ロックナンバーは気を取り直して続ける。
「よくご存知で」
威厳なんてものは気にしていないが、頼りない態度は好まれない。
「ははは、まあ職業柄ね。調べてしまうのさ、同業を……」
「同業?」
ロックナンバーが聞き直したところに車椅子の男性がバン、と壁を叩いた。そちらを向くとデバイスに文字を表示させてこちらに向けている。
『無駄口叩いてないで本題に入れ』
「はいはい……あいつは口が利けないんだ。訳ありでね」
そう言って、少し。女性は目を閉じて深呼吸をする間を置いてから団体紹介を始めた。
鉱物研究団体イスクス。
そのロゴは握り合う手のモチーフを中心に描かれている。手の甲にはクリセンサマムの花、モーニンググローリーの蔓がロゴを囲っている。レメディウムやサナバリティアとの違いは怪獣ではなく研究対象はあくまで鉱物資源であることだ。また、独自の戦闘集団や医療品の販売も行ってはいない。知名度もレメディウムより低い。
「私はリエン。グエン・ティ・リエンという。長いだろ? だからリエンでいいよ。こっちの車椅子はバオ。ファム・アン・バオだ。彼のこともバオでいい」
「ほー……北側のお方? それも結構遠い地方の?」
特徴的な名前はその人物の出身地やルーツを物語る。ヒバルの名前もそうだが、おそらくこの土地の出身ではないのだろう。名前の形式で言えば、ダミアン・ラムラスのようなスタイルがこの地方では多い。
リエンは静かに頷いた。ガスマスクのおかげで表情がわかりにくいが、目元は綻んでいるようだ。
「かつての戦友がいてね。会えるのを期待していたんだけど、厄介ごとに巻き込まれたおかげで全然声をかけられないから参ったよ。それで、あんたたちの要件は?」
ガスマスクをつけている理由が知りたいが、その前にこちらの要件が先だろう。訪問したのはロックナンバーの方だ。
「単刀直入に言うと、協力してほしい。海の怪獣がいるかも、っていう話は知ってると思うんだけど、こいつについて調べたり対策を考えるのに、協力者を探してるところなんだよね」
「なるほど。渡りに船だな」
リエンは言い、バオの方を向いた。二人ともガスマスクをつけているので表情がわかりにくいのだが、少なくともバオは苛立ちを眉に乗せて怒らせているのがわかった。デバイスを手放し、今度はガリガリと紙にペンを走らせ、荒々しい文字で意思表示している。
『冗談じゃない。断る』
「えー? 聞こえなーい」
わざとらしいリエンの態度に、バオは明らかに機嫌を曲げた様子で車椅子のデスクに拳を叩きつけた。二人の関係性は良いのか悪いのかわからないし、リエンはどうも何か腹に隠しているように思える。思わせぶりな発言を繰り返しているが、それについても特に話そうという気はないらしい。
情報の使い方が上手いのか、それとも人を釣るのが上手いのか。ロックナンバーが抱いた第一印象は明るくない。鉱物研究団体イスクスという名称も聞き慣れたものではない。
しかし他に頼るあてもない。戦闘集団の得意分野は戦闘であり、研究や調査はそこまで得意ではない。少なくともロックナンバーという団体は研究団体に比べれば『未知なる怪獣の調査』に明るいはずがないのだ。
イスクスの二人の業務がキリのいいところで、ロックナンバーはヒバルの元へ案内する。協力してもらうからにはベルティナに滞在してもらわねばならない。その許可を得る必要があるからだ。
だが。ヒバルの経営する不動産の事務所を訪問した時、ヒバルはとてもこの世のものではないものを見ているかのような顔をした。
「幻覚を見てるのか?」
ヒバルはイスクスの二人を見た途端、目元を指で押さえてしかめ面をしたのである。対してリエンは嬉しそうだ。ロックナンバーと話すときには見せなかったような顔をしている。
なんだかワザとらしく、女々しく「ヨヨヨ」と啜り泣くフリをし始めた。
「私もついに化けて出てきちまったよ……奴らは本当に卑劣な連中で」
「おい、こいつをつまみ出せ」
ヒバルはこれに乗っかる気はない様子だ。よりにもよって、つまみ出せという指示はロックナンバーに向けてきた。内輪的な盛り上がりを感じる上に理解が及ばないロックナンバーは、らしくもなく焦って口篭ってしまった。リエンはガスマスクをつけたまま、靴を鳴らして憤慨している。
「戦友に対してなんてこと言うんだこの人は!」
「うるせえなあ。どうせ化けて出るんなら、小ジワとほうれい線を消して当時の姿で出てこいよ」
「はああああ!? ガスマスク越しにどんだけこっちの顔見てんだい、気持ち悪いね!」
「見えねえよ顔なんか。でもまあ、どんな顔してるのかはわかったな」
今にも引きちぎりそうな声で「キィィィ」と奇声をあげるリエンだが、ヒバルはもう鬱陶しそうにしている。萎びた顔をして、ロックナンバーに再度向き直った。
「本当にコイツしかいなかったのか?」
「そんなに嫌なんですか……?」
リエンの言っていた戦友とやらがヒバルのことなのだろうか。
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