第18話 大乱の世の錬金術師と鬼神の民、富士の樹海にて新たな魔女と会敵す

 早籠を使って七日、ようやく富士の麓へとやってきた。奈々樹は修羅と小狐に先行するように指示し、魔女を確認したら絶対に戻ってくるようにと付け足した。

 小狐が分かっていると叫ぶので修羅が微笑む。


「忍頭、小狐ちゃんが勝手したら好きにしてもよろしいですか?」

「あぁ、女の喜びを教えてやれ!」

「ハアゥ! かしこまりぃ!」

「教えんでいいわ! それにおれとてそんな勝手はもうせん。魔女は確かに強い……それに、いやいい」


 小狐が胸の下を押さえているのを見て奈々樹が鋭い目をする。そこはあのフェリシアの最期のナイフがかすった場所。


「具合が悪いのか? 休んでおるか?」

「そんなんじゃない! おれは大丈夫だ。それより、さっさと土堀くり返す準備をしてこいよ」


 木に登り、修羅と共に先に行く小狐。そんな小狐に修羅は聞いた。


「小狐ちゃん、体は本当に大丈夫なの?」

「大丈夫だ」

「お姉ちゃんにだけちゃんと言って」

「……血が止まらん」

「すぐに手当てを!」

「修羅姐、違うんだ。医者には見せた。怪我はないと言っておる。だが、血が少しずつ滲み出てきよる……もしかするとおれはもうあまり長くないかも……むっ! んんっ」


 修羅に小狐は抱きしめられた。大きな胸に押し付けられて息ができない。が、小狐は懐かしい気持ちになった。母という者を知らない小狐は昔から発育の良かった修羅によく甘えた。年の近い奈々樹に甘えるのは物心ついた頃には恥ずかしくなり、よく修羅と共にいた。修羅もそんな小狐を可愛がってくれた者だった。


「小狐ちゃん、里抜けしちゃいましょうか? もう何もかも忘れて、どこかでひっそりと暮らして忍をやめればきっと少しは長く」

「修羅姐、ありがと。でもそれはダメだ。おれ達は腐っても羅志亜。死ぬ時も羅志亜でいたい……わふっ!」


 再び修羅は小狐を抱きしめた。小狐もまた修羅を抱きしめる。小狐は母親を感じていたが、修羅は理性がぶっ飛びそうになったので小狐から離れる。小狐そしてもう一度小狐の温もりをと思った修羅だったが、目の良い修羅、そして小狐は魔女を見つける。


「修羅姐ぇ」

「えぇ。最悪の展開ね小狐ちゃん」


 魔女は二人、別々の方向からやってくる。奈々樹には魔女を見つけたら戻って報告。されど二方向とは思わなかった。


「行きなさい小狐ちゃん。私はギリギリまでここで魔女の動きを監視してる」

「それは……」

「私は勝手はしないわ。危なくなれば逃げる。これは忍の鉄則でしょ? それに私よりも忍頭の方にはあの夜鷹とかいう女とラウラ君がいるでしょ? あれは襲われたらひとたまりもない。だから行きなさい」


 修羅は強い。多分忍としては小狐や、あるいは奈々樹に匹敵する四天王の一人。されど魔女はそんな忍の想像の先を行く力を持っている。だから小狐は下唇を噛んでからいう。


「……あれだ、今回の任務が終わればその、一緒に行水して、一緒に寝よう」


 ブッ!


「修羅姐?」


 鼻血と涎、修羅はもうその事を想像して何度となくうなづいた。それは強い決心。


「死んでも死ねないわね」


 小狐は笑うと木を蹴った。奈々樹と夜鷹のところに魔女襲来を伝えるため…… 一方、麦茶をちびちびと飲みながら奈々樹は考えていた。地面を掘るにしても人が少なすぎる。魔女との交戦の可能性を考えてか? それにしても人手が足りない事に夜鷹に尋ねた。


「夜鷹殿、もしかするとワシ等は囮か? 魔女の目を向ける為のかかし? でなければ地面を掘って鉱物を探すに、この人数は現実的ではないと思っての」


 奈々樹の言いたい事もお見通しとでも言いそうな表情で夜鷹は語る。


「忍マスターさん、人すくねぇ! とお考えでしょうね? それもそのハズ、オリハルコン掘るのに人ではイラねぇ! 魔法の素質があればいいってね」


 そう言ってラウラの頭にポンと手を乗せる。夜鷹は何かを知っている。

 織田信長の助力をしている事に関しても奈々樹は少しばかり考える。


「ラウラ、お前はおりはるこんとやらがあれば分かるのか?」


 ラウラは頷く。


「全く魔法が使えなくなるとか、使いにくくなるとか様々ですけど、その近くに来れば多分」


 この事を魔女ではない夜鷹が知っているという事。それに奈々樹はある程度の仮説を立て、そして尋ねる。


「夜鷹殿、お主。もしやとは思うが、ラウラと同じ世界の人間ではないのか? そうさな……魔女ではないのか?」


 奈々樹の言葉にラウラは驚く。ラウラはまさか同郷の者が他にやってきていただなんてと夜鷹を見る。薄ら笑いを崩さない夜鷹を見てラウラは聞いた。それは間違いなくそうなんだろうなと思いながら、空と海が青い。そのくらい正規のルートだと確信して……


「夜鷹さんも魔女なんですか?」

「うん、違うよ」


 クピっと麦茶を飲む奈々樹。そしてラウラはがっかりする。魔女の仲間がいればどれだけ心強いだろうかと思っていただけに……


「まぁいいか、私はラウラ君達よりも前にこの世界にやってきたのよ。そう、魔女に滅ぼされる前にね。聞いた事ないかな? 対魔法の道具を量産した人々がいたこと」

「ラウラ、知っておるのか?」


 奈々樹にそう聞かれてラウラは思い出す。かつて、自分たちよりも前に異世界に行ったと言われている存在。


「夜鷹さん、もしかして錬金術師?」


 片目をつぶって両手で丸を作る夜鷹。ラウラは空いた口が塞がらない。魔女達がその存在を恐れて根絶やしにしたはずの存在錬金術師。魔女が仲間にいるよりもあの強力な魔女達と戦うにはこれほどにない戦力の増強。いまいち話についていけない奈々樹。


「ワシはそこまで学がないからよう分かっておらんのだが、要するに夜鷹殿は学士殿という事で良いのか?」

「まぁそうそう。魔法を使わずに魔女と戦う術を知っているよ。忍マスターさん達と同じだね。そして今回、信長公は対・魔法用の船を作れと言う。目の前の障害を一つ一つ潰していく信長公はどうも錬金術師的考えだと思うのね? でもそれだけじゃダメ、魔女は死者を動く屍として扱う魔法を持っている。今回、オリハルコンの採集の目的は対抗魔法の武器を作る。世界は違えど、これはあれですね。復讐です。ラウラ君の話を聞いて魔女の魔法力に関する一つの仮説はたったよ」


 まだ何か言いたそうだった夜鷹だったが、目の間にしゅたっと小狐が飛び出してくる。そして少し慌てた様子で報告。


「奈々、魔女は二人だ。片方は連れがいる。もう片方は一人、そして近づいて生きている。修羅姐が見張りをしてくれているけど、場合によっては修羅姐なら飛び出すぞ。どうする?」


 フームと奈々樹は考える。この場での判断は奈々樹に一任されている。あのフェリシアクラスの魔法使いと交戦になれば、倒して修羅の助太刀にというのは難しい。


「小狐よ。どのような魔女が来ておる? ラウラの意見も聞きたい」

「こっちに近い方は髪の毛に大量の白髪か? 白い線が入っておるやつだ」

「ゼシルさんだ……最悪だ。リヒトと同格くらいの一番今会いたくない魔女です……」


 ラウラは慌て、その名前を聞いた夜鷹は少しばかり考えるような表情をとる。

 小狐は続ける。


「もう一人は青と赤に髪の色が分かれた歌舞伎者だった。あの種子島を持った女子? を連れておったな」

「アビゲイルだ。一番シュヴァリエを作るのが上手い。別名をネクロマンサーとも言われている。その人はもう生きている人じゃないかも……」

「その様子からするとあびげいるとやらは、そのぜしる程ではないのだな?」


 奈々樹同様、小狐も同じ空気感を感じる。それに、ラウラは難色示した表情でつぶやいた。


「魔女単体としては間違いなくゼシルさんです。でもアビゲイルはどんなシュヴァリエを持っているからわからないから、それを差し引けば危険度は変わりません」


 奈々樹の決断はとても早かった。この状況で取るべき行動は一つ。麦茶を飲み、自分が使う忍具がどのくらいあるのかを考える。


「ぜしるとやらはワシと小狐で引きつける。ラウラと夜鷹殿は修羅と共にもう一人の魔女を」

「忍マスター、悪いけど私はこちらに残る。多分、君らだけじゃゼシルと会合した瞬間、全滅だ。ラウラ君。修羅さんと落合アビゲイルを制止。君の言う通り、アビゲイル自身の魔法戦闘力は大した事はないならシュヴァリエもこの世界の死体である事を考えれば魔法だけ君がどうにかすれば修羅さんは善戦するでしょう」


 ラウラを一人で行かせる事に小狐はやや納得いかなかったが、奈々樹が小狐の頭をポンと撫でる。


「まぁワシ等の二人がけじゃ。怪我が少ない方が修羅の加勢、良いな?」

「撫でるなぁ! そんな事、当然だ。おれがスパッと斬ってスパッと加勢に行く。それまでよ」


 奈々樹と小狐は並んで立つ。お互い、口には出さないが、どれほど安心する事か、お互いが認め合った最強の忍が味方である。奈々樹は小刀に手裏剣を手に、小狐は盗賊から奪った質の悪い刀を鞘から抜く。その様になる二人にやや見惚れる夜鷹だったが、腰の布袋から何かの粉を二人に振りかけた。


「ゲホゲホ! 何するんだ。よたかっ!」

「枯れ木に花を咲かせましょー! なんちゃって、その粉はオリハルコンを潰したもの。気休め程度だけど、ゼシルの魔法に対抗できるかなって……ほら、来るよ」


 ゾワッ! 先に奈々樹の瞳の瞳孔が開く。とてつもない殺気、怒り、恨み。そんなものを包み隠さず放つ者。忍は感情という物、気配を殺す者だから尚強く存在感を感じる。


「忍マスターに、侍マスター。君たちは今、本当の魔女を目の当たりにするよ」


 体にピタッと張り付いたような服を着た長い茶色の髪。そして線が入ったかのに一部分が真っ白。槍みたいに大きくて長い杖を持った女が奈々樹と小狐の前に現れた。二人を見て、その女……魔女ゼシルは喜びこう言った。


「新鮮な女の身体みぃ〜つけた!」

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