第二章 富士見の膝元、稀少鉱物戦線
第14話 第六天魔王、異世界の魔女と会合す。かぶけやかぶけ
それは、羅志亜の里にラウラが倒れていた頃に遡る。
「ほぉ、貴様等が魔女と? 片腹痛い……と信玄が生きておったら言ったかもしれんの! しっかし魔女か……蘭丸。魔女、こ奴らは魔女らしいぞ」
殿にしてはやや傾奇すぎた格好をした男は濁酒をあおりながら見世物でも見ているように、死んだような瞳で魔女と自らを名乗る少女達を見つめる。
そして美しい稚児。森蘭丸。
そしてその蘭丸を寵愛する傾奇いた男。その男に魔女を名乗る少女は語った。
「信長公……どうです? 妾達魔女の力と、信長公の鉄砲隊があれば、この日の本と呼ばれた国を……いいえ、それ以上の世界を貴方に献上してみせましょうぞ?」
魔王と呼ばれた信長、そして魔女の国の最強の魔女リヒト。それらが手を組めば、世界は滅ぶ。戦国の世は終わり地獄を世界に知らしめたかもしれない。
それほどの脅威となりえるはずだった。
リヒトは笑う。世界最大の力を得る事で、大いなる戦乱を起こし、そしてゆくゆくは目の前のこの男を屠り世界を我が物とする。
その為、リヒト達は見せた。
魔女達からしても最高の有力馬を会合の席に引っ張り出すに至った。
そしてその力が手に入るのであれば信長に断る理由はない。
魔女・リヒトの思惑通りだった……はずだった。
「魔女達のお帰りだ。土産を持たせて帰らせろ」
織田信長、時代の先を見る男は大口を開けて笑う。
「魔女は
リヒトの付き人としてついてきた二人の魔女はピクりとそれに反応し、ここを殺戮の狩場に変えようと、動こうとしたが、リヒトが止めた。
「アビゲイル、グリムガーデン、よせ。信じられんほどの数の火縄とやらが妾達を狙っておる。あんな物、痛痒はないが、この男は食えん。どうせ殺るなら、もっと大舞台がよかろう。信長公、その命預けておこう。妾は、この世界を手に入れる」
「やれるものなら、やってみろぃ!」
魔女たちは、魔法という力を持たない自分達からすれば絶対的弱者であるはずの信長の怒号に言葉が出なかった。
一人、禍々しく嗤う魔女の一人が信長に手を上げてこう聞いた。
「信長公、一つ唯に教えて、この世で信長公が最も強いと思う人間は誰?」
それはリヒトにアビゲイルと呼ばれていた魔女の少女。これ以上話す事もない信長だったが、最強の者は誰か?
「この世で一番強い男と申すか?」
「別に男じゃなくてもいいよ? 唯達のような女もいるのだから」
「フン、面白い事を言う。そうだな。俺……と言いたいところだが、一人上げるとすれば……足利義輝……様かの」
もう既に死んでしまった元将軍。死した相手には敬称を使わぬ者が多い時代の中で信長は彼を、足利義輝に様をつけて呼んだ。信長は義輝の掲げる天下太平の世を共に作りたかった。そして外の世界に飛び出して行きたかった。
が……運命という物は、いや、この場合は天命というものは足利義輝を時代から退場させる事を選んだ。
少しばかり熱いものがこみ上げてきた信長にアビゲイルは深々と頭を下げた。
信長が語った足利義輝の強さ、そしてその最期。
「ありがとう。信長公、その剣聖は未来永劫語り継がれる事だろうね」
魔女達は交渉決裂の時点で織田信長と一戦交えるつもりでいたが、信長は誰一人として手を出す事なく帰すという。
おそるべき男。魔女たちはその認識を持って、信長が持たせてくれた土産とともに北北東の空へと飛び立っていく。
「今すぐに会議の準備じゃ! とんでもない連中にこの国は狙われてしもうたの……猿ならどうする?」
信長に呼ばれた羽柴の秀吉は扇子で顔を隠しながら信長に言う。
「奇術には忍術。いまこそ、あの
「……あやつらか……
織田信長は、この未曾有の危機に対してこの猿。羽柴秀吉、後の豊臣秀吉が進言するよりも先に羅志亜の忍の事が頭に浮かんだ。が、彼ら、彼女らはどんな方法を持っても動かない。ならば弱点を突く。
君主であった足利義輝を辱められた。
その事実さえあれば鬼人の忍達はこの戦に参戦してくるだろうという織田信長の読み。
されど……それが信長の策によるものであると知れた時、信長は羅志亜の忍に命を狙われる事になるのもまた自明。
「殿、なんと言われようと魔女を討伐せねばなるまいとそうお考えになったのでしょう? これは天の命、殿の言葉がバレぬようしっかりと話は進めます故」
信長を最も信仰した武将が柴田、信長が最も信頼した武将が明智、そしてもっとも信長が期待した武将がこの羽柴秀吉だった。戦の巧さには信長も何度となく驚かされた。
「頼んだぞ。猿」
「はっ、仰せのままに」
織田信長は後世に伝わるような人柄ではなかったのではないかと言われている。我々の知る織田信長は『信長公記』に記されたもので、それは織田信長の神格化をする為なのか、異様に大げさに記されている。
本来の織田信長は社員の事をよく見ている中小企業の社長と言ったところだろう。
家来の愚痴、家来の嫁の愚痴を聞き、食事が口にあわなければそこはかとなく別の味が食べたいと述べ、そして子供らとの遊ぶ事もまた好む。
世界を見据えていた本物だった。
だからこそ、信長は魔女という者が来てもそれを戯れ言として済ませなかった。
何故なら……
「あやつら、置き土産を俺に置いていったようだな」
信長の胸の辺りでなにやら光りの矢のような物が出現する。
「と、殿ぉ! お逃げくださぃ!」
叫ぶ羽柴秀吉。彼は突然の事に対する判断は薄かった。が、織田信長はそんな状況も楽しむようにフンと濁り酒を煽った。
「うろたえるな! まさかとは思ったがな……南蛮からきた妖しげな商人より買ったこれが役に立つとはおもわなんだ」
信長は懐から首飾りのような物を取り出す。それはなんらかの鉱石がついた物。家来達はそれがなんなのか分らない。
「おろ? おり……のぉ、果心居士。なんだったかの?」
奥の襖からがさごそとやってきたのは、茶菓子を口いっぱいにほおばっている異人の娘。
その人物を信長の家来達も知っている。
「果心居士殿、お館様の一大事になにを呑気に茶菓子など煽っておろうか?」
そうだそうだとわめく家来達を見て、果心居士と呼ばれたその娘はたははと笑う。言いたい事もあるのだが、そこは信長に代弁して貰わざる負えない。
「これ! 果心居士は俺の客人。家来ではない。力を貸してくれておるだけありがたく思えい! それに、このおりおる? なんであった?」
「オリハルコンですよ。殿」
「そうであった。オリハルコン。これは魔法殺しをやってのける。俺の身体でよう分った。いかに魔女といえど、無敵であるというわけではない証拠だ。これらをかき集め魔女と戦をする為の工房……これはなんと言うのであった?」
「クラフトです。まぁ、工房でよくないですか?」
「いいや、くらふとか、いい響きだ! 堺の港に決戦のくらふとを成す!」
新しい物好きの織田信長は横文字を使うのもたいそう好きだった。
だが、一つそのオリハルコンを定期的に供給する方法がない。
「殿、確かにオリハルコンが大量にあれば魔女と戦う為の道具は作れなくはないですが、それ海外の南蛮商人から購入したんでしょ? どうするんですか?」
「ふん、俺はあの商人、どうも胡散臭いと思っておったのよ。この石、どこかその辺の石ころではないかとな? で各山々の石ころを家来の忍達に集めさせた。いくらか似たような物が見つかってな? 少し、貴様も見てはくれんか?」
そう言ってパンパンと手を叩いた信長。持って来られたのは大きな板の上に載せられた石ころ。どの石が何処の山の物か名前が書かれている。
それを「では失礼します」と果心居士は一つ一つ見ていく。そして、六甲、阿蘇等と書かれた石を手に取ってそれを置き……ある石に触れた時、目の色が変わった。
「殿……」
「やはり貴様もそれだと思うか? 俺もこの石が最も近いなと感じておったわ。で? それはオリハルコンなのか?」
信長は自分が首からぶら下げているそれをポイと投げて果心居士の手元に落とす。それを触れ比べてから果心居士は頷いた。
「はい……それも殿が買った物より純度がいいです」
「何っ! あの商人やってくれるな。石ころを俺に売りつけただけでなく、質の悪い物まで……今度あったら褒美を取らせてやろう」
それは、今回起死回生の案になった事。
そしてまんまと織田信長を騙してのけた事への褒美という意味だった。
「殿って、ほんと度量広いですね……」
「あぁ、もっと褒めてもいいんだぞ。あと、皆の物少し席を外せ! 果心居士と二人で話す」
女を残して去れという。さすがにそれに対して言及する程、家来達は野暮ではなかった。
果心居士は、中々の器量よしだった。日の本にはいない顔立ちと凹凸の激しい体つきは嫌でも男達の目につく。
誰の目も気配もなくなったところで織田信長は果心居士に問うた。
「して、オリハルコンの武器を持って、あの魔女等と闘いその勝率はどの程度になるか?」
直球の質問。
オリハルコンの武器を侍が持ったからと言って圧倒的な勝利になるとは信長も思ってはいなかった。
「そうですね……せいぜい三割といったところでしょうか? ……魔法はそれほどまでに恐ろしいものです」
ふむと、信長は頷き、濁り酒を口に含む。そしてそれを飲むか? と動作してみると果心居士は湯飲みを向ける。
「いただきます」
「なんとかならんか? 果心居士、いや。ホーエンハイム」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます