第13話 いつとせも変わらず聳える、おぼこい城物語

 いつもラシア城の天守閣から、里の平和を眺めているヤシキと呼ばれた忍、実は結構凄い忍だった。


 テトや里の子供達が日に二回、糧食を運んでくる。一人でラシアの城にやってくる時、そこに子供達に人気のある小狐や奈々樹がいないと途端に心細くなるのだ。


 ギシギシとなる床や階段は、夜遅くまで起きているとやってくる子供を浚うおばけの話、そんな物を思い出しながらひぃひぃとドキドキと上がった二階には異人から先代のラシアの民がもらったという望遠鏡を覗くヤシキの姿。


「ヤシキのあんちゃん」

「おぉ、今日はテトかありがとう」


 麦飯に梅の漬け物梅干し、味噌大根。そして干した柿。あと麦茶。それを風呂敷に入れて運んでくれたテトの頭を撫でてヤシキは懐から飴型を取り出すと、それを嬉しそうに受け取ると口の中で転がした。


「小狐が弁当を持ってきてくれる時は本当に酷かった」


 ボソりとつぶやいたそれにテトは興味をもった。ヤシキの膝の上で鼻歌なんかを歌いながら。


「ここもおべんとはこんでた?」

「そうなんだよ。これが本当に酷かった」

「聞きたい、ききたーい!」

 


 それは7年程季節が遡る。ヤシキは奈々樹の父、前御大の右腕として動く程優秀な忍だった。奈々樹達よりも前の羅志亜忍軍四天王を冠する忍。


 されど何故そんな彼が城からの周囲の偵察をする仕事を日々続けているのか、それは義輝殺害への報復にあった。どの勢力にも力を貸してはならないという言いつけは守りつつ、されど復讐をしてはならないとは言われていないと屁理屈をごねる者が里から出てくるのは自明だった。


 それに奈々樹の父を含めた当時の羅志亜忍軍四天王は三好三人衆と松永久秀の殺害を企てる。そしてこれが面白い事に、姿を眩ました松永より三好三人衆の動向が伝えられ、闇に紛れ討ち入りを決意する。そこでヤシキは奈々樹の父親にこう言われる。


「今だ松永の居場所は分からぬ。我らは三好三人衆を討つ。ヤシキは残り、続報を待たれよ!」


 他でもない御大の命、将軍足利義輝の次に重いその指示をヤシキは承る。三好三人衆は御大率いる四天王の前に宗渭は毒殺、史上では病死となっているが、病で弱っているように見える特別調合された毒を持たれたとも……友通は細川氏の助力あり、居城を攻めた際に逃げる友通と共に顔を潰し身分が割れぬように扮装した羅志亜の四天王と共に相討ちという形で戦死する。


 最後の三好長逸は史上では行方不明となっているが、御大である奈々樹の父に捕まり、義輝殺害に対する里の皆の怒りを代弁する形で拷問の限りを尽くし殺害される。


 羅志亜の四天王で戻ってきたのは御大。奈々樹の父だけだったが、彼も流行り病にて四年前に亡くなる。ヤシキは御大を引き継ぎ、羅志亜を守ってほしいと言われたが、もう御大は娘の奈々に継がせるべきだと、その成長の助力をすると断った。


 ヤシキはそれから城の番をする。松永久秀を殺害する為の準備をする為に……

 そんなヤシキの弁当番というのがいつからか里の子供達となったかはもうヤシキも覚えてはいないが……小狐の時は酷かった。


「やしきぃ、小狐がきてやったぞぉ! 飴型をよこせぃ。もぐもぐ」


 平気でヤシキの弁当をつまみ食いしてやってくるのだ。それに飽きれつつもヤシキはこの小狐に関して愛らしくも思えていた。飴型を簡単に渡すのもまた面白くはないかとヤシキは話す。


「小狐、またつまみぐいしたな? 味噌大根がないぞ?」

「そんな事はしらん。元々、入ってなかったのではないのか?」


 小狐に好き嫌いはない。それに関してのみヤシキは立派だと思っていたが、毎度毎度、飯の品数が減らされるのも閉口しそうになる。


「小狐、飴型が欲しくば、俺と山に柿でも取りに行くか?」

「柿か! それはいい! おれは柿が大好きだ! 山に一人で行こうとすると父上がゲンコツをするから、困り果てていた。ヤシキ、いこう! すぐいこう!」


 甘い物はみんな好きだ。特に食べ盛りの子供からすれば甘いはおいしいに直結する。珍しくヤシキが城から出てきたものだから、畑仕事を手伝っていた奈々とその弟、雪之丞も近づいてくる。


「ヤシキ、どうしたのじゃ? めずらしい」

「奈々に雪も山に行くか? 柿を取りにいくのだ」


 柿という言葉を聞いて、奈々も雪之丞も声には出さなかったが、当然行きたくなる。


「姉上に兄上も共に行こう! ヤシキがおれば父上も怒らぬ」


 免罪符を引くと、奈々と雪はヤシキについていく。遠くで忍の修行をしている修羅と甲丸。修羅は小狐と奈々と雪之丞を見て手を振る。それに元気よく手を振り返す小狐に表情が緩みまくり三人の父親である忍頭に叱られる修羅。


 三人の子供を連れてヤシキは山を歩きながら三人に食べて良いキノコ、食べてはいけないキノコ、毒虫、薬になる虫、水の探し方色々と教えながら疲れない歩き方も教える。


 幼いながら三人はヤシキの言う事をしっかりと聞いて覚える。上の空で柿の事ばかり考えている小狐は聞いていないようで頭に全て入っている。


「普通は代を重ねる毎に粗が目立ったりするもんだけど、君達凄いね……こういうのなんて言うんだったかな? 天稟、いや天才だったかな?」


 ブーンと五月蠅い羽音が聞こえる。三人は大きな蜂を見つめる。それはオオムカデと同等の危険な毒虫・スズメバチ。


 カン!


 三人が叫ぶよりも前に、目にも止まらない速さで針型の忍具を投げて遠くの木に張り付けた。その技を見て三人はごくりとつばを飲む。


「ヤシキ、今の忍術。凄いの? ワシにも教えてくれ」


 奈々樹が羨望の眼差しで見つめながらそう言う。それに雪之丞もまたうんうんと頷く。小狐だけは石ころを拾って同じように真似てみるが、ヤシキのような速さでは投げられない。それに小狐は叫ぶ。


「ヤシキぃ! どうやってあんな速投げをした!」

「嫌になるくらい、修行をしたんだよ。俺は生憎三人みたいな産まれもった才能は無かったからなぁ。君達三人が、嫌になるくらい修行をしたら、俺なんかすぐに追い抜く。そして、凄い忍になるだろうな。修羅や甲丸みたいな。凄い忍にな」


 三人からすればそれは驚くべきこと、今里にいる子供の忍で一番御大に近いと言われているのは修羅と甲丸。

 あの二人に並ぶ、あるいはそれを越える忍になれるかもしれないという事。それに三人は興奮する。


「修行せねばな」

「姉上、僕も修行する」

「うむ。姉上、兄上。修行だな! でも、まず今は柿だ」


 そう、今日は小狐が弁当の摘まみ食いを繰り返すので腹の足しにと柿を取りに山に入ってきた。ついでに小狐達に忍の修行をとヤシキは考えていたが、思った通り食いついた。


 奈々樹に雪之丞に小狐。三人には羅志亜の御大。忍頭の父がいる。その御大は今、羅志亜の次の世代を引き継ぐであろう修羅と甲丸につきっきりで忍の修行をつけている。


 二人が育ちきり、奈々樹達の修行の順番が廻ってくる迄、多分。現在の御大の時間は足りない。ならばとヤシキはこの三人の修行をつけようと思っていた。


「さて、年長の奈々樹は大抵の忍術を卒なくこなしているのか、ならば、技の引き出しを増やそうか? 俺が教えてやれる忍術を十教えてやろう。雪之丞は……奈々や小狐に気を遣っておるな? 忍は騙す事も技の一つだけど、今は出来る力の限界を知ろうな?」


 二人に稽古の話をしながら、柿の木があるところまでたどり着く。柿の木を見て小狐が指をさす。


「ヤシキ! 柿だ! はやく採ろう」


 そして一番の問題児、小狐。姉や兄である二人に負けず劣らずの才を持ちながらもとにかく飽きやすい。そして何より、ぶっ飛んでいる。

 どこかそれは清々しいくらいに大物の空気を纏わせている。


 この小狐に対してヤシキは何を教えようかと迷ってもいた。負けず劣らず才能に溢れてはいるが、あらゆる面において中途半端なのだ。悪いところをあげればいくらでもでてくるが、別段ここが酷いという程でもなくヤシキの頭を悩ませる。


「小狐はそうだなぁ……まず駆けっこで誰よりも速くなれ」


 逆に一芸を磨かせるかとヤシキは小狐をわかせた。速ければカッコイイ、速ければ強い。忍者とは速いものであると……


 ころころと口の中で飴型をしゃぶりっていたが、その飴型も舐め終わり、ヤシキの膝の上でうとうとしているテトの頭をなでながらヤシキは二階建ての天守閣から奈々樹と小狐。


 そして今だ信じられない魔女の少年・ラウラが戻ってきた事を確認。奈々樹が天守閣を見るのでヤシキは会釈する。


 日の元一古い温泉、魔女フェリシアとの死闘に勝利した祝杯がわりに、有馬の湯に湯治をと言い出した小狐につれられてしばらく里を離れていた。


 テトがついていくと言う前に早朝にでかけていく三人、早足で行って戻ってきたにしては十分療養できたんだなとヤシキは三人の顔色と表情を見て考えていると、ドタドタドタと階段を上がってくる音。


 これは小狐だなとか、ゆっくりとキィキィ登る音。これはラウラ君だとか……そして音を一切させない登り方、わずかなラシア城の響きを感じられるヤシキでなければ奈々樹が登ってきているとは思わないだろう。


「おーっす! ヤシキぃ元気かぁ! 土産を買ってきてやったぞぉ。もぐもぐ」


 その土産ですら摘まみ食いをしてやってくる小狐、三つ子の魂百までという言葉を何処かで聞いたがまさにそれだなと思いながら、なんらかのお菓子を渡される。


「……これ、どら焼きか? はじめて見たな」

「そうそう! 弁慶物語で義経が喰ったとか言うなぁ……織田のうつけ、信長に納める物だって茶屋で流行っとるらしくてな、おれが選んだのだ」


 片目を瞑って笑う小狐。どら焼きというお菓子がある。曰く、明治時代の和菓子屋が開発したという説が有力だったが、実際有名な織田信長、豊臣秀吉も食したというどら焼き。


 史上での初出は弁慶が作った。糧食、今で言う乾パンに近い物だったかもしれないが、濃い味付け、甘味が好きだった信長がどら焼きなる物を食した記録が残っている。甘い餡と蜜のかかったどら焼きを二つヤシキに渡す小狐。


 それを一つ囓り、一つをテトの手に持たせると甘く、美味いそのお菓子を味わいつつ小狐に言ってみた。


「小狐、あとで礼に柿でも採りに山にいかないか?」

「おぉ! 柿か! 干して美味いし、いいな! って……今は柿の時期ではなかろう? ラシアの城に籠もりすぎて季節感もなくなったか? どれ、この羅志亜四天王・副忍頭。侍の小狐様が稽古をつけてやろうか?」

「忍なのか侍なのか、どっちだ? まぁいい、稽古。つけてもらおうか?」


 それにニヤりと笑う奈々樹。もう第一線を退いたとはいえ、ヤシキは強かった。忍術のみ縛りというだけで小狐は幾度となく地面に顔をつける。全身泥だらけになった小狐は半泣きで叫んだ。


「くそぅ! もう一回有馬の湯に行く!」

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