第20話 御伽異界冒険伝、奇人学士の助力を願い候

 奈々は美奈子と共に図書室で調べ物をしていた。奈々の記憶を司る断片が何かないかと、インターネットも利用し、いろんな物を美奈子は見せる。


「刀剣展やって、大阪城で開催されるらしいで」

「大阪城? 刀剣展?」


 奈々は全く聞き覚えのない物だったが……目に止まった物。それは家紋だった。いくつか頭にチラつく物があり、そこから目が離せない。


「この模様……家紋は」

「奈々、渋いなぁ。足利の家紋みたいやで」


 ズキンと響く。そしてそこで奈々の記憶が鮮明に戻っていく。自分はこんなところで笑顔の絶えない学び舎を歩み、信じられないくらい美味しいご飯を食べて、なんの心配もない朝を迎える者ではない。


「上様の……? ワシは……上様の、足利義輝様の忍……羅志亜の忍、第七代目御大・奈々樹丸だ」


 奈々の覚醒には美奈子は驚きつつも、この奈々の反応に協力的だった。自らを忍だという頭のおかしな少女にしか見えない筈の奈々を外に連れ出すと美奈子は尋ねる。


「忍って忍者やんな?」

「忍は忍だが……美奈子はこんなワシの言う事を疑わんのか?」

「疑ってるで。でも奈々が何かを感じたならウチは付き合おうたる。で、話してみ」

「ふむ、美奈子は良い女子じゃな。さて、何から話すか」


 奈々は自分が生まれた事、そして遣えるべき将軍、足利義輝を失った事、そして、魔女なる者が現れ、そして石山本願寺を落とすべく富士の樹海に自分達はやってきたと……


「何それ! ロードショーものだよ! だって、いきなり魔女って」

「あぁ、ワシらも面食らった。あの異質な力を持つ連中、それに対抗する為にワシは……小狐達と」

「ココ?」

「あぁ、ワシの可愛い妹じゃ……もう十五つになっても姉離れができぬ憂いやつよ」


 妹、それに美奈子は思い出す。実際の奈々には妹がいる事中学生のこれまた可愛い女の子。


「そのココちゃんとレナちゃんどっちが可愛いの」


 それを言われて奈々は首を傾げた。どちらも甲乙つけがたい可愛さがある。どちらも自分をすいてくれてる。それに奈々はくすりと笑う。


「答えられん質問だな。酒と菓子どちらが好きかと聞かれるくらいに困る質問だ。だが、美奈子。ワシは戻らねばならん、ワシの里の者がいる場所に、力を貸してくれ」


 奈々が嘘をついているようには思えない。それで美奈子は石山合戦について調べる。織田信長が何故、石山本願寺を落とそうとしたのか、その首謀者とも言える顕如は自害。色々な説、有力説があるが、これと言った理由は確認が取れなかった。そして当たり前のように魔女も、羅志亜の忍についての記載もなかった。


「奈々、どこにも奈々の言う忍者の記載はないよ」

「忍はその形跡を残さない事が仕事だからの。それ故、ワシ等が生きていた証などは何一つ見つかっておらんのだろう。ところで、信長公はその戦、勝つのか?」

「ええっと、織田信長は石山本願寺の大坂城合戦で死亡、長きに渡る乱世の時代に入るんだよね。徳川、今川と数々の国を平定した一向宗だけれど、顕如は自害。一説によると取り巻きに殺されたかもしれないと書かれてるね。超越した力を持つ御使い達、村上水軍、雑賀衆と共に、イギリスと四度に渡る交戦の、和睦を結ぶ……このとき、戦艦を持っていたイギリスにどうやって一向宗が戦えたのかはいまだに謎らしいね」


 信長が死んだ。信長はあの戦で死んだ。奈々はこの歴史が正しければ、おそらく羅志亜の忍も敗れたと言う事をしる。


「その後の歴史も聞く? 色々あって足利義昭の足利幕府が続くけど……」

「千歳丸様が、天下をお取りに? ……いや、そうか……あのお方が」


 奈々は歴史上、自分たちが仕えた者の弟が、天下をとったと言う事実を知り、もう未来は救われたと言う事に関心し、自分がどうこう動く話ではないと思うようになった。


「美奈子、もういい。そのぱん、けぇきとやらを放課後に食べに行こうかの?」

「えっ? もうええの? うん、どうせなら明治、大正、昭和、平成、そして今の広至二年までと歴史をなぞってもらおうかと思ってんけどな。なら世界史とか見るか?」


 もう良いと言っていると、笑って受け取った奈々が見た物に、一人の悲しき女王の記載を見た。御家騒動で小舟に乗せられた、幼児。炎帝狐の刺青を入れ、王族であるしるべを残しはや十四年、境港にて偶然立ち寄っていた商人の使用人が浴場にて同じ刺青をした少女を見つけ連れ帰る。


「まさか……お前なのか? 続きを読んでくれ」

「えっと、何々? その少女はかつて小舟にのせて逃した大陸の海辺にある小国の姫。ファンルールであった。されど、連れ帰った時には、出血が止まらぬ奇病を患っており、一年ともたずに死去するやって、可哀想なお姫様やな?」


 ぐらりと奈々は貧血を起こしたように倒れる。それに驚くは美奈子、スマホを取り出して病院に救急にと連絡をしようとした美奈子の手を奈々は握った。


「良い、ワシは大丈夫じゃ、じゃが美奈子。すまんな。ぱん。けぇきはお預けらしい。ワシはやはり戻らねばならん。どうすれば良い? 教えてくれ」


 弱々しく頭を垂れる奈々をみて美奈子は無言で奈々を抱きしめる。それには奈々も驚いた。シャンプーの匂いと、少女特有の甘い香りが奈々の鼻をつく。


「奈々、一つだけ教えて。ウチ等のこの場所と奈々がいたって場所。どっちが大事なん?」

「……それは」

「えぇ、それで十分や。奈々をウチは元の場所に戻したる。絶対にや!」

「できるのか?」


 期待を込めた仔犬のような目で美奈子を見つめる奈々。それに美奈子は抱きしめたくなる衝動を抑えて、今朝奈々を会わせようとしていた人物の場所にまで連れていく。それはオカルト研究部と書かれた教室。


「成宮、入るよ!」

「あぁ?」


 そこにいたのは、気怠そうに大きな本を読む少年。ページをめくりながら奈々と美奈子を順番に見てから本に視線を戻す。頑固そう、ややこしそうな男の子だなと奈々は思うが、美奈子はそんな成宮と呼ばれた少年に話す。


「ウチの友達の奈々やねんけどさ。前世の記憶? みたいなんがあるんよ! ちょっと話聞いてや!」


 奈々はこれはダメだと確信した。物凄い目で成宮と呼ばれた少年は美奈子を見る。そして再び奈々に視線を向ける。


「くあしく!」


 信じられない事に興味を持った。普通に考えれば絶対に信じてはもらえないような話と奈々は伝え、美奈子がいくつか補足をしてくれる。それらの話を聞いて成宮はう〜ん、う〜んと考えてから話だした。


「そうやな。奈々の話を聞く限り、妙に細かい。だが、俺らが知ってる歴史と少し違う。これを奈々の勉強不足と捉えるか、あるいは史実と事実がちゃうかと言う点で分けるとすれば、奈々が言っている事が全部正しいのなら、可能性は三つや!」


 ホワイトボードに成宮は可能性の話を書いた。

 一つ、奈々の前世の記憶が蘇った。

 二つ、奈々は過去から未来の世界に、いくつかの世界線を含む。にやってきた。


「で、これが一番、俺らが困るパターンや」


 三つ、この世界は奈々、あるいはその意識が想像し、創造した世界であると書く。美奈子も奈々もいまいち何を言われているのかわからないと言う顔をしているとハァとため息をつく。


「要するに、奈々は寝とんねん。で、起きればこの世界から脱出できる。この世界が夢なら俺らみんな、お陀仏やねんけどな。奈々の話からして、奈々の中に入ったとか言う魔女の仕業かもな……ただ、この世界を戦国時代の人間が創造できるとは俺は魔女だろうとありえへんと思う」


 成宮の話はいまいち、わかりにくい。今、知りたいことは奈々がこの世界から脱出する事なのだが……


「アンタ話がややこしいんよ。どうすれば奈々はここから出られるのか聞いてるの!」

「魔女を見つけて追い出せばええやろ」

「その魔女が見当たらんのだ……何か知恵をかしてはくれんか?」


 奈々の懇願に成宮は考える。沈黙する事一時間、奈々達が根負けしそうになった時、成宮は語った。


「言っておいてなんやけど、一と二はありえない。元々お前。奈々はこの学園にも世界にも認識されとる。で一や、残念ながらこの世界での奈々の記憶が一切ない。記憶障害にしては妙すぎる。だから結果は三やねん。けど、おかしい。戦国時代の人間がこんな世界を創造できるわけない。エクトプラズムみたいな具象気体として奈々の中に入った。それで目を覚ましたらこの世界か……これも二パターンかもな。今もその魔女は奈々の中におるか、あるいは目覚めた時に目の前におった奴が、魔女か、結論を言うと、忍者の奈々の意識だけが数ある未来の内の一つにきた。ある意味夢やな? 全部考えていこか?」


 奈々は語る。最初に目の前にいたのは妹・レナ。そのレナが自分をこの世界に呼び寄せた魔女か……あるいは自分の中に……


「どうすれば?」


 奈々が困っていると美奈子が成宮の背中を蹴ろうとするので、それを成宮は軽やかに避けてから、ゴソゴソと何かを取り出す。それはおぞましい鞘に収まったナイフ。


「何それ?」

「実に禍々しいの……」

「これはある悪魔が取り付いたナイフ。刺した者を三日間の痛みと苦しみの後に呪い殺してしまうと言われているナイフだ。流石に魔女でも悪魔の呪いは文野外やろう。そして奈々の中にいてそれを聞いているなら、このナイフに反応しているはずやな。覚悟を決めろ奈々。俺は今からこれでお前を刺す」

「ちょっと、何言うてるん!」


 驚くのは美奈子だった。成宮が持つナイフは形状こそ禍々しくも間違いなく金属製のナイフ。鋭そうな刃は今すぐにでも奈々の血をすすりたがっているように見える。キラキラと輝く刀身は紫の光を放っていた。こんな物で刺されたら呪いどころか大怪我である。


「奈々、覚悟はあるんか? あるなら俺は力を貸したる」

「良い目だな。成宮……なんと言う?」

「宗麟だ。成宮宗麟。こんなところで戦国の少女に、それも忍頭のクノイチと知りあえて光栄だ」

「ワシもじゃ! やってくれ宗麟!」

「死んでも、恨みなヤァ!」


 ドス!

 そして宗麟の刺したナイフの刃は奈々の胸元に吸い込まれたように持ち手しか見えない。奈々は遠くを見つめ開いた口が塞がらない。

 数秒後。


「きゃあああああ! 奈々ぁあああ」


 美奈子の叫び声だけがオカルト研究部の部室に響き渡った。

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