第19話 伝説の魔女と羅志亞の二つ鬼、何処かの桃源郷のごとき枕元

 左右から奈々樹と小狐は最高速の攻撃を仕掛けたハズだった。確実にゼシルを殺せる位置からの斬り込み。されど小狐の刀も奈々樹の小太刀もゼシルの喉元で止まっている。

 否。

 奈々樹と小狐が動かない。


「か、金縛りか?」


 小狐がそう言うのでゼシルは小狐の顔を見て、そして「なかなか良い器だな」と言っては小狐の胸を果物でももぎるように掴んだ。


「……気、貴様! 辱めるなら殺せっ!」

「いい身体だが……魔法と相性が悪そうだ。ならこちらは?」


 続いて奈々樹を見る。同じく体のあちこちに触れていると、奈々樹は口の中に含んでいた針を飛ばした。


「……まさか、余の拘束魔法の元で動けるとは……」

「……こっちは目玉を潰されて他人事に喋る貴様に驚きじゃ」


 奈々樹は急所である目に含み針を飛ばしたと言うのに、ゼシルは興味がない。なんなら痛みすら感じていない。それどころか、奈々樹をより興味深そうに見つめる。そしてゼシルは何かを呟いた。


「……なんじゃ、眠い……」


 耐えがたい眠気、口の中に含んでいた少量の毒と唐辛子の粉を固めたものを奥歯で噛んで溶かすが、全く気付けにならない。奈々樹は深い眠りに落ちた。


「やい! 貴様、奈々樹に何をする気だ! 事と次第によっては……おい! 何してるんだ!」


 ゼシルは服を脱いだ。一矢纏わぬ姿となると宝石のついたナイフを取り出してそれを自分の腹部に突き刺した。


「神性魔法……肉体転移」


 ゼシルの体から何かがむくむくと出てくるとそれは奈々樹の口の中へと侵入していく。身動きが取れない小狐はそれを止められず悲痛な表情をする。今までどこに隠れていたのか、テクテクと夜鷹が現れると動かなくなったゼシルの体を見る。


「小狐さんそれ、貸してもらえますか?」

「動けんのだ!」

「なら勝手にかりますね?」


 夜鷹は小狐の手から太刀を奪うとその刀をふらふらと構える。


「夜鷹、何を!」


 ズン! そんな音だった。夜鷹は無防備なゼシルの体を小狐のなまくらの太刀で斬り、そして念入りに刃を刺した。


「ゼシルは千年以上生きた人をやめてしまった魔女。この体も本人のものじゃないです。ゼシルは魔女に対抗できる体を持つ忍マスターを自分の次の体にするつもりだろうね」


 先ほどゼシルの中から飛び出してきた物が人魂的なものかと小狐も理解するとより慌てる。


「なら、奈々が危ないじゃないか! どうしたらいいのだ?」

「どうしたらって……まぁあとは忍マスターの精神力に賭けるしかないだろうね。ゼシルは夢を見せるのさ」

「夢だと?」

「あぁ、どんな夢かはわからないけど、心地よい夢なんだ。もう目覚たくないと思えるようなね。そして体を奪われ、心まで閉じ込められて自らを失うか、あるいはその夢から脱する事ができれば忍マスターの中からゼシルは出てくる。でもこの通り、もうゼシルが戻る身体はない。そんな危険な賭けをするより、ここまま忍マスターを殺せば、ゼシルも死ぬ」


「本当にそんなことを言っているのなら、夜鷹。お前もおれが斬る。もし、奈々樹が体を奪われるようなことがあれば、おれが奈々を介錯してやる」


 小狐と夜鷹は見つめ合う。そして夜鷹は根負けしたようにそこにあぐらをかいた。


「万に一つも忍マスターが目覚める事はないと思うけど、なら待ってみようか?」

 


ーーーーーーそして奈々樹は目覚める。


 

「お姉ちゃん起きてぇ!」


 その声と共に奈々樹は目覚めた。自分は何をしていたのか……見知らぬ少女が自分を起こす。


「んんっ、ここはどこじゃ?」

「あはは、寝ぼけてるの? 何その話かた」


 奈々が目覚めたところは見たこともない部屋に見たこともない、物が並ぶ場所。異様に柔らかい布団。読めない文字の数々。奈々樹をお越しにきた少女を奈々樹は捕まえ、拘束する。


「痛い! お姉ちゃん痛い!」

「お前は誰だ?」

「私はレナだよ! どうしたのお姉ちゃん? その年で遅めの中二病?」


 奈々樹はこのレナの話を聞く。自分はジョシコウセイなる存在で、学校に通う者らしい。


「待て、ワシは羅……羅? なんじゃった? ワシは誰じゃった?」


 そんな風に戸惑う奈々樹をレナは爆笑する。困惑した状態でレナに手を引かれて下の階に降りる。そこでは暖かい食事が用意されていた。


「おはよう奈々、お父さんは今日早く出たから今日の朝は三人でいただきますよ!」

「あ……母上?」


 奈々はぬるま湯に使っているような気がした。酷烈ではなかったにしてもこんな生活を奈々は知らない。


「また古風ね。どうしたの? 時代劇にでも今はハマっているの?」


 奈々は状況はわからないが、今の自分の方がおかしく見えているのだろうと、取り繕うことにした。


「いや、なんでもない。さぁ食べようかの」

「おかーさん、なんか今日のお姉ちゃん、変でしょ!」


 手を合わせていただきます。それに奈々は何か別の光景が見えた。見慣れた黒髪の少女、自分に懐く幼女。そして最近知り合った少年らとあぐらを組み、ご馳走とは言えないが食事を囲んだ風景。

 その光景を忘れしまったのは、出された食事が信じられないくらい美味しかった事。


「……うまっ!」


 食事を終えて、制服に袖を通すとあまりの出来に妹のレナが手伝ってくれてなんとか様になった。


「お姉ちゃん、そのサイドポニー可愛いね!」

「あ、そうか? しかし、レナ。お前は顔も可愛いな」

「えっ? 何なに? お姉ちゃんってそっち系だったの?」


 妹の顎クイをしてその顔を見るレナは恥ずかしそうに、でも嬉しそうにしている。奈々はこれも違うとなんだか思った。妹はもう少しだけ強情で、そして生意気で、とても可愛い。ここだけは同じだった。


「レナよ。普段の私はどんなだった?」

「う〜ん、なんかもっとクールで口数が少ない文学少女?」

「なるほど、全然わからん。まぁ学校に行ってみれば何かわかるか」

「えっ……お姉ちゃんそれガチなの? 学校行っても大丈夫?」


 チョンとレナの額に触れて奈々は笑う。


「レナよ。わからない時、困った時、進むか立ち止まるか、ワシは進む者になりたいと思う」


 そこは中学に通うレナと高校に向かう奈々との分かれ道。そこで別れた二人だったが、レナはしばらく立ち止まってこう呟いた。


「お姉ちゃん、カッケェ!」


 レナと別れた奈々はテクテクと学校へと向かう。その際に一人の少女に声をかけられる。


「なーなちゃん、おっはよーさん」

「すまんな。記憶が曖昧で誰かわからぬ。名を教えてもらえるか?」

「えっ……吉川美奈子……やけど、なんか悪いもんでも食べたん?」


 奈々が苦笑していると何故か美奈子は奈々の力になってくれると手を引き、高校のとある部屋に連れてきた。


「おーい、オカ研、オカ研はおらんかね?」

「オカケン? 名前か?」

「ちょっとそっち方面に強そうなやつ知っててんけど、今はいないからとりあえず教室いこ」

「あぁ頼む」


 同い年ばかりの学校。奈々は不思議に感じていた。男子は男子で分かれているのかと、美奈子の話を聞くと、一緒の学校もある。別々の学校もあるとの事。

 結果。


「なるほど、全然わからんな」


 授業中、美奈子の補佐もあり、また奈々の頭が良かった事もあり、なんとか卒なくこなしていく……が問題は体育の時間だった。


「今日は器械体操です」


 跳び箱という少し高さのある台の上で前転をするという物。そこに歓声が上がる。奈々は見様見真似で行おうと凝視していると、一人の女子が手を上げて跳び箱の上に手をつき、くるりと宙で舞ってから着した。


「ほぉ……」


 何かが頭でゾクゾクっと反応した気がした。それにキャーキャーと他の女子達が声を上げている中で美奈子は奈々に声をかけた。


「あれ、体操部の国体かなんかに出る奴やから気にせんでえぇで、奈々は他のみんなと同じで前転したらええから」


 すーはー、すーはーと呼吸を整えてから奈々は自分の番になった時、手を上げてから走った。それを見ていた皆はおぉと声をあげる。勢いのある奈々が跳び箱台に手をつくと先ほどの少女と同じく飛び上がる。そして身を小さくしてくるくると何度か回ってから綺麗にピタリと着地した。一体何が起きたのか分からなかった生徒達だが波のように歓声が広がる。


「亜美ちゃんより凄かったよ!」


 亜実ちゃんというのはきっと先ほど跳び箱を飛んだ少女なんだろうなと奈々は思っていると、その亜美ちゃんは再び跳び箱の前に立ち飛んだ。なんとか奈々よりも凄い演技をと思ったのだろう。


 だが……


「あっ!」


 バランスを崩した亜美を見て奈々は飛んだ。亜美を腕に抱え、そして優しくマットに転がった。綺麗な受け身に見ていた少女達は深く、長いため息をつく。それ程までに美しく、奈々はカッコ良かった。

 今まであまり人と喋らない文学少女と思われていた少女のその姿と行動は風よりも早く伝わっていく。


「奈々、すんごい目立っとるなぁ、なんか恋する乙女の目で見られとるやん。ウチは逆に親の仇でも見るような目で見られとるけど……」


 そんな奈々に学園の少女達が抜け駆けするのには時間は掛からなかった。奈々は呼び出され学校の校舎裏へ……可愛らしい少女がもじもじと奈々の前に立つ。


「ワシに用とはなんじゃ? すまんな記憶が曖昧であまり誰が誰か分からんのだが」

「あの……吉川先輩とはどういう関係なんですか?」

「はて、吉川……あぁ、美奈子か! あやつはワシの事をよくしてくれる友人じゃ!」


 友達という事に少女は明るくなる。花が咲いたようにというのはまさにこの事を言うんだろうなと奈々は思っていると少女は奈々に告白した。


「奈々さんの事が好きです! 付き合ってください!」


 こんな様子を奈々は覚えのない記憶がちらつく。誰か黒髪の少女が、町娘のような少女に懐かれる様子……

 奈々は微笑んで少女に答えた。


「気持ちは嬉しいがの、すまん。ワシは何かを成さねばならない気がするんじゃ、そしてお前達の前からワシは消える気がする。だから、気持ちだけ受け取っておくの?」


 目の前の少女は泣き、少し困ったように奈々は頭をかいてもう一度すまんと呟いた。

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