第21話 悪夢調伏せし策略、小狐を翻弄す古代の魔女ゼシル・アルバトロス

「クッソ、動けぬ。夜鷹。なんとかならんのか?」

「ダメだね。ゼシルの魔法は本当に強力なんだ。でも、ここなら案外なんとかなっちゃうかも」


 そう言ってザクザクと夜鷹は地面を穿り返す。一時間近く土を掘り返して何か石のような物を見つける。太陽にかざしてうんと頷いた。


「オリハルコンの原石だ。手に収まる大きさとは恐れ入ったよ。これをこうして」


 縄で縛って首からぶら下げる事ができるそれを小狐の首にかける。小狐はまさかこんな事でと思ったが、夜鷹が勝ち誇ったような顔をしているので指を動かしてみる。


「うごく……おし! 行けるぞ! まずは奈々の奴をぶん殴っておこして」


 小狐が奈々樹の前に立って、そして半歩飛ぶように下がる。奈々樹は小太刀を小狐に向けた。それを察知した小狐。


「なんの遊びだ奈々」


 奈々の顔に刺青のような模様が浮かび上がる。そして、本来の奈々の瞳の色ではない金色の瞳を小狐。そして夜鷹に見せる。と奈々は、いや奈々の中にいる者が喋った。


「この身体、なんという……今まで得てきた体の中でも最高の身体だ。これなら、リヒトを殺せる。ふひょひょ」


 不気味に笑う奈々に小狐は刀を抜いて構えた。


「貴様、奈々の中に入ったあの煙だな?」

「小娘、大魔女ゼシル様といえい! この世界は礼には厳しいのではないのか? まぁいい初めまして、さようならだ! 小娘!」


 奈々の体を奪ったゼシルは小太刀を小狐に向けて振りかぶる。それは恐ろしく速い。ゼシルの魔法で強化されているのかもしれないと夜鷹は思った。

 その結果……


「馬鹿な……」


 小狐は小太刀を避け、奈々の胸に肘を入れる。そしてそのまま投げ技を入れる。


「何が馬鹿な! だ! お前、おれの事をバカにしてるのか? 奈々がそんなクソみたいな攻撃をするわけなかろう。そして今の奈々なら目を瞑っていてもおれなら殺せる」


 身体能力、それは小狐も同等の忍であるという事を計算に入れていなかったゼシル。距離を取ると呪文を唱える。


「言葉よりも思い出よりも怒りよりもわかりやすい力の差を見せてやろう! ルシフェリオン・ゲイザー!」


 小狐の足元から凄まじい風。それに「おおぅ、なんだこれ?」と小狐は焦るが、それだけでその魔法は終わる。それにゼシルは空いた口が塞がらない。


「な……なんだと。貴様、魔女か?」

「は? おれは侍だ! しかしもう奈々ごと斬ってしまうか? それとも夜鷹、奈々の意識を取り戻す方法はあるのか?」


 小狐の質問に夜鷹が答えよする前にゼシルがいやらしく笑う。奈々の下半身に触れ、そして胸を弄りながら。


「この身体の持ち主はもうこの身体の中にはおらぬ。次元転送。どこか見知らぬ荒野にでもいるか、あるいはここではない知らぬ世界で第二の人生でも送っておるかもな。お前達の事など忘れて、この素晴らしい身体は余が貰い受けた」


 好き放題に奈々の体に触れるゼシルに小狐は睨みつける。そして夜鷹にもう一つ尋ねた。


「夜鷹、ゼシルって馬鹿野郎は、男か?」

「いいや女だったよ」

「そうか、姉上……じゃなくて奈々の体を勝手に触りやがって、男ならその首撥ねてたぞ。お前はそこから追い出して拷問にかける」

「なんだ、ただのシスコンか?」

「は? なんだそれは」


 小狐が刀を構えて聞き返すので、ゼシルは少し考える。ペロリと舌を出して、少しばかり着物をはだけさせてから……


「貝合わせをしたい仲という事だ。女知音ともいうか? どうだ? 抱かせてやるぞ? それとも犯してやろうか?」

「は? ……はぁ! ハァあああ?」


 段々と何を言われているのか小狐も理解してしまった。小狐が奈々樹に恋い焦がれていると、それも伽をしたいくらいにと……真っ赤に染まる小狐。そして牙みたいな八重歯をがちんと噛み、そして大声で叫んだ。


「ふっ……ざけんなあああああああ! 何がくるしゅうておれが奈々樹とそんな関係にならなくてはならんのだぁ! 貴様、本当に命が要らんらしいな?」

「殺せるのか? 愛すべき姉上を?」


 ビュン!

 小狐の刀が奈々樹の首をかする。奈々樹の身体、そして目でなければゼシルの首は飛んでいた。


「チッ、浅かったか、殺せるに決まってるだろう? おれ達は忍の里で育ったのだぞ? 貴様の方こそ、もしかしておれが奈々の身体に手を出せんとか、本気で思っておるのか? なら、魔女とやらは大したことがないな」


 ふわりと浮かび上がる。ゼシルはいや、奈々樹の表情から余裕がなくなる。高いところから広域魔法にて小狐を殺す。それが最善手。それに小狐は睨みつける。


「貴様らは分が悪くなるとすぐにそれだな。ぜしるとか言ったな? 安心しろ、貴様を殺してリヒトとかいう奴もさっさと殺してやる」


 届くはずのない場所から小狐がそう喚くので、ゼシルはできる限り強力な魔法を小狐の頭上に落とそうと練り込む。


「小狐さん、いやぁ、まさかあのゼシルをここまで追い詰めるとはさすがですねぇ。あとは交渉と行きましょうか? 奈々樹さんは私たちに必要な方ですし、あのゼシルはゼシルで中々に使えます」


 むっ! と小狐が夜鷹の話に従う。刀が届かないのであればやむなしと小狐は刀を鞘に収めた。


「ゼシル! 投降なさい。貴女の負けです! この通り、小狐さんは貴女を斬ることをやめました。ここはオリハルコンの砂鉄が大量にあります。貴女の魔法もさして大きな威力は出ませんよ。この地に何も知らずにやってきた時点で貴女の負けです。ゼシル先生」


 ゆっくりと、ゆっくりとゼシルは降りてくる。そして夜鷹の顔を見て……驚く。


「貴様、生きておったのか? 最後の錬金術師。イライザ・ホーエンハイム」

「えぇ、おかげさまで見知らぬ世界で対魔女の軍師をやってます」

「投降? それを余が頷くとでも? この最高の身体に、余の魔法、向かうところ敵無しではないか」

「己にはてもあしも出なかったがな」


 小狐にそう言われ、ゼシルは笑う。


「本当に、貴様らは何者だ? 魔法も使えぬのに、この余を……フェリシアが殺された時は油断をしたのだ嘲笑していたが、貴様らの力は本物だ」

「彼女らは鬼人。羅志亜の忍です。リヒト達魔女をほふりさる存在」

「無理だな。リヒト、あれは人ではない。まさに魔を体現した者。それにもうこの身体の持ち主の意識はこの身体にはない」


 ゼシルがそう言った瞬間、小狐が視界から消える。気付いたら胸ぐらを掴まれているゼシル。


「……こ、声が」

「さっきから見ておったわかった。貴様。声がでねば魔法とやら使えんだろ? ならこうだ!」


 何か赤い物を自分の口の中に小狐は入れると、ゼシルの、いや奈々樹の唇を吸った。吸うというより、舌を使い奈々樹の口内に何かを口移しで入れた。その瞬間、ゼシルは苦しみだす。


「あぁあああ!」

「気つけの唐辛子は効くだろ? で奈々樹を元に戻す方法はどうするのだ? もう王手だ! 潔く言え!」


 ケホケホとむせながら、ゼシルは口をパクパクと動かす。その唇を読んだ夜鷹は小狐に伝えた。


「万に一つもありえないけれど、奈々樹さんが自ら戻ってくればあるいは……」


 小狐はゼシルの、いや奈々樹の顔に触れて叫んだ。


「どこで油を売っている! はよう戻ってこい! お前は、お前だけがおれが倒したい唯一の忍だろう! 奈々樹ぃ!」

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