第22話 痛みなき平穏、血塗られた戦乱、選ぶは如何に?

 奈々樹は自宅に向かう。妹に会うために……部活に入っていないレナは奈々樹よりも早く家に戻っているハズだった。あのオカルト研究部の成宮に渡されたナイフを奈々樹は持っている。

 自宅に戻ると、レナが何か温かい飲み物を入れていた。甘そうな匂いのするお菓子を皿に持って、今からおやつの時間なんだろう。


「あっ、お姉ちゃんお帰り! 学校大丈夫だった? お姉ちゃんもココア飲む?」

「レナ、少し話良いか?」

「えっ? いいけど」


 その瞬間、奈々樹はレナに向けてナイフを突き刺した。突然の事にレナは驚き目を見開く。レナの胸に突き刺さっているように見えるナイフ。そしてレナは言う。


「何? どんな遊び? えっ?」

「うん、手詰まりか、すまんなレナ」


 今までの経緯をレナに語る奈々樹。それを聞いてレナは笑うわけでもなく、奈々樹を自分の部屋に招く。奈々樹のココアも淹れてくれるとノートパソコンで何かを調べる。


「お姉ちゃんの言っている忍者なんてどこにもいないの」

「それはワシも図書室という場所で調べて知っておる。まぁ、こんな事を言われれば驚くであろうな。ワシが頭がおかしい女にしか見えん」

「違うの……お姉ちゃん、羅志亜の忍は多分、いたんだよ! それはお姉ちゃんの夢みたいな出来事なのかもしれないけど……多分」

「どういう事じゃ?」

「お姉ちゃんは多分、覚えてないと思うけど、今の古風なお姉ちゃんになる前、織田信長が石山本願寺で命を落とすなんてありえない! っていつも言ってたの、歴女のお姉ちゃんはこの歴史はどこかがおかしいってずっと……最初、お姉ちゃんが今の喋り方をした時はそういう演技だと思ってたけど、今なら私も分かるの。多分、お姉ちゃん……じゃなくて奈々樹丸さん、貴女がいなくなった事で歴史が変わったんだ。貴女は戻らなきゃダメだと思う。気を失ったのは富士の樹海なんですよね?」

「あぁ、ああ」


 机からレナはお金を出すと、それを持って着替えてそして言った。


「お姉ちゃ、じゃなくて奈々樹丸さん。行こう! 富士の樹海に! もしかしたらそこで戻れるかもしれないから!」


 満面の笑み、可愛い女の子だ。そんなレナを奈々樹は抱きしめた。それにレナは顔を真っ赤に染める。


「かたじけないレナ殿」

「レナでいいよ奈々樹丸さん」

「ワシのことも、お姉ちゃんで良いぞ?」


 二人はふふふと笑い合う。そして、富士の樹海へ行くために新幹線で静岡へと向かった。

 

「この駅弁というもの、恐ろしく旨いな……これは小狐にも食べさせてやりたいものだ」


 普通の幕の内弁当を食べながら奈々樹がそう呟くので、サンドイッチを食べているレナは少し膨れっ面で言う。


「お姉ちゃんの話に毎回出てくるその小狐さんって戦国の世界のお姉ちゃんの妹なんだよね?」

「あぁ、血は繋がっておらんがな。二つ程年下じゃが、レナよりひとつ程年上かの? しかし、身なりにも興味がなく、レナの方が大人じゃの。すぐに怒るし、自信過剰だし、ワシの背に夢を見過ぎだの」


 弁当を食べ終わると綺麗にそれを畳んで紙に包んで元どおりにする。割り箸は珍しくて奈々樹はカバンにしまった。

 そしてお茶を一飲み。


「へぇ、その小狐さんってお姉ちゃんの足引っ張ってばっかりっぽいね! 何か長所あるの?」

「そうだな。小狐は、ワシよりもあらゆる忍の術の素質がある。そして、小狐は美しい。綺麗な黒い髪、白粉でも塗ったかのような白い肌、挑発的で太陽のような瞳。あやつは何処かの国の暗いの高い者ではないかとワシは思っておる。いや、ワシだけじゃない。小狐のことを知っておる者は皆そう思っておるだろうな」


 奈々樹がとても嬉しそうに語るので、レナはスケッチブックに絵を描いてみせる。それは奈々、そしてレナが想像で描いたであろう……


「小狐か……よぉ似とる……レナは凄いな」


 無意識に奈々樹はレナの頭を撫でた。そして、新幹線は静岡に停車した。二人が降車した時、レナの手首がつかまれる。


「きゃ……」

「声を出すな! お前は人質だ」


 人殺し、そして逃走中の犯人が偶然、人質にできそうなレナを見つけそして当然の如くつかまった。声を出そうとすれば大きな刃物を向けている。この男は言った通り大きな声を出せばレナを殺しかねない。この状況に新幹線は止まり、人々は逃げ出す。警察への通報、そしてネゴシエート、さらに犯人の要求。そんな長々とした話が始まりそうな時、奈々樹は地を蹴った。それに警察は声を出そうと、犯人は刃物をレナに……


「もう遅い!」


 ガキンと大きな音、男は自分の持っている大きなナイフは根本からポキンとおれた。そしてその光景を見ていた者は皆、何かの撮影なのか、それともこれが本当なら……

 奈々樹は男のナイフを蹴り折った後、そのままの勢いで男の顎、そして腹、完全に気を失った男に尚追い討ちのように回し蹴りを側頭部。ゆっくりと倒れる男に鞄から取り出した割り箸を持って……


「お姉ちゃん殺しちゃダメ!」


 ピタッと止まる割り箸。そして拍手喝采。警察が集まってくる。奈々樹はレナを抱きしめてレナが落ち着くまで待っているとそんな二人の元にも警察が……


「厄介な事になったな。レナ、飛ぶぞ? さすがに未来といえど富士山の位置はわかった。ここは逃げて良いのか?」


 レナは集まってくる警察、暖かい言葉もかけてくれてはいるが、奈々樹を警戒している。少女が大の男を簡単にねじ伏せてしまう。


「お姉ちゃんにとっていかなければならないもんね? でも逃げれるのこれ?」

「簡単じゃ!」


 レナを抱えるとふわりと飛び上がる。それは本当に重力から解き放たれたように、ふわりと……警察達が動き出し大声が響くがそれはもう後の祭り。レナを抱えて走り出す奈々樹。


「おね、お姉ちゃん! 速い! 速いよ!」

「そうか? この体、思ったより動きよるわ。レナの実の姉は何者じゃ?」

「……歴女だから色々やってるんだと思う。謎、お姉ちゃんは謎だね」


 ダダダダダダと奈々樹は走る。自分の身体の時のようにとまではいかないが、十分に動く。


「さて、ワシのこの摩訶不思議な旅の終着となるか、それとも何の意味もないか……楽しみじゃな?」


 手を繋ぎ、茶屋で団子を食べる。奈々樹は甘い物を好む事にレナは自分の世界でしか食べられないようなアイスやケーキを奈々樹に食べさせその反応に喜ぶ。そして一休みが終わると、富士の樹海へと足を踏み入れた。


「自殺をするな……か、この世界も色々とあるのだろうな。随分狭くなったが、確かにここじゃ」


 自殺の名所として名高いその場所にレナは少し恐怖し奈々樹の手を繋ぐ。それに奈々樹はクスクスと笑った。


「何?」

「いや、昔。小狐が山に入って戻って来れなくなっての? 泣きながら、姉上ー姉上ーと言っておったのが面白くてな。それを今思い出した。今は生意気にもワシの事を奈々と呼びよるがな」


 ケケケと笑う。 足元が悪くなったところはレナを抱えて淡々と進んでいく。実の姉のはずなのに、今は別人、そして凛々しく見える。レナは奈々樹という戦国の少女に恋をした。

 歴史に名を馳せることもなかった彼女に……今なら少し実の姉、歴女ならではの苦悶を知った。この奈々樹を、羅志亜の忍の事を後世に伝えたい。


「お姉ちゃん、もし元の世界に戻ることができたら、私に手紙を書いて!」

「手紙?」

「うん手紙、お姉ちゃん達が頑張った事。私にだけでいいから全部教えて! 私がみんなにそれを教えてあげるから! お姉ちゃん達が生きていた事を私が伝えてあげるから」


 再び奈々樹はレナの頭を撫でた。とても嬉しそうに奈々樹がどんな事を考えているのかレナには分からない。奈々樹は樹海のある場所に立った。


「ここなの? お姉ちゃん」

「あぁ、多分ここじゃな。少し話をしようかの? ワシは、いやワシの爺様なのか? 先祖はこの日の本の人間では元々ないらしい。遠く北の海を生きる戦闘集団。確か、ばいきんぐとか何とか言うらしい。流れ着いたワシ等の先祖は大きく、仁王のような顔をしておった事から鬼と恐れられたらしい。それを人として受け入れてくれたのが義輝様の先祖だったらしい。ワシ等はその義を果たす為、先祖の故郷らーしあの名前、その武術を鍛え、足利家の戦闘私兵として義輝様が死ぬまではいつか起きる最終戦争の準備をしておったんじゃ。ワシ等は忍び備える者として、羅志亜忍軍と呼ばれるようになった。元よりワシ等は名も存在も残るような者ではない。手紙は残らんかもしれんが、覚えておいてくれればそれでええ」


 遠回しに奈々樹は手紙は残さないとそう言った。それにレナはそれ以上は何もいえない。これは戦国乱世を生きている人間と、彼ら、彼女らが紡いでくれたものなんだろう。そう思うと、嗚咽を感じる。でも泣いては行けない。それは彼女らを侮辱するようなもの……

 奈々樹が目を瞑り何もない樹海の中で何かを感じ取ろうとするが何もない。そう奈々樹も思った頃、声が聞こえた。それはレナにも確かに聞こえる。


“奈々ぁ! おきんかぁ! なーなぁー!“


 その声は、凛としてそれでいてやんちゃな、奈々樹が優しく笑う。レナも分かっているのだが奈々樹がレナを見て言った。


「こやつが小狐じゃ」

「うん、声だけで可愛いのが分かるよ。こっちからの声って聞こえるのかな?」

「試してみよう。おーい! ここぉ! ワシはここじゃあ! 聞こえるかのぉ!」


 …………


「小狐さーん! 奈々樹さんはここですよぉ!」


 レナも叫んでみる。こちらからの声は聞こえていないのか、それが分からなかったが返答があった。


“お? 今、奈々の声が聞こえたな。それと他の女の声も、まぁ良い! はよう戻ってこい。ぜしるとかいううつけが奈々の身体を好きにしとるが、まぁそれはおれがぶん殴ってやったがな! たんこぶくらいは許せよ“


「小狐、戻り方が分からんのだ。どうすれば良い?」


 小狐は誰かに話を聞いているようだった。そして小狐からの答えは至極簡単だった。


“こっちに帰ってきたいと強く想え! だそうだ! できるか?“


「どうだろうな。こちらは、戦はなく食い物がとんでもなく旨い。そしてこっちの妹は素直で可愛いしの! こちらに未練があるといえばあるかもの」


 そんな不穏な事を言うので、当然のごとく烈火のように小狐が怒り狂った。それはもうわかりやすい嫉妬。


“なっ…… おれらが貴様の身体を奪ったぜしると交戦中に貴様はぁあろうことがご馳走を喰らって、どこぞの女とちちくりあってただとぅ? 貴様、それでも羅志亜の忍頭か? 馬鹿者めっ! まだ他の魔女がおるんだぞ?“


 魔女、その名前を聞いて奈々樹の表情が少しばかり変わる。そして笑顔。レナも未だ半信半疑だった魔女なる者の存在。その歴史上には出現しなかった脅威・魔女。それらと本気で闘っている羅志亜の忍達。


「分かっておるわ。冗談だ冗談。ワシが戻らぬて、ピーピー泣く可愛い妹がそっちで待っておるからな。すぐに戻る。待っておれ」


 奈々樹の言葉に小狐は喚き散らすが、それを奈々樹は無視してレナを見つめる。


「さて、この身体をレナの姉君に返す時がきたようじゃの、その歴史好きの姉君に聞かせてやれぃ! ワシは今、信長公と共に石山本願寺を討つ。自慢してやれ、そんな戦国の忍とレナは一緒におったとな」

「うん。きっとお姉ちゃん、私を寝かさないと思うよ。歴史が改変されるぅ!ってね!」


 クスりと笑う。そして奈々樹はレナの語りに付き合った。


「あぁ、歴史がひっくり返るぞ。なんせ、ワシ等羅志亜の忍と信長公は石山本願寺を落とすからな」


 レナ達の歴史では、織田信長はこの石山本願寺における長きにわたる戦の末、戦死する。それを奈々樹は変えると言う。


「じゃあ、それがお姉ちゃんの私へのお手紙だと思う事にするね?」


 奈々樹は振り向くと微笑んだ。ありがとうと、さようならと、そして平和な世界になったこの国を見て安堵したような……色々なものを込めて奈々樹はお礼をレナに……片膝をつき、跪く。


「何もないワシにここまでしてくれた事、感謝の言葉だけでは足らん。レナ、ワシも伝えるぞ。未来の世界にはレナというワシの可愛い妹がおったという事をな、さらばだ! 時を越えた妹、レナよ」


 奈々樹は、いや奈々樹が借りていた身体はぐらりと倒れる。それを支えるレナ。ゆっくりと目覚めた姉の表情はもう奈々樹のそれではなかった。

 レナは知っている。名も残らない忍の少女が、平穏を捨て戦乱へと戻った。

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