第23話 錬金術師の師匠、大魔女ゼシル・アルバトロスの選択と魔法の火縄攻略戦

 奈々樹が目を開けた時、そこには涙目のよく知る妹の姿があった。刀を向けて、よもや自らの手で奈々樹を討たんと覚悟を決めている最中だった。


「何じゃ、またベソを……かいとるのか?」

「なぁなぁ! これは……泣いとらん! おれは侍だ! 涙なんて見せん!」


 疲れ果てた顔をする奈々樹は小狐に倒れ込む。小狐は奈々樹をゆっくりと抱きしめる。


「なぁ、小狐」

「どうした奈々」

「ぎ、ぎもぢわるいのぉ……お、オェええええ!」

「うぉぉ! 奈々の奴戻しよったぁああ!」


 汚いと小狐は奈々樹を突き飛ばす。小狐を恨んだような目で睨みつける奈々は転がりながら口からむあむあ〜と煙のような物が飛び出した。一体何が起きたのか? 小狐は忍具を構える。


『からだが……余のからだが……消えてしまう……死んでしまう……いやだ……いやだ』


 煙が少しずつ小さくなっていく。それを眺めながら奈々樹が夜鷹と小狐に尋ねる。


「こやつがまさか、魔女か?」

「あぁ、身体は夜鷹が殺しよった」

「伝説の魔女・ゼシルもこうなると哀れですね……先生」


 奈々樹はゆっくりと立ち上がる。そして小太刀を向けると、奈々樹は構える。自分を辱めた魔女。それに自ら終止符を打たんとしたところ、夜鷹がカラカラと笑う。


「奈々樹丸さん、ちょい待ちで」

「ぬ?」

「一応、私の元師匠なんです。だから少しだけ時間をくれません?」


 奈々樹が小太刀を引っ込めると、夜鷹は会釈する。そして邪悪な顔、あのフェリシアやゼシルが襲って来た時のようなその表情で夜鷹は語り出す。


「ねぇねぇ、先生ぇ。死にたくないならさ、助けてあげよっか? その代わり、力になってもらいますけど……あぁ、リヒトに仕返ししたいんですよね? ここは私にお願いした方が良くないですか?」


 それは伝説の魔女の誇りを見せるのかと小狐と奈々樹は思っていた。敵に寝返るくらいなら毒を飲んで死ぬ……とか見事な散り際を見るのだろうと。


『助けてくれ……ホーエンハイム、あぁ、我が可愛い弟子よ……良い、さて余の身体は?』

「はい! これっ!」


 夜鷹が見せたものは、行きに商人からもらった綺麗な人形。それを消えかけの気体となったゼシルは見て言葉が出ない。


『……そんな』

「先生、悩むのはいいけど。もう時間はないですよ? まぁこっちとしては伝説の魔女が一人消えてくれればそれでいいし、もし味方になってくれれば魔女退治に一躍買いますしね」


 もううっすらと息を吹けば消えてしまうような状況でゼシルに選択の余地はなかった。もう彼女は生きようと思えばそれしかないのだ。


『わかった……助けてくれ、ホーエンハイム』

「はい、了解です! ゼシル先生は自分たちには抗わない。それ以外は自由でいいですよ! まぁ人形なんでできる自由は少ないとおもいますけどね」


 ゼシルは閉口したが、仕方がない。消えかけの煙は青い瞳の日本人形の中に入り、そして人形は動き出す。


「よもやよもや、余がこのような姿になるとは……誰が思ったか、ホーエンハイムめ。恐ろしい弟子よな」


 小狐が人形の中に入ったゼシル。その髪の毛を引っ張って持ち上げる。そして覗き込む。


「夜鷹、おい! これテトの土産ではないか! しかし勝手に動いて喋る人形とは気持ち悪いなぁ……」

「貴様、離せぃ! 余を誰と心得る! 時代をまたにかける大魔女・ゼシルだぞぉ!」

「知るか! 奈々樹の身体を好き勝手触りやがって、燃やしてやろうか? こいつ! このぉ!」


 指ピンをゼシルに向けるのでゼシルは目を瞑って嫌がる。あの奈々樹と小狐の二人を瞬時に圧倒した魔女がこの様は少しばかりおかしくもあった。奈々樹は瓢箪を取り出すとその中に入っている麦茶を飲み。ゆっくりと落ち着く。


「夜鷹殿、とりあえず魔女を一人攻略。あとはもう一人の魔女じゃが……」

「アビゲイルだな。あやつ、異様に強い剣士のシュヴァリエを作っておる。そこの小娘じゃ逆立ちしても勝てんような、な?」

「何だと! このクソ人形、やっぱり燃やすか?」


 小狐とゼシルが喧嘩を始めそうなその時、夜鷹は奈々樹と小狐に尋ねる。

 それは真剣に織田信長の命でここにきた本当の理由。


「オリハルコンを採取する必要がありますからね。二人の内、身体が楽な方はどちらですか? ここにはゼシル先生もいるので、ラウラ君と修羅さんの援軍に」


 小狐が向かおうとしたところ、奈々樹が立ち上がる。そして伸びをして、屈伸。

 そして軽くとぶ。


「身体が鈍って仕方がない。たまには暴れさせろよ小狐よ。お前はここでおりはるこん掘りじゃて」


 ポンポンと小狐の頭を撫でる。それに、少しだけ気持ち良さそうな顔をしていた小狐だったが我に返る。


「奈々、貴様ぁ! おれをガキ扱いしよったな!」

「実際ガキだろうて」


 というゼシルの人形の頭を小狐はデコピンする。それに痛がるゼシルは夜鷹に抱きついた。


「くっそ! 人形を大事にせん奴はばちが当たると言われておらんのか?」

「知るかよ。おれは人形遊びよりも先に忍具で遊ぶことを知ったからな、だからもう一人の魔女も簡単に」


 ギュむっ!

 奈々樹が小狐を強く抱きしめた。それに意味がわからず小狐は全身の毛が逆立つような驚きと恥ずかしさが駆け巡る。


「なっ、何だよ奈々!」

「具合、少し悪かろう? そんな事がわからぬお前の姉上ではないぞ。まぁ、今回はワシに任せい」


 再びポンポンと奈々樹に頭を撫でられて小狐は小さくうなづいた。それに、ゼシルは聞こえる声で「シスコン」というので小狐はゴンとゲンコツ。そしてツルハシを持って岩盤みたいな地面を掘り始めた。


「グダグダ言ってないで、さっさとオリハルコンを見つけて帰るぞ。ゼシル。お前はテトの玩具になってせいぜい粉々にされる事だな」


 喧嘩をしながら、ゼシルの魔法と小狐のツルハシでオリハルコン採集がようやく始まる。その音を後ろに聞きながら奈々樹は走る。音は羅志亜の忍しかわからない笛の音を頼りに……奈々樹は風のように走る。万が一、修羅がやられる事なんてあり得ないと思っていたが、そのアリエナイ事をやらかすのもまた魔女。

 樹海が燃えている。それで奈々樹はあそこかとその場に駆けつけると、ラウラの姿を見つけた。


「ラウラ、大事ないかの? 少し火傷をしておるな。どれ、待っておれ」


 適当に見つけた雑草を絞り、それを火傷している患部に塗りたくる。忍は薬の事を良く知っている。それはある種魔女に通じるところがあった。


「奈々樹さん、修羅さんがアビゲイルと、アビゲイルが連れてきた武器を持つ女の子? と交戦中です……善戦してますけど、このままじゃ修羅さんが危ないです」


 奈々樹は周囲に意識を張り巡らせる。修羅がどこにいるのか? 笛を吹いてみる。すると奈々樹の前にしゅたっと降り立った。


「忍頭。遅かったわねぇ」

「すまんな修羅、一番面倒な事をさせて」

「まぁ、二人のお姉ちゃんだからね。でも忍頭。あの火縄はダメね。ずっと弾を撃てるの、それもあの子、スザクと名乗っている雑賀の忍。荒削りだけど良く動くし、いい目も持ってる。そしてあの銃のせいで唯一の隙もなしときたわ。どうする? 忍頭?」


 ひょうたんの麦茶を飲み、それを修羅に渡す。修羅は奈々樹が口をつけた瓢箪をじっと見つめた。


「修羅、お前が好いとるのは小狐じゃろうて?」

「あら? 私は忍頭も好きよ? 可愛いし、身体も綺麗だし」

「まっ、これが終わったら、風呂くらいは付き合ってやっても良いぞ?」


 ラウラは二人がのほほんとした世間話でもしているように思っていた。が、突然二人は走り出す。木々を抜けて、ずばんと奈々樹は永遠に打ち続ける火縄を持つスザクの前に飛び出す。


「らしあぁ!」


 奈々樹を火縄で撃とうしたスザクの背中に痛みが走る。背中に突き刺さるはクナイ。痛みに後ろを振り向くスザク。


「まぁ、間抜けな奴だな!」


 奈々樹に背中を見せる。奈々樹は手裏剣を両手で投げ、スザクの背中に傷を負わす。そして逃げる。


「忍頭、いい合わせね。術をずっと修行しているだけあって満点よ」


 スザクは周りを見渡して、銃を乱射する。されどそこには奈々樹も修羅もいない。後ろから忍具が飛んでくる。ゆっくりと傷が蓄積されるスザク。


「お、お前たち! 卑怯だゾォ! 出てきて勝負しろぉ!」


 スザクが叫ぶ方向には誰もいない。奈々樹と修羅はラウラの元に行き、作戦を練る。魔法には魔法。


「ラウラ、あの魔法の火縄なんとかできんか? あれさえ止まれば大した事はない。ワシと修羅であやつは落ちる」


 奈々樹がきた事で形勢逆転。息のあった武器攻撃。そもそも、忍とはこういう戦いをするのだというお手本のような二人の攻撃。


「奈々樹さん、修羅さん、すごいや! アビゲイルが持ってきた魔法の火縄をもう攻略しつつあるなんて」


 ラウラの驚きに片目を瞑る奈々樹。タバコ代わりに麦茶を飲んで、一言。


「修羅はワシと小狐の武器の師匠じゃからな。ガキの頃はようペタペタと変なところを触られたものだがな。話は逸れたが、ラウラ。お前の魔法で何か良いものはないか?」


 少し考える。ラウラはあの火縄の一撃の威力を見てから二人に語った。


「もし、あの一撃を一回だけ防げるとすればお二人は勝てますか?」


 火縄の一撃を防げる。それはラウラが考えている以上にこの戦国の世において戦局を変える程の大きな手だった。


「あの娘を二回は殺せるわねぇ」

「ワシなら四回は殺せるな」


 という事なのだ。それにラウラは驚く事はない。彼女らは魔女も魔法も恐れない。戦闘においてはラウラ達魔女を頭ひとつも二つも抜けている。


「衝撃と癒しの加護です! 地母神の守り!」


 ラウラは二人に自分の魔法をかける。不思議そうな顔をする修羅。これで火縄の一撃を受けても防げるというのは半信半疑。


「修羅、騙されたと思って前にでるぞ?」

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