第7話 ゆらゆらと災厄は頭上より我らを見つめ、戦を伝える笛を吹く

「魚を釣るの?」


 ラウラは糸のついていない釣竿を渡され、餌も何もなく、テトと小狐は並んで歩くので、体を癒すついでに二人の魚釣りについていく。

 綺麗な渓流。透き通った水は冷たくて美味しそうだった。


「テト、ミミズを探せ」

「うん」


 石でその辺を穿り返し、テトは虫やミミズを見つける。そんな中、一際大きな虫がテトを刺そうとした。


 ブス!


 その前に小狐が投げたクナイで毒虫。

 ムカデは絶命する。


「何でもかんでも触ると危ないぞ! おれと奈々樹も小さい頃蜂蜜を取ろうとしてな? スズメバチが蜂蜜を作らんと言う事を知らずに、あれだけデカければさぞかし多くの蜂蜜が食えるだろうと思ってエラい目にあった」


 腕を組んで昔を懐かしむココは着物をはだけさせて、胸にある小さな傷を見せた。


「ほれ、ここ。スズメバチに刺されてな」


 ラウラは目のやり場に困る。

 ココの形のいい胸。そして苺のような色をした乳頭が目に入る。


「こ、ココさん! 女の子がそんな!」

「あ? ……あぁ! この痴れ者め!」


 ボコんとラウラを殴るココ。それに、ラウラはやや納得がいかない。

 自分から見せてきてこれだ……閉口しそうになるが、もはや小狐は恥ずかしいと言うことを忘れて釣りの準備を始める。


「小狐さん、糸はどうするんで?」

「あ? そんなもんここにあんだろーが!」


 ココは自分の長い髪をプツンと何本か抜く。そしてそれを結う、それを三つ作ると、懐から取り出した獣の骨で作った釣り針をくくる。ラウラは小狐の手先の器用さに正直驚いた。


「ほいできた! これはテト、これはラウラ。そしておれのだ! 誰が一番釣れるか勝負だ」

「ここには負けない」

「なんだとぉ! まだ忍術も覚えておらんテトが言ってくれるな」


 ラウラは知識の上では釣りというものを知っているが、やった事はない。自分が一番下手なんだろうなと思っていた。


 そして結果。


「らうら、いっぱい釣れた!」

「うん! テトちゃんも5匹も釣れたね?」


 爆釣だった。ラウラは十匹、テトは五匹もイワナやヤマメを釣り上げたのに……小狐は小さな鯉一匹。


「ぐ、ぐぬぬぬぬぬ! 腹に入れば同じであろう 火を起こすぞ!」


 小狐が火打ち石を用いて火起こしをしようとしたが、ラウラは自分の番だと手をあげる。


「小狐さん、それは僕が起こしますよ! 来たれ、命を温める精霊。フィア!」


 ぽうぅと炎がラウラの手の中で出現する。


「おぉ!」」


 小狐とテトが集めてきた小枝や松毬に火が移り、そして大きな焚き火が出来上がる。小狐は感嘆し、それを見たテトはラウラの腕に抱きついた。


「キャう! ラウラ。すごーい! ラウラ、だぁーい好き! テト。ラウラのお嫁さんになるの」

「あ、あはは。光栄だな」


 小狐は竹に入れた米と麦と味噌を混ぜたかやく飯を火の横に置いて、魚も棒に突き刺すと塩を軽くまぶして火の前であぐらをかく。そしてラウラをじっと見つめてからこう聞いた。


「その魔法とやらは仙人の術ではないのか? そんな軽々と炎を出すとは、実に摩訶不思議で面白いな」


 一瞬、ラウラは困ったが、テトと小狐はラウラを恐るや、不気味そうにではなく、興味深そうに、むしろ尊敬の眼差しで見つめているのだ。それ故にラウラは二人に尋ねた。


「あの……こんな僕、気持ち悪いとか思いませんか?」

「なぜだ? すごいではないか! まぁおれの剣術に比べればまだまだだがな」

「うん! ラウラ凄い! かっこいい!」


 テトに至っては異国の美少年。ラウラに心を完全に奪われていた。ラウラは、この忍という人々がいる里は見た目すら違うハズの自分を優しく迎えてくれる。体の具合を心配してくれたり、美味しい食べ物をくれたり……


「僕は、この里が大好きです……みなさんとても優しい」


 小狐は焼き魚に牙みたいな歯を入れてサクサクと食べると片目を開けてラウラの話を聞く。


「まぁ辺境の田舎の里だからな。よそ者や流れ者なんてしょっちゅうだし大して珍しくないのだろう。おれもそうだからな」


 ラウラは驚いた。小狐はこの村で生まれ、この村で育ったのだとそう思っていたが……よくよく見れば小狐は他の人よりも手足が長く、顔つきも少し違う。同じ黒髪だから気にならなかったが……


おれはかつて大陸って場所から流れて来たと聞いたが、まぁ知った事ではない。おれはこの里で育った小狐で、侍で、奈々樹の終生。宿敵である!」

「そ、そうなんですね。それにしても小狐さんと奈々樹さんのあの、ずば抜けた身体能力は生まれ持ったものなんですか?」


 木に登り、動物のようにぴょんぴょんと飛び跳ねる。あれは真似をしようとしてもできない。ラウラは新手の魔法かと思ったくらいだった。


「あれか? あんなものはこの里では誰でもできる。テトはまだできんけどな」

「ここ! テトだってできるもん!」

「はっはっは! まぁ、そんなことよりかやく飯が炊けた頃だ。うんまいゾォ!」


 かんかんと脇差で竹を破るとホクホクのかやく飯をテトとラウラに振る舞う小狐。釣りは下手だが、小狐は手先は器用で、料理も上手。普通にいいお嫁さんになるだろうなとラウラは思う。実に美味しいかやく飯だと思った時……小狐が突然、テトとラウラを突き飛ばした。


「いたっ!」

「きゃあ!」

「危ない! 何やつだ?」


 一体何が起きたのか、3人が座って飯を食べていたその場所に炎の魔法が落とされる。魔法の反応をラウラが気づく前に小狐は反応し、そして置き土産と言わんばかりに魚を刺していた棒を魔法を放ってきた相手に投げつけた。


「アラァ? 魔法の気配を感じたら、やっぱり落ちこぼれのラウラ坊やじゃない……殺したハズなんだけど……なんで生きてるの?」


 ラウラは上空で箒にのる女性を見て瞳孔が開く。それは恐れているように、震えているように、そんなラウラを見て小狐はラウラを守るように立つ。


「こいつは敵か?」

「あれは……僕が追っている五人の魔女の一人、フェリシア姉さんです。フェリシア姉さんの得意とする魔法は炎。僕がさっき使った物とは比べものになりません。まずは逃げましょう」


 小狐はテトを担ぐと、ラウラの手を引いて走る。フェリシアは何もしてこないので、小狐は身を隠しながらジィっとフェリシアを眺める。とても高い場所に浮いている。それも腰掛けているのは箒。


「人が何もないあんな場所に飛べるとは……げに魔法とやらはおっそろしいもんだな。おれの刀が届かん……あるいはあの種子島なら落とせるやも知れんが、この里にはないしな」


 箒星のような炎の球体を上空から放り投げてくるフェリシア。声を潜めて震えるテトを抱きしめるラウラ。そして小狐はどうにかこの場を切り抜ける方法がないかと考えていると小狐の横を何かが駆け抜けていく。それが自分のよく知る忍である事を理解すると小狐は舌打ちする。そしてフェリシアから見つかる場所にわざわざ飛び出した。


「そんなところにおらんと何もできぬか? この間抜けめ!」

「あら、原始人はよく吠えるわねぇ。そこにいるんでしょ? ラウラも」


 観念したラウラがテトを後ろに守りながら出てくる。その姿を見てフェリシアは笑った。


 

 フェリシアは思い出す。昔、自分が手を引いて姉貴面をしていた事。自分は次期魔女王になると皆から言われていた。そしてフェリシア自身そうなんだろうと思っていた。

 そう、光の創造主と名付けられたリヒトが生まれるまでは……


“天才だ! フェリシアが十で覚えた魔法理論をたった三歳で使いこなしている“


 そう、リヒトは天才という言葉では片づけられない程規格外の才能を持っていた。どれだけフェリシアが努力してもその差は現状維持どころか広がっていく。十二歳にしてフェリシアは頑張るという事、努力という事の無意味さを知る。かと言ってリヒトをどうにかしようとも思わなかった。それこそ無駄だから……そしてそのリヒトと二つ違いの少年。見るからに普通の血統。魔女としてはまず大成できないとフェリシアでも分かるそんな平凡な少年はリヒトのお気に入りだった。いつしかフェリシアもその少年を弟のように可愛がる。


 ある日、フェリシアの母、魔女として名の知れたその人は自殺する。フェリシアがリヒトに敵わなかった事は自分に責任があると……フェリシアは気にもしていなかったが、自分が不完全な魔女であると実の母にそうレッテルを貼られた。


 それを言い返そうにももうフェリシアの母はいない。フェリシアは呪った。世界を呪った。自分を自分の家族をめちゃくちゃにしたリヒトを呪った。無力すぎる自分を呪った。あらゆるものが腐っていけばいいと呪った。そしてフェリシアは考える事をやめた。


 自分はリヒトには敵わないが、リヒト以外は大抵自分には敵わない。それでいい。この力があれば人生は面白おかしく生きていける。されど、心の何処かでフェリシアはリヒトを超えたい。倒したいという気持ちがあったのだろう。


 本来、炎の属性を持つフェリシアだったが、リヒトに対抗すべく闇の魔法を研究していた。そしてそれを武器状に展開する事までできるようになった。


 その最初の実験に使ったのは異世界についていきたラウラ。されど、ラウラは死なずに目の前にいる。それにフェリシアは酷く不快に感じた。


「獄炎よ。消えることなき悪しき炎よ。大地を焼き、躍り狂え! デビルズ・バーナー!」


 炎の槍とでも表現したらいいのだろうか? そんな物をフェリシアは掴む。手は焼きただれ、それを持っているフェリシアの体がもたないとそうラウラは思う。そんな火の槍をフェリシアは銛でも投げるようにラウラ達に向けて投げつけた。小狐はその炎の槍を自らの腰に刺す刀で斬った。


 が、炎は斬れない。小狐に燃え移った炎を消すように小狐は地面を転がる。そして炎を消すと上空から余裕と見下した表情を向けるフェリシアに向けて刀を構えて対峙する。


 小狐は冷や汗をかく。そして口を動かした。

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