第6話 その者達異界より現れ出では、天女なれ魔女なれ石山を救い巣食わん。

 石山本願寺、当時は大坂城と呼ばれたそこに仕えていた僧侶達は恐ろしい者を見る目で突如現れた四人の少女たちを見つめていた。空を飛び、炎に風、雷を操り……そして、死人を動かせる。

 それは悪魔のような……だが、それを見た顕如けんにょは頷き、こう言った。


「神の御業ですな。、織田の、あの悪しき者に天罰をお与えに来られたとみてよろしいか?」


 天女、そう聞けば、皆一様に美しい。それもこの少女たちを率いてきたリヒトなる少女は大日如来のように神々しい。天女と顕如けんにょが言えば、彼女等は天女に見えてくる僧侶達。

 が、その統率者であるリヒトは微笑み、そして頭を垂れるとこう語った。


「天女とは、天の御使いの事か、残念ながら妾達はそこまでは尊くはない、何故なら妾達は古来より魔女と呼ばれている」


 魔女。


 名前の響きから既に縁起が悪い。一度、リヒト達に心を動かされた僧侶達は再び、不安な表情が見える。が顕如けんにょだけは違った。


「本当に魔なる者が、自らを首を絞めるような事を申す道理がありましょうか? いえ、ありえない。おそらくは魔女という言葉の意味にはいくつかの隠語があるのでしょう。そう、例えば賢人である事を恐れられ、未知なる神通力、貴女達の言うマホウ、それらを見た無知なる者、恐れた者が貴女達のような人々を、魔女。そう呼んだとか」


 顕如けんにょもまた本願寺において、最高位にあぐらをただかいているだけではなかった。賢智を広げ、交渉術にもたけている。それゆえ、農夫に武器を持たせ、毛利方、上杉方、そして鉄砲集団雑賀衆も味方につけた。


 また予想と限りなくそれっぽい事を付けたし魔女と話し、表情から読み取る顕如けんにょ。リヒトのみ顕如けんにょも何も読み取れはしなかったが、リヒトは微笑む。


顕如けんにょ様こそ、神の御使い。妾達魔女は、妾達を受け入れてくれた義によりあの織田の方からこの大坂の城を守ってみせましょうぞ」

「それはありがたい。ですが、貴女達に私たちがしてあげれる事、与えあげれる物は限りなく少ない」

「この戦が終われば、小さな家を置き、この皆と暮らせる小さな島をいただきます」


 顕如けんにょも、この日本という大きく広大な世界が巨大な島だとは知らなかった。リヒト達は上空からこの縦に長い日ノ本を見て、世界を支配する拠点国家とする事を決めた。


「リヒト殿達には島の一つや二つであればなんとか致しましょう」


 それで、あの織田信長が討てるのであればそれは大きい。顕如けんにょもまた別の視点から信長と同じく未来を見据えていた。国を宗教が、仏門が支配する事による強制的世界平和。


 全民が同じ考えの元に行動し模範的にふるまう事で、戦はなくなり、飢えや貧困は皆平等である証、死に極楽へ行く為の修行であると教え込む事で、人々は平気で死を受け入れ、そして反乱もなくなる。


 顕如けんにょは、世界に数多、別々の考えで同じ事をしようとしている国々宗教がある事までは考えに入れていなかった。顕如けんにょの願いが成就した時、世界中で宗教戦争が起きうる。


 まさにこの世に地獄を生み出す事になるとも知らず。方や、リヒト達は教会が、宗教が力を振りかざす事の危険性を知っていた。

 概ねおおむね顕如けんにょが言うとおり、忌した力を持つリヒト達の事を魔女と呼んだのもその協会の連中だったのだから……。


 顕如けんにょは魔女等に広い部屋を用意、そして魔女達よりも早く顕如けんにょ達の戦に参加した雑賀衆と魔女達を合わせた。


 それは魔女達にこの世界最強の武器、火縄銃を見せる為に、そしてそれを扱う雑賀衆達には魔法という力を使う魔女への抑止力となるのか顕如けんにょは当然の如く、魔女への警戒は怠らないが、魔女が皆女子であるという事。この一点に一つの考えが浮かんでいた。


 四人の魔女達の元に大きな筒のような者を持った男たちが数名。そしてその中でも凛々しく、すぐに頭領だと思われる者が片膝をついた。魔女達の長、リヒトはこの国の礼儀についても調べていた。


 そして女子の扱いや身分が極めて低いという事。されど、顕如けんにょもこの頭領の男も自分達に最高の礼をもって応じてくれる。

 であれば、リヒトは口にする。


おもてをあげてほしい。雑賀の頭領、妾はリヒト・ガーベラ。光の創造主という意味だ。この通り」


 リヒトは自らの魔法をもって光を呼び出す。炎よりも優しく、温かく、神々しい。それを見て雑賀の頭領はつぶやき、静かに自己紹介をする。


「おぉ、なんと美しい。俺は孫市。雑賀孫市と申す。そなたら美しき天女。いや魔女だったか? 共に戦える事を誇りに思う」


 リヒトと孫市はお互い見つめあい。何かを分かり合う。そう、二人は一瞬の内に運命の人と出会った事を知る。そしてそれは同時に顕如けんにょの思惑通りでもあったのだ。


 魔女と名を冠するだけあり、リヒト達の世界では女の身分はそれ相応に高いと睨んだ顕如けんにょ、であればおそらくはリヒト達の世界には稀、乱世の世であれば当然の武士の男子と引き合わせる事。


 乙女であるリヒトは、そして乱世の世には中々いない砂糖菓子のような少女に孫市もまた惹かれる。恋という強烈な魔力と毒で魔法を制御し、共依存の関係で本願寺を顕如けんにょを守らせる。


「孫市、そのタネガシマと呼ばれる武器、直に見てみたい」

「では、外の的に」

「いいや、妾が直接受けてみたいのだ。人を射抜く鉄の球」


 まさかの申し出、人を殺すその武器を受けてみたいと言う。それはあまりにも危険、そして雑賀衆からしてもあまりにも舐められたそれに顕如けんにょは語る。


「私たちは仲間内で血を見るような事があってはなりません。ですが、魔女殿達は雑賀の力を疑い、雑賀の皆様も魔女殿の力を疑っておられる。これは困った」


 雑賀孫市は聡明な男だった。タネガシマの構造を伝え、リヒトにいかに危ない物であるかを説明すると、リヒトは頬を染める。


「もし、それで死ぬ事があれば妾の不注意。そしてそなたらの注意をきかぬ愚か者の死体として晒してくれて構わない」


 それは肌寒い風の荒ぶ夕刻、雑賀衆頭領と、魔女達の長、リヒトが向かい合い、お互いの力を見せる御前試合のような形で行われた。どうしてもという孫市の申し出で、リヒトは胸に鉄鋼分厚い鎧を着る。そこであれば通らないような質の悪い弾を用意させた。

 魔女達は面白そうにその様子を見る。

 そして銀色の長い髪をした魔女・ゼシルがつぶやく。


「あの孫市とかいう男、強いな。が、リヒトにあのようなおもちゃが通じるハズはない」

「愛だね」


 とアビゲイルが……「おなかすいた」とグリムガーデンが会話にならない言葉を続けて、二人の立ち合いははじまった。

 孫市の隣に少女とも言えるような綺麗な少年、雑賀スザク。彼は銃持ちとして孫市の隣に立つ。


「一丁でいい。リヒト殿にはおそらくこの火縄は通らん、が腕は見せねばな。共に戦う同士として」


 ゆらゆらと火縄銃を揺らし、リヒトに狙いを定める孫市。その表情が夢想。リヒトは驚く、至高の魔法力を持つ自分をして、もしかするとこの男には射抜かれるかもしれないというそんな予感……が横やりが入った。


顕如けんにょ様をたぶらかす、悪女めぇ、覚悟ぉ!」


 同じく火縄銃を持った者が突然乱入、それに他の魔女は動かない。リヒトは手を火縄銃を持った男に向け、魔法で対処しようとするが、それよりもはるかに早く。


 ズキュン!


 他、魔女達はまさか、リヒトがとそんな錯覚すらした時、リヒトと襲おうとした男の頭に小さな穴があき絶命する。魔法よりも速く孫市は乱心者を射殺してみせた。針に糸を通すような正確さで、瞬きも与えない程の速度。魔法を使わずして魔法を使ったかのような神業にリヒトは言った。


「妾の負けでいい、見事だ孫市殿」

「孫市で構わん」

「では妾もリヒトと」


 これは顕如けんにょによって巧妙に仕組まれたものだった。それをリヒトも孫市も知らない。二人はたびたび逢引し、さらにその愛は燃え上がる。そして信長軍への魔女の助力がゆっくりとはじまった。


 戦や飢餓で死んだ人々を前に、青と赤の髪の色をした少女、アビゲイル・アネモネは死体に何かの文字を刻んでいく。死者、死体をもてあそぶその様に人々は震え上がったが、アビゲイルは唱える。


「唯のファミリア。リッチー。魂なき者たちに愛の接吻を」


 起き上がる死体。死者達、それに武器を持たせ、朽ち果てるまで戦う不死身の兵隊をアビゲイルは作る。それは倒した織田軍の兵も取り込み、決戦の時に備える。


 アビゲイルが用意した黒い棺、そこには極上の遺骸が入っている。それを復活させる為にアビゲイルは若い生きた男女を集めるように顕如けんにょに伝えていた。骨だけになった遺骸に受肉をさせる為に生きた人間を使うという悪魔の所業、顕如けんにょは若い男女に極楽浄土へと行けると、アビゲイルは天女なんだからとそう諭した。


「生きる事は修行、死んで素晴らしい世界へと行く為の……その考えはとても......愛だ!」


 また、グリムガーデン・タンジーは毛利方の村上水軍に引き合い、彼らに絶対に負けぬ不沈船。魔法戦艦をさずけ、自らもそれに乗船。一撃で千本近い雷の矢じりを放つその船で、近隣の海賊相手に一方的な殺戮を繰り返しす。僧侶達は彼女等は魔女と呼ぶにふさわし惨忍な行為の数々に逃げ出そうとする者。


「どこに行こうと言うのか? 本来であれば、民草に剣も持たせ代理戦争を行わせる門弟たちはそれ相応の責任が必要ではないか? それを放棄するなどその命散らしても誰も恨まぬわな?」


 リヒトの命にて、ゼシル・アルバトロスは恐怖にて逃亡を許さない。当然処刑した者はアビゲイルの元にもっていき生ける屍として再利用する。まさに悪魔の如き準備を始めていた。


 たった一人、こんな事に興味を持たない魔女、フェリシア・アーティファクト。彼女は異世界にやってきてから、リヒト達と別行動をしていた……が、彼女とて善人というわけではない、自分の生まれ故郷でクーデターを起こし、魔法のない世界で自由気ままに奪い、食らう生活。誰にも邪魔されず好き放題できるという怠惰なる生活を望んだ。


 それに関しリヒトも容認し、フェリシアは略奪ときままなリタイア生活を楽しむハズだった。そんな時、かすかな魔法の反応を感じる。魔法の存在しないハズの世界で、一緒に来た連中にしては微弱すぎる魔法。


「アビゲイル……はリヒト達と一緒にいるから、この魔法の感じ、私が殺し損ねたのね。ラウラ坊や」

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