第5話 山間より、雨あるいは癒し、幸、家族。そして熟れた女

 ラウラはようやくまともに動けるようになり、立ち上がり歩く練習。そして、どこのだれかも知らない自分を救ってくれた人々にお礼をしたいと何か仕事をさせてほしいと自ら申し出た。しかし、病み上がりのラウラに出来る仕事なんて実際はない、里の皆も眠って食事を食べる事が今のラウラの仕事だと、小狐ですら言っていたのだが、そんなラウラに仕事を与えたのは集落の長である奈々樹。


「テトと小狐と三人で山にどんぐりやしいのみを拾いにいっとくれんか?」

「は? なんでおれも」


 と言う小狐に奈々樹は楽しそうに笑うと、小狐の額に自分の額をトンと当ててから静かに言う。


「まだ小さいテトと万全ではないラウラじゃ、神隠しにでも会ったら大変だからなぁ、お前がどうしても行きたくないと言うのであれば仕方がないが、野生動物はある種武士だ……あれは中々強いから、小狐は怖気づいてしまうかの?」

「ぐ、ぐぬぬぬぬぬ! 黙ってきいておれば、クマも神だろうと人さらいも野武士崩れも皆おれが切り倒してくれるわっ! ゆくぞ、テトにラウラ!」


 カンカンに怒って小狐はなまくらの刀を腰に差して、二人を連れて山に入っていく。山は少し進むと昼間でも暗い。が、小狐は片目を瞑ってずんずんと進んでいく。小狐とラウラがテトの手をつないでいるので、三人がはぐれる事はない。が、既にラウラは今自分がどこにいるかわからない。


「小狐さん、僕たち迷ってませんか?」

「あぁ、多分迷ってるな」


 普通に迷ったと返す小狐、ラウラは青くなるが、小狐とテトはなんら焦る様子も驚く様子もない。何故なら……ぴょんぴょんと小狐がありえない身のこなしで木に登っていく。

 森を高いところに上がり集落の場所を確認する。信じられない方法で迷っている現状を打破する。


「すごい」

「あー、まぁおれ達は物心ついた時から木登りさせられておったからな、路に迷ったらとりあえず高いところから見るが定着してるな。おっ、このあたり結構どんぐり落ちてるな拾え! 拾えぇ!」


 どんぐりにしいのみが沢山落ちている。それをテトは拾ってはラウラに見せる。「これはおいしいの」「へぇ、そうなんだ」

 と楽しそうにどんぐり拾いをしている三人。

 そんな中でふと上を見上げると小狐は面白い物を見つけた。


「ザクロだ」


 ぴょんぴょんと木に登って甘酸っぱい種の詰まった果実を三つとると小狐はそれを抱えたまま降りてくる。

 そして二人に声をかけた。


「よく集めたな、少し休憩にしてこれ食おうぜ!」

「あー! ざくろだぁ!」

「ざくろ?」


 甘い物は大人も子供も大好き。

 珍しい果実を見てラウラがどうやって食べるのか小狐とテトを見ていると小狐がザクロの種を含むと……


「ブッ!」


 種を吐く。同じく、テトもプっと種を吐き出す。一体何をしているのかラウラはわからなかったが、よく見ると種のまわりに少し実がついている。それを吸っては種を吐いている。

 ラウラも口に含んでみる。


「あっ……」


 甘酸っぱくておいしい。小狐とテトがしてやったりな顔をするので、ラウラもなんだかうれしくなった。でもやや非効率な食べ物だなと思ったラウラは魔法を使う。


「分離系の魔法を使えば、我が望む物だけ残れ!」


 ラウラは自分の持っているザクロの種についている実を全部取り出すとひとまとめにする。サクランボの実の半分以下のその塊を浮かせるとラウラはテトに言う。


「テトちゃん、あーんして」

「ん? あーん」


 ザクロの果実の部分だけを全部口の中に入れてあげる。

 それにテトは喜んで足をばたつかせた。それを見ていた小狐は涎を垂らす。


「おい! ラウラ、おれにも! おれにも頼む!」

「ふふっ、分かりました!」


 小狐も口を開けて目をつぶってまっていると、ふよふよと浮いたザクロの実の塊。それをテトはぱくりと食べた。小狐は聴覚だけで「あまーい」というテトの声を聴いて片目を開ける。自分の食べる実をテトが食べてしまった。これは怒るんじゃないかと慌ててラウラはきょろきょろと新しい実をと思ったが、小狐はしゃがんでテトの頭を優しくなでると


「美味いかテト?」

「うん! おいしー! 小狐もあーん」


 怒らないでテトを可愛がる。年齢はラウラとあまり変わらない。すごく幼く見てて、凄い大人だった。どんぐりも随分あつまり、それをもって下山をと。


「ラウラ、おんぶ」

「あはは、じゃあ」


 ラウラがしゃがむと小狐がひょいとテトを肩車した。

 それにテトがラウラのおんぶを欲する顔をした時に言う。


「ラウラは昨日まで怪我で痛かったんだ。だから勘弁してやれ、かわりにおれが肩車だ。そーれ、それぃ」


 ぶんぶんとふりまわしてテトはきゃっきゃと喜ぶ。どんぐりを拾い遊び疲れたテトは小狐の背中で静かな寝息を立てる。


「小狐さんって、村の子供たちに懐かれてますよね?」

「そーか、まぁ狭い村だからな。全員家族兄弟姉妹みたいなものだ。おれも可愛がってもらったし、それが普通だろうな?」


 そうなのかもしれないが、他の子どもたちの小狐への集まり方は凄い。テトがいつも奈々樹と小狐と一緒にいるが、他の子どもたちも二人を見つけると飛んでくる。特に男の子は皆小狐の手を我先にと握ろうと。


「子供って本能で優しいかどうかわかるっていいますからね。小狐さんがとびっきり優しいという事をわかっているんじゃないですか?」

「にゃっ……」


 なんだとラウラは小狐を見ると、めちゃくちゃ照れていた。小狐は態度は大きいが、実際村では皆の手伝いをして誰からも好かれている。ラウラもくすくすと笑ってしまった。こんな可憐な女の子が凄い強いという事。


「笑うなぁ!」

「あはは、はいすみません」

「だから、笑うなと……すまん。ラウラ、テトを頼めるか?」


 そう言って背負っていたテトをラウラに預けると小狐は抜刀した。すぐにラウラは何が起きたか分かった。獣臭、そしてウゥウウウとうなり声。小狐は静かに「おれの後ろにぴったりくっついておけ」と言うので、ラウラは言われた通りにする。のしのしと、巨体のクマが二頭。小狐達を狙ってやってきた。

 あるいは狙いはどんぐりだったか……本来であれば、どんぐりをおいてゆっくり後ずさるのが吉だが……


「斬られたくなければ去ぇ!」


 小狐は叫んだ。それにビクっと驚いた胸に月の模様を持つクマは、後ずさるも大きな口を開けて怒号した。

 グォオオオオ! と、そんな熊に対して、小狐は刀を振るう。ガンと、熊は斬られる事はなかったが、小狐の持つ刀で峰打ちされあまりの痛みに尻尾を巻いて逃げる。そんな様子に小狐は大笑いした。


「あっはっは! おとといきやがれぇ! む……」


 もう一頭は逃げない。本来臆病であるハズの熊が小狐に対峙して様子をうかがっている。

 小狐とにらみ合う。


「はぁ……ラウラ。少し拾ったどんぐりを鷲づかみおれによこせ」

「えっと……はい!」


 せっせと拾ったどんぐりを受け取ると小狐は少しばかりもったいないなと思うが、それを放り投げる。


おれに驚かず引かぬという事はまぁ、そういう事だろう? 多分小熊かなんかがおるんだ。おれから奪おうというのが度しがたいが、このままだとおれはこやつを殺してしまわねばならなかった。こやつもそれが分かって居るだろう。これ以上は欲する事はない」


 小狐が言う通り、熊はゆっくりと背をみせてのしのしと山の奥へと戻っていく。安堵したところでぽつぽつと三人の頭上から雨がふる。山の天気は変わりやすい事を失念していた小狐はラウラの手を引いて一端雨宿りできる場所を探す。そこで小狐とラウラは妙な匂いをかぐ。ラウラは怪訝な表情。

 小狐はしめたと一言言うと木に登る。そして降りてくると再びラウラを連れて湯気が立つ水たまり。即ち温泉へとやってきた。


「どうせ雨だし、身体が冷えるくらいなら、浸かって雨が止むのをまとうか?」

「えっ?」


 小狐はテトをラウラの手から受け取ると服を脱がせる。そして小狐も服を脱ぐと温泉に浸かる。


「ふぉおお! 気持ちいいな。ほら、ラウラも!湯治は身体と心によいぞ! 病み上がりなんだから身体を冷やすより浸かっておけ」


 小狐にそこまで言われるので、ラウラは服を脱いで、見えないように土色のお湯の中に浸かる。そしてそれが小狐の言う通りとても気持ちよく。魔法力まで少しずつ回復していくのを感じていた。


「ああぁ、気持ちいいです……」

「へへっ! だろぉ?」


 ざばぁと湯から上半身を出して楽しそうにラウラに話しかける小狐。小狐の形よく、桃色の胸をラウラは見て顔を赤くする。この世界の女の子は平気で異性の前で裸になり、裸を見せるのか……


「おい、ラウラ。どうした?」

「小狐さ、前。前かくしてください」

「は? は……はぁ! てめぇラウラ!」


 ざぶんと小狐は湯の中に潜る。そしてぶくぶくと、息を吐き、おぼれないように小狐が自分の横の浅いところに座らせていたテトは寝ぼけて小狐の乳房を咥えた。


「おかーしゃんのおっぱい」


 ちぅと吸うテト。それに小狐は少しだけテトを愛おしく見つめたが、その光景を見つめているラウラに温泉の湯をばしゃんとかける。


「み、見るんぢゃねぇよ! おれは侍だぞっ! 女は捨てたんだ!」

「ご、ごめんなさい」


 本来、何か腑に落ちないものを感じていたラウラだったが、小狐が恥じらい恥ずかしがるのでただ謝るしかなかった。


「ごめんなさい」

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