第4話 花は匂えどいつかは散りぬるを、戦の死神、戦の鬼神。猛々しい力もいつしか衰え消えていくものとみたり

 小狐は雑賀孫市という男の強さにおののいた。種子島なる武器がどういうものか小狐は既に理解し、それの攻略すら出来上がっていると思っていたが、孫市は小狐に間合いに入らせない。

 火縄銃を槍持のような者に何挺も持たせて次々に発砲してくる。

 さらには他の火縄銃を持つ者達からの発砲にも意識を張り巡らさなければならない。


「これは流石にぬかった……おれの力だけでは……いや、これが宿命というのならば甘んじて受けよう。おれは義輝様の刀になりたかった。おれはこの剛の者を討ち取る為に、侍としての誇りを捨てる」


 小狐は駆ける。そして種子島を放ってくる者の中で明らかに弱者から順に手裏剣、クナイ等の飛獲物ひえものを使い数を減らす。そして一瞬の隙を見せた小狐を狙う孫市の弾丸。


「ちぇええええ!」


 ガキンと耳をつく音が響く。手応え的には小狐の刀が欠けた。だからどうというのか? 小狐はこのまま数を減らし、孫市と一騎討ちの形を作れば倒せなくはないとそう思った。


 が……


「あっ……」


 孫市は小狐のようにクナイを投げつけたのだ。小狐は知らなかった。

 彼ら雑賀衆もまた忍の色をもつ集団である事。一斉に火縄の視線を浴びる小狐。得意の脚力が効かない。

 ここで自分は死ぬのだろう……


「選べ鬼人の娘よ。慰み者として生を繋ぐか? 羅志亜の忍として誇りある死を選ぶか」

「無論後者だ。はよう殺せぃ!」

「心意気や見事」


 もはやこれまで、手持ちの忍具もない、頼りの刀は欠け、そして種子島の射程には届かない。ようやく、この地獄から解放される。義輝にやっと会える。


「義輝様、今御元に」


 目を瞑った小狐。不思議な事に最期の時はやって来なかった。代わりに聞こえてきたのは”ぎゃああああ!”という悲鳴に、銃声。されど自分にその弾は飛んでこない。

 何があったかと目を開けるとそこには……鬼人、いや鬼神達が暴れていた。柱のような槍を振り回す大男、ありえない量の忍具を使い戦場を蹂躙する狐面をつけた妖艶な身体の女、そして腰に瓢箪。横に髪を括った小狐のよく知る美少女。否、姉。


修羅姐しゅらねぇ甲丸かぶとまる……奈々」


 そして小狐を入れ、羅志亜忍軍四天王らしあにんぐんしてんのう。種子島をもつ雑賀衆を物ともせずに戦場を駆ける。


「撤退。撃つな。本物の鬼人、いや羅刹がきたようだ」


 ひょうたんに入った麦茶をゴクリと飲み、羅志亜忍軍、忍頭。御大おーだいである奈々樹がツカツカと孫市の前に立つ。


「いい判断じゃ頭領、あの馬鹿を連れて帰りたい。許してくれるか?」


 そう言って奈々樹は頭を下げる。仲間を大勢殺された雑賀衆はそれには納得できない。「頭領、戦いましょう」と「種子島なら倒せる」とそうやじが飛ぶので、孫市は尋ねる。


「こちらも被害は甚大だ。俺たちに何をくれる? その……お嬢さん?」

「羅志亜忍軍・御大、七代目奈々樹丸。雑賀の皆の命の保証をしよう」


 この状態で脅し。

 小狐を連れて帰る。邪魔をするなら皆殺しにするとそう言ったのだ。それに孫市は嬉しそうに聞き返した。


「この俺を殺せるつもりか?」

「否、お前様は殺せんかもしれん。だがワシらがその気になればお前様以外は皆殺しにして見せようか?」


 二人は見つめ合う。そして同時に動いた。ほぼ同じ動作。奈々樹の持つ小太刀を種子島で受けそしてゆっくり離れる。


「はっはっは! これが羅志亜か、誠に鬼人だ。このような者と戦など分が悪すぎるわ。引くぞ、皆の物」

「お前様、かたじけない。いずれこの恩は戦場で」

「あぁ、殺し合おう。それまでその命、損なうなよ? 俺の名は雑賀孫市。覚えておけ」

「忘れんよ……ワシの可愛い妹を可愛がってくれた男の名じゃからな」


 雑賀衆が去っていく、大きな被害を受けた小狐が雇われていた侍達はこの戦。負け戦と見て撤退。小狐は修羅姐と呼んでいるくノ一に傷の手当てをされる。小狐と漢字で書いてある狐の面を取ると想像通りの小狐がよく知る美女がいた。


「もう、小狐ちゃん、お姉ちゃん心配したじゃない! あぁ、可愛い私の小狐ちゃん、もう離さない。小狐ちゃんの玉の肌にこんな鉄の弾を……頭領が止めなければお姉ちゃん全員殺してたわ」

「修羅姐、かたじけない……甲丸の兄者も」


 巨大な槍を持つ男の忍、甲丸。寡黙ながらも、静かにこう囁くように小狐に言う。


「小狐、もう里に戻ってこい。もう十分だ。義輝様は十分、報われた」


 小狐が義輝亡き後に里を抜け、戦さ場にて刀をふるった。羅志亜の力を存分に、本来世に出してはならない力で……それを聞いて小狐は修羅に抱きつかれながら叫んだ。


「義輝様が、浮かばれるわけなかろう! 甲丸の兄者とてそんな戯言は許さんぞ!……兄者……?」


 小狐は絶句した。ここにいる忍は間違いなく3人とも自分よりも強い忍である。

 言葉通り、越えられぬ壁。その甲丸が泣いているのだ。涙など見た事がない最強の忍の一人がである。


「小狐、もうやめてくれ……義輝様、上様が死んでお前だけが辛いわけがないだろう? 我ら羅志亜の忍、存在理由を奪われたのだ……上様の寵愛を受けていたお前が損なえば、一番悲しむのは上様と何故わからん?」


 小狐は自分を抱きしめながらも震えている姉者として懐いていた修羅もまたどんな思いでいたのか……初めて知った。小狐は自分だけが義輝の為に生きてきたと、違った。皆、心を殺し我慢していたのだ。黙る小狐、そんな小狐の頭にポンと手を乗せると奈々樹は語る。


「まぁ、ワシは死んだ上様より、今生きておる小狐の方が大事じゃがな。その傷、後には引かぬ。身のこなしは小狐が最もよくできておるからな」


 奈々樹がそう言ってキセルを蒸して目を瞑る。小狐はこれだけの人間を動かし、尚我を通す程の愚か者でもなかった。

 再び戻ってきた羅志亜の里。そこは稲穂が育ち、忍の修行をしている者。農耕や山に幸狩をしている者。自分が里抜けをした時とあまり変わらない。寂れてはいないが何もない里、食べるには困らず住まう者は皆家族兄弟のような場所。


「あー! 小狐だ!」


 随分成長したように思える里の子供達の相手をしながら小狐は自らの剣の修行を再び始める。世界は強い奴が多すぎる。足利義輝の懐刀にはまだ自分は遠く及ばない。

 この里だけでも少なくとも自分以上の化物が3人いる。


「雑賀衆か……あいつら、戦のあり方を根底から変えるやもしれんな」


 そう言って里のおばあからもらったひえ餅を齧って、小狐は木の葉舞う大樹の下でなまくらの刀を振るう。細切れになる木の葉を見て、自分の思い描く程の速度ではない事に小狐は刀を鞘に戻して、地べたに座る。


「うむぅ、おれはここが剣の終着か? おれの剣は誠のつわものには届かぬか?」


 頭には再び戦さ場に出る事がよぎるが、それは許されないと現在の忍頭である奈々樹に厳しく言われたばかりだった。

 弱い小狐が戦場で死に、羅志亜の者だと知られれば里の恥、そして良からぬ事を企む者がこの里を襲うかもしれない。


「……よく考えれば奈々樹の言う事に従うおれではないわ。強くなるには、戦さ場で人を斬らねばならない」


 思い立ったが、小狐は里を出ようとする。


「待て」


 そこに鬼の面をつけた。恐らくは奈々樹の姿。それに小狐は瞳孔を開くとあらゆる方向から奈々樹が攻めてくる事を読む。


おれはもう、奈々樹。お前の陽炎せなかは追わん! そしておれの方が強い事を教えてくれるわ!」


 小狐の前に突然現れる者を斬る。


 残像。


 それを読んでいた小狐は背後の殺気を斬る。そして左、上、あらゆる角度から放たれるそれらを斬り。最後は前から突っ込んでくるそれに。


 ガキィイイイイ!


「どうせこんな事だろうと思ったわ奈々樹!」

「ほう、ワシの討ちを見切るか? 小狐。強ぉなった。だが、お前は忍の術を研鑽けんさんはしておらん。ワシ等はくる日も来る日もいつこの力が必要とされるか分からぬので、忍の技を鍛え続けた」


 奈々樹の話を聞くと、小狐は全く修行も何もしていないかのような口ぶりだった。

 それに小狐は睨みつけていう。


おれだって腕を磨いてきた」

「弱い人間を斬る事でか?」

「違う! おれは武者を、つわものを……」


 果たして斬ってきた人間は強者だったのだろうか? 小狐は躊躇した。あの孫市や、奈々樹のようなそんな剛の者はいなかった。自分はもしかすると羅志亜の力を持ち、人よりも優れたその力でただ殺しを……楽しんでいた変人なのか……


「小狐、お前は腕は強くなったが、心が弱ぅなった。そんなお前には目を瞑っていてもワシは殺れん。この里から出たくばワシの屍を超えてゆけ」


 小狐はぽーんと後ろに跳ねるように飛ぶと、今まで持っていた刀を逆手にもつ。

 そして懐から小太刀を抜いた。


「奈々樹、いくぜ?」

「こい、小狐。稽古をつけてやる」


 小狐は侍という自分のたがを外す。わずかに奈々樹よりも早く駆け回り、そして討って出る。


「覚悟ぉ!」


 小狐の高速連撃を奈々樹は体幹だけで避けるとまだ完全に治りきっていない小狐の足を狙って蹴る。


「ッ……」


 涙が出そうになるのを我慢して小狐は小太刀と刀を振るうが、奈々樹は離れたところで一休み。ひょうたんに入った麦茶をクピっと飲んでから片目を瞑る。


「弱い弱い、こんな弱い小狐がワシの妹だと思うと、心底涙が出てくるわ」


 その言葉は小狐の逆さ鱗げきりんに触れた。それはいつも負い目に感じていた事。元々の里の人間ではない。忍の血統がない自分がどうにかこうにか騙して今四天王の末席に座るに至っていると思っていた小狐。

 血の滲むような努力も、全ては目の前にいる忍の背中を追いかける為だった。そしてそんな奈々樹よりも小狐が心より慕っていた義輝との出会いとその別れで小狐は強さを極めようと、生死をかけた武者修行にも身をおいた。


「そんな事は分ってる。おれは、所詮よそ者だ!」


 小狐はクナイを投げ、手裏剣を曲がる軌道で二枚放るほうる。そして小太刀による牽制と本丸の刀による連撃。


「死んでも恨むなよ!」


 奈々樹の全ての死角への超連撃。小狐は自分でも避ける事ができないであろうこの攻撃を真剣に眺めていた。そして本気で奈々樹を殺しに刀を振るう。


 バシっ!


 身もせずにクナイを掴む。そして曲がる軌道で投げられた手裏剣を奈々樹は自分の手持ちの手裏剣で迎撃。


「やっぱり、弱ぁなった」 


 小狐の小太刀と刀を手裏剣一枚で止めて見せる。それに小狐は小刀を仕込んだ下駄で蹴りを入れようとするが……宙を舞う。


「ふぁああああ!」


 腰から落とされて動けなくなる小狐。強い事は分かっていたが、これほどまでとは思わなかった。


「殺せ」

「誰が妹を殺すか! お前は里で一番忍の術が、お前をワシは次期頭領にしたいからの」


 思っていた事と違う答えが返ってきた。

 自分は里で一番忍の術が向いていないとそう今の今まで思ってきたのだ。


「情けはよせ、おれはこの里の人間じゃない……血統がない」

「馬鹿か小狐? 忍の技に血統もクソもあるか、お前はワシよりもいい身体をしておる」


 そう言って小狐の頬に触れる。それに小狐はドキドキする。憧れてきた姉にここまで褒められた事などなかった。


「それに器用で、器量もよい。自慢の妹じゃ、お前のその力をつまらん戦に使う事が、ワシも甲丸も修羅も我慢ならんのじゃ、お前は修行せぇと言っても絶対せんだろうから、ワシを倒しにこい、いくらでも相手になってやる」


 奈々樹はそれだけを言うと麦茶を飲んで、あくびをしながら去っていく。

 小狐は嬉しい反面、一つだけ訂正した。


「忍の術は、奈々が一番上手いだろうに」


                             ★



「へぇ……そんな事があったんですか」


 奈々樹の家でラウラは預かっている。薬は調合したらすぐに飲ませる必要があったので、側に置いておいた方が何かと都合が良い。ラウラは奈々樹達の的確な治療と、若さ故。

 そして魔法の力で傷の癒え、体力の回復も早かった。三日とする頃には起き上がる事が出来るようになった。

 そんなラウラに会いに尋ねてくる少女が二人。


「ラウラ、おはなもってきた!」


 ラウラの第一発見者であるテト。ラウラはテトに優しく、テトも里の男の子や男達とは違い、綺麗な容姿で、そして自分を小馬鹿にしないラウラにくっついて甘えた。


「きゃう! ラウラ! どーん!」

「わわっ! テトちゃん。今日も元気だね!」


 そしてもう一人……


「おーい、異人は起きてるか? コイ釣ってきてやったぞ。滋養にいいらしいから、味噌汁にでも入れて喰わしてやろう」


 最近はこの珍しい異人、魔女の国の少年を見に毎度なにか手土産を持って小狐もやってくる。それが鹿肉だったり、旬の野菜や果物だったり今日は巨大なコイ。

 ビチビチと動き、その大きさやテトと変わらないくらい。


「おぉ、美味そうなコイじゃの……しかし泥は吐かせておるのか? でないと身が臭いぞ」

「馬鹿にするな奈々。昨日の晩に釣って一日泥を吐かせておる」

「小狐は馬鹿そうに見えて頭が回るの! では捌くか? でかい、どれワシも手伝ってやろう」


 そう言ってくりやに二人で入ると巨大なコイを捌き、身を冷や水で締める。コイの煮付け、味噌汁。コイ三昧の食事を作ると四人で食べる。


「この飯うまいな」


 小狐が米の炊き具合を褒めると、テトが照れているのでテトが炊いた事を察した小狐は少しばかり大げさに褒めた。小狐は子供に対しても実に気を遣える。我が強いが他人を尊重できる案外出来た少女だった。


「こんな美味い米は食うた事がない……じつにうまいのぉ」


 てれてれと嬉しそうにするテトを見て奈々樹もラウラも同じように米を褒め、テトが食べて眠たくなりラウラの布団で昼寝をしている最中にラウラは言った。


「小狐さんは、とってもお優しいですね。きっとテトちゃんが一番言って欲しい言葉を考えて言っているようです」

「よせやい。テトはおれの妹みたいなものだな。妹を可愛がるのは姉として当然」

 

 そう小狐が言うのでにへらと笑っている奈々樹。小狐は思うところがあるのか、何か言えば自分の負けのような気がして叫ぶ。


おれも昼寝だ!」

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