第25話 戦国の大剣豪・小狐。魔道の黒騎士と相対し、剣戟にて舞台に立ち候

 一方、小狐と夜鷹は地面を穿り返していた。オリハルコン採取の為、ゼェゼェと肩で息をしながら……


「掘れ掘れ! 早くしないと、いつまで経っても終わらぬぞ!」


 人形に魂を入れられたゼシルは二人を煽る。小狐は襷掛けで黙々と掘りながら、時折ゼシルに「うるさいわ! 貴様も手伝わないか!」と喚く。そして夜鷹は肉体労働には向いていなかった。ヘロヘロになり地面を掘る力も残っていない。そんな夜鷹を見て小狐は声をかける。


「夜鷹、貴様は少し休んでいろ! こんなのおれ一人で十分よ。お前は色々頭を使ってくれたからな」

「すみません小狐さん」


 フヒーと疲れて尻餅をつく夜鷹の横を人形の姿となったゼシルが寄ってきて呪文を唱える。


「アース・ザ・ゲイザー」


 地面が盛り上がり噴出する。何をいうでもなく、元弟子の夜鷹の代わりをするが、その土を頭からかぶった小狐。


「うわっぷ! 口に入った。ペッペッ! 貴様、ぜしる! 良くもやりおったな?」

「おうおう。狐の小娘が土化粧で別嬪になったな。はっはっは!」

「うん、すぐ燃やそう」

「待て待て! 余はテトとかいうメスガキの土産なのだろう? 余を燃やせばガッカリするぞ!」


 小狐は火打ち石を持って少し考えてから渋々やめる。小狐にとってテトがとても大切であるという事をゼシルは知り、しめしめと笑うが、何となく聞いてみた。


「そのメスガキ、お前の肉親でもないのだろう? 何故そんなに大事か? 母性という奴か?」


 小狐は地面を再び掘りながら興味なさそうに答えた。


「さぁな。おれは物心ついた時から羅志亜におったからな。本当の父も知らん、母も知らん。ましてや兄弟姉妹がいたかも知らん。だから、おれがそういう事を考えるようになった頃に里で生まれたテトは妹みたいに思っておるのかもな……ふん、くだらん昔話だ」

「本当にくだらない話だ……だが、悪い話でもないな」


 一発殴ってやろうと思った小狐だったが、ゼシルから大きな後悔の念をなぜか感じた。それからお互い会話もなく黙々と小狐が掘っているとカチンと音がする。


「何だこれ?」


 玉虫のように光り輝く何らかの鉱物を見つけた。それを空にかざして眺めていると夜鷹が小狐に声をかける。


「それです。大きな、オリハルコンの原石。やりましたね小狐さん!」


 今までの苦労が報われるようなそんな清々しい気持ちになる。小狐も地べたに座り込むとその美しい鉱物を夜鷹に渡す。


「それ、こっちに渡してくれないかな? ねぇ?」


 突如横槍のように聞こえる声、それに振り向くと、そこには魔女の姿と黒い鎧に身を包んだ何者か……魔女の姿を見てゼシルは語る。


「あれが、アビゲイルだ。魔女としては魔法力も並の上、他魔女に比べてこれと言って得意な属性の魔法があるわけでもない」

「ぜしる。貴様より弱いという事か?」

「うむ。だが……屍人を操る魔法。フレッシュゴーレム、今はシュヴァリエと言うのだったか? それにおいては歴代最高の才覚をもつ。あやつの作るシュヴァリエは異常な程に強いぞ? リヒトも異世界で戦争をする際、あやつの作るシュヴァリエの軍勢が必要と考え連れてきたのだからな」


 小狐は目を大きくさせると抜刀。そして黒い鎧を着たそのシュヴァリエに構える。


「上等だ。おれは地上において剣では負けぬ。おれよりも強いのは義輝様以外ありえないからな」


 地面を蹴った。小狐は横から大なぎで敵剣士に先手を打った。それは剣に関して素人である夜鷹とゼシルも小狐がかなりの使い手である事を知っている。が、そんな小狐の一閃を二歩下がり、剣を抜かずに避ける。そして小狐のお腹に膝蹴り……何が起きたのか痛みが後からくる。


「かはっ……何だお前ぇ!」


 小狐は痛みを我慢して身を翻すと距離を取る。そして忍具、手裏剣を投げ死角を殺してから再度斬り込む。


「これならどうだぁ!」


 カン! カン!


 と小狐の手裏剣を鎧の籠手で止め、そして小狐の上段からの斬り落としを人を避けて歩くように回避。それに小狐が歯を食いしばるのを見て魔女アビゲイルは呟く。


「君、弱っわ! フェリシアを斬った剣士がいると聞いていたけど、君じゃないみたいだね。愛する黒騎士、この娘、首を晒すから斬りなさい。あとは……旧遺物のゼシルさんの処刑ともう一人そっちの人も殺してオリハルコンを回収、実に楽な仕事だった……この仕事は愛だ」


 一人で喜び踊るアビゲイル。それに小狐が狙いを定めようとした時、黒騎士が剣を抜く。黒い刀。それを一振りするとバチバチと地面が焼ける。それを見たゼシルと夜鷹が共に言う。


「魔剣だ!」魔剣です!」


 それに小狐は魔女達の道具かとそれが何かを簡単に理解する。刀を構えてから叫ぶ。


「どうする? 夜鷹、ぜしる!」


 小狐の肩にぴょんと飛び乗るゼシルは耳元で話す。小狐にしか聞こえないようにこれからの作戦。


「仕方がない、余がバディになってやろう」

「ばでい? 何じゃそれ?」

「フェリシアを討った時、ラウラ坊やと力を合わせたろ? 余も力を貸してやると言っておるのだ。魔剣は単独でどうにかできる代物ではない。余はこんな姿にはなったが、伝説の魔女よ。ラウラ坊やとは比べものにならぬ……例えば……幾千の英雄の力をかの者に与えたまえ! エキスパンジョン!」

「むっ……これは凄いな。奴を斬れるかもしれん」


 小狐の身体が軽くなる。そして力が湧き出てくる。深呼吸をして忍の呼吸に戻すと小狐は再び黒騎士に向かって斬り込む。三回、四回とフェイクをかけて小狐は抜刀術。


 ギィいいイイイイ!


「……っ」


 黒騎士が剣で受けた。今のは危なかったという事。それに小狐はこの力なら対抗できるとわかると大口を開ける。


「カッカッカ! どうだ! この最強の侍、小狐様をばかにしくさって、地獄で後悔するが……」

「小娘まだだ! あやつの魔剣を忘れるな!」


 ゼシルは小狐に掴まりながらそう叫ぶので、まだ準備が整ったわけではない事を知る。これほどの魔法。確かにラウラ以上。


「そのなまくらにも魔法をかけてやろう……いつか消えるそれは幻の槌、瞬きの乙女の祝福を! カスティアヴァイン!」


 小狐の野党から奪った質の悪い刀が光り輝く。そして軽い。ぶんぶんとそれを振り回して小狐は中々それが使い勝手がいい事がわかると肩に乗せているゼシルをポーンと夜鷹に放り投げた。


「夜鷹、そいつはテトの土産だ。大事に持っててくれ、この力ならおれはあいつに勝てる」


 ただでさえ速い小狐が魔法で強化された脚は稲妻のごとき速度だった。もう目で追えない地面が爆ぜているようにすら見える小狐を見てアビゲイルは笑った。


「でぇりゃああああ! 獲った!」


 稲妻とともに小狐が現れたかと思うと黒騎士に刀を向ける。小狐は格殺したとそう思ったが小狐の前から黒騎士が消える。

 違う。小狐と同等の動きでそれを避けた。そして置き土産の一閃。それを小狐は笑ってクナイで受けた。


「見えるぞ貴様の動き。そしてほんの少しだけど、おれの方が早いみたいだな」


 カンカンカンと金属を打ち合う音。高く、浅い音なのはお互いが攻撃と回避を同時に行なっているから、確実に相手を倒す一撃を小狐は狙う。地面が掘り耕やされるようにザクザクザクと爆ぜる。小狐と黒騎士が走り回っている光景。アビゲイルは空中からその様子を嬉しそうに眺めている。距離をとっているのはゼシルを警戒して……


「ねぇ、ゼシルさん。唯の愛の結晶。あれならリヒトに届くよ? 今からでも遅くないよ? 戻ってくる?」


 弟子である夜鷹と契約をしたゼシルが寝返ることは不可能。それを分かっての申し出なのだろうが、ゼシルは笑う。


「確かに、あやつならリヒトを討てるかもしれんが、その前に貴様が殺される」

「ううん、唯は殺されない。だってリヒトを裏切らないもーん。友情という名の愛があるから」

「ふざけよって、それにしても一体、何という死体を見つけてきたのか……あれは強すぎる」


 ゼシルとアビゲイルの会話に夜鷹が水をさした。


「ゼシル先生、小狐さんの方が押してるんじゃ?」

「今に見ていろ。すぐにわかる」


 小狐は攻めに攻める。我流剣術だというのに、小狐の剣術は完成しつつあった。黒騎士の方がいくつも小狐より剣の腕が達者だ。それを見て小狐は吸収している。本当の剛の者の剣術というもの。小狐は黒騎士を圧倒し始めていた。防戦一方の黒騎士。ゼシルが叫んだ。


「小狐ぉ! 奥の手を出される前に斬れぇ!」


 アビゲイルは今までにない邪悪な魔女の笑みを見せる。

 そして呟く。


「黒騎士。拘束を解いていいよ。思いの外いい剣士だ。唯の愛の結晶。黒騎士の調整をするラビットになってもらおう。いけ!」


 鉄仮面を残して黒騎士の身体があらわになる。灰色の皮膚を持った剣士。それはもう血の通わない人間の骸。


「斬ればいいのか?」

「そう、斬ればいいんだよ」


 黒騎士は両手で黒い刀を構えると、消えた。小狐は真っ直ぐ。一直線に突っ込んでくる。小狐は見えていた。黒騎士の一撃を受け止め。


「は?」


 受け止めた。小狐をそのまま地面に叩きつけた。背骨を大きく強打。血と何かが口から吐かれる。

 一撃。

 津波のような雪崩のような人間にはいかんとしがたい強大な力で小狐はねじ伏せられた。


「斬ればいいんだな? アビゲイル」

「うん! 斬って! 唯の愛の結晶」

「承知」


 黒騎士の足元からマグマが噴出する。それをとんと避ける黒騎士。ゼシルの魔法。小狐は痙攣し、瀕死の状態。


「所詮はただの人間か……ん? 何か言っておる」

「……お……れを……なお……せ」


 回復をしろという。ゼシルは牽制のマグマの魔法を放ちながら、小狐の体を修復させる魔法を使う。小狐の息が整い、何とか立ち上がる。


「ぜしる。これから何度も回復を頼めるか? あやつ、悔しいがおれの力では制しきれん。ラウラと修羅と、っ……奈々樹がいれば何とかなる。それまでおれが堪える」

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