第26話 希石奪還せしは、武ではなく知を持って、人ならざる者を追い払う

 小狐は四回、五回目の瀕死の重傷を受けながら、ゼシルに回復させる。これには流石のゼシルも心配せざる終えなかった。何度も血反吐を吐き、何度も死にかけている。


「おい、小娘ぇ。これはお前の心にも良くはないぞ?」

「かまわん。頼む、治してくれ」


 小狐は刀を構える。まだゼシルの魔法の加護も小狐、刀共々効いているハズなのに、刀は刃こぼれがひどく。小狐の服は所々破けている。この異常なまでの意志の強さ、ゼシルは恐怖すら感じていた。それに夜鷹が語る。


「ゼシル先生、これがこの乱世の世で生きる人間の生き方なんですよ。強弱はあれど、年端もいかない子供ですらそれなりの覚悟を持ってたりします」


 死ぬ事を厭わない人間達が生きている世界。

 戦国の世……それに対しての認識を更新したゼシルが正直に感じた事。


「狂っておる」

「自分もそう思いました。でもそれが小狐さんの心の強さです。もし、魔女だったとしたらゼシル先生はどう思いますか?」


 聞くまでもなかったようだった。ゼシルは震え、「魔女になんかなれるかよ」と皮肉を言った。


「あははははは! 凄い! 愛だ! 女剣士よ! 勝てぬと知っても体を治し黒騎士に挑むその姿。本当に美しい。黒騎士、何度でも何度でも叩き潰してあげてよ!」


 黒騎士はアビゲイルの指示に頷き、小狐に再び襲いかかる。小狐もまた黒騎士の剣に真っ向から打ち合う。何度も殺されかけて小狐は学習した。ありえない力に関してはどうしょうもないが、この黒騎士の剣技の癖に関して見えてくるものはあった。


「受ければ負ける。凄まじい剣術だが、貴様。変化は少ない。おれの狛犬剣術を進化させてくれてありがとうよ!」


 小狐は黒騎士のありえない速度の動きを先読みし、黒騎士の攻撃を完全に回避して見せた。


「!」


 驚く黒騎士、そして喜ぶアビゲイル。それに夜鷹とゼシルまで思わず叫んだ。


「今です! 小狐さん」

「小娘ぇ! やれぇぇええ!」


 二人の期待に応えるように、「承知!」その一声と共に小狐は黒騎士の歪な方の腕のを切り落とした。

 ズバン! 空中に舞う黒騎士の腕、黒騎士の腕と共に落ちる刀。小狐はこれぞ勝機と言わんばかりに蹴り、そして剣撃、忍具も使い全力で黒騎士に攻める。ようやく小狐の攻撃の番が始まった。地面に転がる黒騎士。小狐は深い呼吸を繰り返す。黒騎士を葬る為に一気にたたみかける為に地を蹴った。


「終わりだ。刀がなければ貴様はおれには絶対に勝てない!」


 小狐は上段から黒騎士を斬る為振り上げる。避けようとする黒騎士の右も左も蹴りを入れて逃げ場を奪う。片腕がないので白羽取りもできない。小狐は勝ったとそう確信する。アビゲイルは嬉しそうに黒騎士に指示を出した。


「黒騎士、倒して」

「倒せばいいのだな?」

「そう、倒せばいいの」

「……わかった」


 小狐の刀を黒騎士は鉄仮面で受け止めた。鉄仮面はありえない硬さ、されど加護を受けた小狐の刀は鉄仮面にヒビを入れた。が、元は鈍の小狐の刀は加護が切れバラバラと砕け散る。そして小狐は宙を舞った。


「……は? これは羅志亜の組み術?」


 小狐は刀を失った瞬間、黒騎士は小狐の顎を打ち、水月を蹴り、片腕で小狐は投げられた。この後くるのは地面に落ちる瞬間の蹴り。小狐は咄嗟に首の関節を外す。蹴りおられないように……


「こふっ……あぐぅ……ぜし……なおせ」


 再びゼシルが回復魔法を使おうと小狐の元に向かおうとした時、今まで黙認していたハズのアビゲイルが黒騎士に指示をする。


「黒騎士、殺して。ゼシル君に回復をさせないで」

「殺せばいいんだな?」


  今までは斬ってや倒して、なのに今回は殺して、アビゲイルは本気で小狐を殺しにきた。

 ゼシルが近くにくる前に小狐が殺される。これを止める手立てはない。夜鷹は口の端を噛んでから手の中に持っていた物を掲げて叫んだ。


「魔女・アビゲイル! 聞きなさい! ここに超巨大なオリハルコンの原石があります! 小狐さんの命をこれで買いましょう!」


 はっきり言って夜鷹としてもこれは賭けだった。魔女達からしたら魔力を抑制するオリハルコンは脅威であり、喉から手が出る程欲しい物でもあった。但しアビゲイルのような屍人を使う特殊な魔女がオリハルコンを欲するのかが……


「黒騎士、待って殺さないで、代わりに仮の腕を拾ってくっつけておいて」

「分かった。殺さないんだな」


 小狐の首を絞め殺そうとした黒騎士はやめる。ゼシルが回復しようとするとそれに関してアビゲイルが言った。


「回復待って、オリハルコン。それ本物?」

「ゼシル先生、自分に攻撃魔法」

「貴様らには攻撃できないようになっておるだろ?」

「今回の一回きり、許可します!」


 チッと舌打ちをするとゼシルは「火の蛇を燃やして食め! フレイム・ヴァイパー!」魔女ならば誰でも知っている強力な炎の魔法。それを夜鷹に放ち、夜鷹はオリハルコンを向けてゼシルの魔法を散らした。


「熱っつ! ゼシル先生。うまくいけば自分を殺せるとか思ったっでしょ! 熱っっ……でも魔女・アビゲイル。これで本物って事が分かりましたよね? 小狐さんの回復をさせてもらいますよ? ゼシル先生。お願いします」


 アビゲイルが頷くのでゼシルは小狐の元に向かい回復魔法をかける。「小娘、よく頑張った。すぐに楽にしてやる」いつしかゼシルは小狐に優しい言葉をかけ、回復を小狐は動けるようになると首の関節を嵌めて立ち上がる。黒騎士に立ち向かおうとしたところ夜鷹に止められた。


「小狐さん、やめてください。どう計算しても自分たちに勝ち目はありません。このオリハルコンを渡して勘弁してもらいましょう」

「は! それはおれが滅茶苦茶苦労して……」


 小狐が何時間も地面を掘り返してようやく見つけた大きなオリハルコンの原石。織田信長に言われそれを探しにきたのだ。それをみすみす魔女に渡して生き延びようとする。それは忍としての誇りもあった。だが夜鷹は小狐の考えに反した事を伝えた。


「小狐さん、勝つ為に、汚く命を拾う。それが戦争です。だから、勝つ為の我慢。覚えてください」


 我慢ならない。だが、生きることで勝てるかもしれない。それは頭では小狐も分かっていた。使命を全うできない。


「アビゲイル。約束通りオリハルコンはあげましょう! だから今日は帰ってくれませんか?」


 流石にそれは飲まないだろうと小狐でもわかる事だった。あのオリハルコンの原石を渡すのは小狐の命を繋ぐ為。当然のアビゲイルの反応。


「それを唯が受けるとでも?」

「受けるな。そのシュヴァリエ。そろそろ活動限界だろう?」


 口を挟んだゼシル。ゼシルが言うシュヴァリエの活動限界。生ける屍であるシュヴァリエは魔法の供給が必須であると言う事。


「唯の愛の結晶。黒騎士が? 活動限界? 面白い事を言う」

「ブラフはよせ。これでも余は伝説の魔女ぞ? 貴様はシュヴァリエ使いの天才よ。余が認めてやる。だが、これは才能ではどうしようもない事。シュヴァリエの仕様上そろそろ魔力切れになる。余がリヒトに命じられた後についてきたとしてもそのシュヴァリエは魔力供給二十四時間ほど経っている。故に魔力切れだな?」


 アビゲイルは笑い顔を変えない。余裕の表情を全く変えずに、負け惜しみを言ってのけた。


「……直にその魔法の常識は変わる。旧遺物のババァめ。錬金術師、オリハルコンをこちらへ」

「分かった。投げますよ!」


 ポーンと投げたオリハルコンの原石をアビゲイルは受け取る。そしてすぐに痛そうな顔をした。魔法がオリハルコンで抑制されるのだ。小狐は魔法の事は何も分からないが、アビゲイルはこのまま引っ込むと言う事。これは自分では出来なかった。


「行くよ。唯の愛の結晶。黒騎士」

「行くのか」


 パキパキと割れた鉄仮面。口元まであらわになった黒騎士。その黒騎士にアビゲイルは唇を合わせた。

 少しばかり濃厚なキス。それに小狐は顔を背ける。黒騎士に抱えられ、アビゲイルは去っていく。オリハルコンの原石に口づけして嗤う。


「そうそう、消ええぬ火とか言う妄言に惑わされた炎の化身は置いていく。あれはその内自滅するだろうけど、君たちのお仲間を燃やし尽くす程度の時間はあろうね」


 最高の捨て台詞だった。富士の樹海における最大の脅威は去った。ペタンと座り込む。刀も折れ、何一つ自分の力が通じず。ゼシルの魔法の力を借りても盾にすらなりえなかった小狐。そして今回の任務であるオリハルコン採集に関しても失敗。


 完全敗北である。それに小狐はじわじわと涙腺が緩む。泣くと言う行為、それは恥ずべき行為だと忍において教わった。忍は悲しくて泣くのではない。誰かを騙す時にのみ涙を見せるのだと……偽り以外では涙は流さないのが忍。

 そんな事は百も承知なのだが小狐は意気地が折れる。


「……すまぬ。おれのせいでオリハルコンが」

「小娘、あれは小娘だけのせいではない」

「そうですよ! あの時はあーするしかなかったんです」

「そんな気休めはいい! おれのせいでオリハルコンが無くなったしまった……信長のウツケにも合わす顔がない……拾ってもらった命だが、指の一本や二本は……」


 大きなオリハルコン。あれを失った事の痛手については夜鷹やゼシルも神妙な顔をしていた。下唇も噛んで涙が零れるのを我慢していた小狐。それももう限界。


「あー、あの大きなオリハルコンの原石。あれは痛かったっけど、オリハルコンならそこら中にありますからね。もうゼシル先生に魔法で信長公に連絡をとって回収班を向かってもらっています」

「は? なんて?」


 小狐は今何を言われていたか、理解できずに聞き返した。


「オリハルコンはこの周辺の砂鉄はほとんどオリハルコンなんですよ。あのアビゲイル、バカっぽそうなので気付かないかな? とか思ったら本当に気づかなかったので、あの程度のオリハルコンを奪われるだけで済みました。要するに、ここにあるオリハルコンは全部自分たちの物。結果、自分たちの大勝利ですよ! あとは忍マスターと修羅さんが帰ってくれば任務完了!」


 小狐は魂が口から出そうな気分になって、緊張の糸が切れるとぶっ倒れた。

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【完結保証】異界侵略の魔女と剣聖の忍軍。舞台は日いずる国・石山本願寺戦争。魔法と忍術にて見事いつか死ぬ為に相死相哀す アヌビス兄さん @sesyato

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