第9話 魔女の恨みは煉獄の如く、灼熱の恨みは自らを炎させても止まらず
「あっ……あ……み、みず」
体中の血液を大幅に奪われ、大怪我を負い……このままでは死ぬ。魔法すら使えぬ者に……殺される?
そう、フェリシアは虫けらのように地を這い、なんとか水源を探す。このまま見知らぬ世界の見知らぬ場所で死ぬなんてあり得ない。
水を見つけた……少し臭う。腐っているのかもしれないが、背に腹は変えられない。舌を出してフェリシアはそれをすする。ゆっくりと体に水を……フェリシアは自分が舐め啜っていた物が何か気づいた。
戦で死んだ人間が垂れ流した血が腐った物、身の毛がよだつ。自分の体の中でおぞましい蟲が這いずり回るような不快感と吐き気……それをぶつける相手は当然……
「奈々樹……小狐……ラウラぁ」
フェリシアはこの屈辱を味合わせてくれた者を一人残らず消し去るために、その屈辱を甘んじて受けた。腐った血をぺちゃぺちゃと啜り、死体の肉を食み、魔法力が戻ればそれらを自らの魔法の材料として取り込み、力を蓄える。
全ては自分をこんな目に合わせた者を八つ裂きにするために……合戦で死んだ者達を完全に取り込むのには時間がかかる。大きな木を背もたれにフェリシアは魔法力と体力を回復させていると……一人の美しい少女が立っている事に気づいた。
「リヒト、私を笑いにきたの?」
「無差別なる呪いとも呼ばれたフェリシアがこんなところでそんな怪我を……何があった?」
黄金に輝いているようにすら見える潤沢な魔法力を持つ最強の魔女・リヒト。彼女はなぜかフェリシアを心配するように見つめているので、フェリシアはする事もないから世間話を始めた。
「リヒトの作りたい魔女が統治する世界ってのはどうなったの?」
「そうだ。その話をしにきた。この世界は、鉄の弾を飛ばす武器が最強の道具らしい」
そう言って金属の精製の仕方が悪い弾を見せられてフェリシアは鼻で笑った。魔法を使える子供の鉄細工でももう少しマシな物を作ってみせるが、これは酷い。
「要するに敵はない。直にリヒトの願いは叶うと?」
「いいや、そうでもない。魔法を恐れず、屈せず、命を捨てて戦いを挑んでくる物達がいる」
「……そんな連中が?」
フェリシアも知っている。そんな連中にこの死にかけた怪我を負わされたのだ。
まさか、リヒトもラウラ達に会ったのかと驚愕する。
「魔女殺しを掲げる。魔王を自ら名乗る者……織田信長」
知らない名前だった。だが、自分よりも……いや魔女の歴史においてこのリヒトを超える魔女はいないかもしれない。そのリヒトが警戒する者。
「こんな原始人の世界で、リヒトが恐る程の相手?」
「この金属の弾も、防御なしで受ければ死に至る。無限とも思える人海戦術、無謀とも思えるほどのこの金属の弾。我々の魔法力が尽きれば、滅ぶのは我々だ」
それは考えすぎだろうとはフェリシアには言えなかった。この世界の人間はどこか狂っている。こと、戦うという事においてはフェリシアやリヒト達の想像を絶する方法と戦術を駆使してくる。
「ふーん、でそのリヒトが、私のところに来るという事は恥を忍んで私の力が入り用だとでもいうの?」
もう袂は分けた間柄、少しばかり小馬鹿にしてそういうフェリシアに対してリヒトは真顔で頷いた。
「そうだ」
「そうだって……そうなのね。策は一応聞いておきましょうか?」
「本願寺という教会の教祖達が、民衆に武器を持たせて信長と戦をしている。我々はこの本願寺についた。いつの世も教会の連中は罪作りだ。代理戦争をして自らは傷つかず……それを聞き中々の剛の者が集まった。妾達魔女。越後の龍、上杉謙信。謀神、毛利元就。そしてその村上水軍、この世界最強武器鉄砲を使った戦闘集団。雑賀衆。妾たちはさらに屍人をシュヴァリエにするという禁術もある。信長を討ち、この国を支配。そしてさらに外の世界を征服する。遊び好きのフェリシアも飽きないだろう?」
フェリシアは最初こそ、この申し出断ろうと思っていたが、この世界の人間は気をつけなければ魔女である自分ですら軽々と命を奪われる恐れがある。それ故、受ける事にした。
たった一つの自分の野望を叶えた後に……
「いいわ、乗ってあげる。でもその前に私は私の手で始末したい子たちがいるの。それが終わってからでもいい?」
「あぁ、助かる。いつその用事は終わる?」
「二週間、いいえ十日後には終わらせてみせるわ」
「そうか、頼もしい。では十日後。この先に山を二つ超えたところに小屋がある。そこで落ちあおう」
「えぇ、構わないわ」
とりあえず自分のやるべき事を終える。それだけを考えてフェリシアは目を瞑り、そして決意する。
「骨も残さない……」
一方、羅志亜忍軍は主要な忍達を集めてこれから魔女なる者が襲いくる事を奈々樹によって語られた。
「よくわからぬ魔導の術らしい。仙術のような妖術のような物と言えばわかりやすいじゃろ?」
奈々樹がそう言うが、ざわざわと他の忍達からは怪訝な表情が見て取れた。言われただけではなんとも信じがたい。それは奈々樹も重々承知。そこで呼ぶ。
「ラウラ、着物を脱いで魔法を見せてやれ」
ラウラは最初こそ、脱衣する事を受け入れ難かったが、忍という連中は何か仕掛けやタネを探そうする人種である事。何も仕掛けのない状態で魔法を見せてようやく半分信じるかどうかそれを言われて、ラウラもこの里の人たちにできる限り被害が及ばないように一糸纏わぬ姿になり、忍達の中に立つ。
「おぉ、ラウラ。綺麗な体をしておるな」
皆が思っても口に出さない事を小狐は普通に口にする。そんな小狐を抱きしめて離さない妖艶なる美女・修羅は小狐の頭に頬擦りしながら尋ねる。
「えぇ、小狐ちゃんはあーいう男になりきれない感じの男の子が好みなの? お姉ちゃんと女の子同士の方がいいわよ?」
「修羅姐ぇ何を言っておる……しかしよう見ておれ、目の良い修羅姐が魔法を眉唾ではないとわかれば話は早い。もし、ラウラの魔法が眉唾の奇術の類であったなら、
ブシュツ!
鼻血を噴出して倒れそうになる修羅。そして血走った目で小狐を見つめ、そして尋ねる。
「その言葉に二言はないの? 小狐ちゃん」
「当然、武士に二言はない」
「それって、お姉ちゃんの特別に調合したお香の中で、お風呂とか、お床とかで……あり? なし?」
「……ありだ!」
「おふぅ……! 小狐ちゃ……そうやってお姉ちゃんの注意をそらさせても無駄よ? この目は見たくない物もなんでも見えるんだから」
修羅の瞳が静かにラウラを捉えた。それを見て奈々樹がうなづく。
「皆の者、その目で見た物、そして我らの目。修羅が答えた事を誠とする。良いな?」
それに一人の羅志亜の忍が手をあげた。目を瞑り巨大な槍を持つ大男。奈々樹はその男の名を呼ぶ。
「どうした
「修羅がつるんでいるとすれば?」
「魔法が事実であれば、修羅は小狐を犯す事ができぬ」
「お、犯すとは……ば、ばか! 奈々の馬鹿者め!」
小狐が顔を真っ赤にして罵声を浴びす。そんな小狐に抱きつき小狐の耳をぱくっとはむ修羅。
「そうよ。
「どっちでも良いが、修羅は嘘はつかぬ。特にワシと小狐の前ではな。その修羅が魔法を認めればそれで良いであろ? 修羅、もし魔法が事実でありそれを虚とした場合。ワシは貴様を」
「忍頭と殺し合うのも楽しいかもしれないけど……私は同じ仲間の前では嘘はつかない。これでいいかしら?」
「ということだ。ラウラ、見せてやれ! 貴様の魔法」
ラウラはうなづく。そして忍達が誰も聞き取れない言葉で魔法を詠唱する。そして両手で何かを持つような仕草をして唱えた。
「精霊よ来れ! パイロン!」
ボゥ!
おぉ! と歓声が上がる。ラウラの両手に炎が轟々と燃え盛る。それを見てから皆は修羅を見る。修羅は目を閉じず。鷹のような瞳でラウラを見続け、何が起きたかわからないと首を横に振る。
「次は、皆さんの手裏剣やクナイをお借りしていいでしょうか?」
流石に忍具を差し出すのは怖い。それに誰も賛同しないので、小狐が自分の手裏剣やクナイをラウラに渡す。それにラウラは「ありがとうございます」とそう言って両手の炎を消すと少し深呼吸。
「チャーム・ザ・インコム」
何かを振りかけるようなそぶりを見せて、そしてその手を挙げると手裏剣やクナイが宙を舞う。それを疲れた顔でラウラは操作する。その手裏剣に対して、修羅は自分の懐から手裏剣を取り出すと投げた。一回の動作で二十数枚。同じ羅志亜の忍達もその早投に息を飲む。それらの手裏剣は全て壁に刺さる。
「……糸はない。本物の謎の力ね。これでいい? 忍頭……頭にきたから私はもう行くわ」
小狐を抱けないというそれに癇癪を起こしそうな自分を律する修羅を見て、奈々樹は言う。
「あぁ、助かった。今日は小狐と風呂に入る事を許可する」
「本当に!」
「あぁ」
「いや、
小狐を連れて行こうとするので、小狐は修羅に上目遣いでいう。
「修羅姐ぇ……魔女は強いのだ。力をかしてくれ?」
「お……おふぅ。か、かあいい」
鼻血とよだれを垂らして修羅は何度も頷く。小狐は忍の技の中で毛嫌いしていた色仕掛けがものすごく有用な事を今初めて知った。修羅が認めた事で他の忍達も魔法という物を知る。
「フェリシア姉さんは、僕の何倍以上もの魔法の力を持っています。何も対策をしなければこの里はすぐに火の海になります」
「泥で家や建物を保護するか?」
「もし焼けても地下に避難すればいい。食べ物や売り物の退避をして、その魔女とやらを捕まえる罠もこさえるか」
忍達は各々に案を出し、そして一丸になる。この統率の取れた組織にラウラは開いた口が塞がらない。穏やかそうな人達に見えていたのに、全員がいきなり殺気を撒き散らす。
奈々樹は忍達に檄をかけた。
「皆の者! 魔女は近い内くる。我らは自らは出ぬ。が、我らに牙向く事の愚かさを、死という罪を持って教えてくれる! 襲いくる敵は撃滅じゃ!」
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