第17話 この時代に生まれてきてはいけなかった者あるいは物、それを人体実験とでも言えばいいのだろうか

 石山本願寺、打倒織田信長に助力をしてくれるという魔女なる者達。あまりにも恐ろしい力を持ちながらもその力を持って二度の信長の勢力を返り討ちにした。

 それ故、目を光らせつつも自由にさせている。魔女達を引き入れた顕如は彼女らの監視役として雑賀衆をつけたのだが……


「リヒトは?」


 瑞々しい桃を齧りながら信長の水軍を壊滅させた勝利に酔いしれるグリムガーデン。そんなグリムガーデンに自分たちのリーダーであるリヒトの居場所を聞くとグリムガーデンは2つ目の桃を齧り言った。


「我らが魔女王は、この戦国の世とやらでようやく乙女になったらしい。あの孫市とかいう男の元だよ」

「愛か、いいじゃない。リヒトはもっと女の子の喜びを知るべきなの。そう、愛よ! この世界は戦と死と愛で満ちている! 唯はその愛を知ったリヒトにこれからの指示を聞きに行く。グリムはどうする?」


 桃をガシュガシュと食べながらグリムガーデンは首を横に振る。

 自分の掌をペロペロと舐めながら、恍惚の表情で……


「ボクの魔法戦艦は一度動かすのにかなりの命を消費するからね。しばらくは出られない。外の世界はもっと巨大で、もっと大きな戦船があるらしい。早く、喰いたいなぁ」


 戦に狂ったグリムガーデンを見てもう一人の魔女。アビゲイルは微笑む。


「それもまた愛」


 石山本願寺、通称大坂城、蓮華の花を見ながら黄昏ている男女を見つける。それは最強の魔女・アビゲイル達のリーダー・リヒト。もう一人の青年は、種子島。あるいは火縄銃という鉄の塊を飛ばす武器を使う戦闘集団。そのリーダーである雑賀孫市。

 リヒトと孫市はお互い出会った時から惹かれあっていた。


 最初は、魔女であるリヒト達が石山本願寺に助力すると言った時、魔女を恐れた顕如の指示でリヒトと孫市は立ち会った。御前試合のような形式の中、リヒトを暗殺する準備がなされていたのを孫市がいち早く気づき、リヒトを庇った。リヒトは庇われなくともその危機から脱する事はできたが、孫市の男気に、惚れ。孫市もまた美しいリヒトにその自らの銃を差し出し、守ると誓った。


 リヒトを退かせた戦国のマスラオは二人、強烈な威圧感でリヒトを後退させた織田信長、そして愛という言葉では語り尽くせぬ感情でリヒトを射止めた孫市。リヒトと孫市は手を絡ませ静かに時が経つのを楽しんでいるようだった。

 そんな二人に声をかけるアビゲイル。


「美しい愛だ」


 ビクンと反応したリヒト、それに孫市。


「あびげいる殿、いかがなさった?」

「リヒトに用があって」

「どうした?」

「ラウラ君達が、富士の樹海とやらに向かったと聞いた。ゼシル君を向かわせたと聞いたのだけれど、唯も向かっていいだろうか? 黒鉄の騎士の試験運用をしたいのだよ。それに、孫市君の消ええぬ火についても唯の実験が成功すれば近づくのではないだろうか?」


 消ええぬ火。リヒトに孫市は、永久に炎の消えない。

 弾を撃ち続けれる火縄があればいいと、自分はその消えない火になりたいと言った。魔法で試行錯誤するも中々、思ったものはできない。数を打てば壊れてしまう銃。魔法で強化してもその威力は思った程ではなく……リヒトは孫市の願いを叶えたいと何度か語っていた。


「許可する。孫市の雑賀衆もグリムガーデンと村上水軍、それに戦さ場で集めたい死体達を簡易的なシュヴァリエにして兵力も増強した。フェリシアの仇、任せて良いか?」


 アビゲイルはそのリヒトの言葉に対して、答える代わりに両手を上げて微笑んだ。


「それは愛だな」


 アビゲイルはスタスタその場から離れる最中。まだ若い少年が恨めしそうにリヒトを見つめている姿を見つけた。


「少年。嫉妬か? それもまた愛だな」

「孫市様は、魔女に誑かされている……消えぬ炎に永久に撃てる弾の火縄など作れるわけがない……」


 アビゲイルは思い出す。リヒトがグリムガーデンに言っていくつか試作の魔法で強化された火縄銃を作らせていた事を……

 どれも失敗していた事も同時に聞いていた。この少年は、戦さ場で孫市につき火縄の補佐をしていた。それをリヒトの出現により役目を奪われつつある。そんな少年を見てアビゲイルは嬉しそうに微笑む。


「少年よ。孫市君の役に立ちたいかい?」

「なんだ? 魔女がオイラまでたぶらかそうというのか?」

「孫市君がなりたいという消ええぬ火。君がなって見ないかい? さすれば孫市君は君を必要とする」


 アビゲイルの言葉に、少年は心動きつつも、それが成功していない事を知っている。そんなことに騙される自分ではないと言った。


「黙れ魔女め! できぬことを風説するお前達は嘘つきだ!」

「うん、いい愛だ。グリムガーデンは物を作るのは達者だけれど、質を高める事が下手なのさ。その点、唯はそこを調整する。まぁ見てなよ。アーマン・サイムレイム……イェザム……プロミネン……エービル!」


 アビゲイルが謎の言葉を唱えると、そこに炎を纏った人型の何かが現れる。声も出ずに腰を抜かす少年。その少年の前で、アビゲイルは、試作型の魔法火縄銃を向けると、その人型の何かを魔法火縄銃に取り込んだ。


「炎の魔神。フレイム・オーガという化け物の魂をこの銃に取り憑かせた。フェリシアのファミリア程ではないけれど、この銃は炎を発し続ける。使うか使わないかは、君次第さ。唯はこれから富士の樹海へと向かう。そこで愚か者達を処刑する。君もくるなら連れて行ってあげるよ? その銃、試し打ちしたいだろ?」


 アビゲイルは少年に背を向ける。少年は間違いなくこの火縄を拾う。それを拾った時から、少年の寿命を示す蝋燭の火は強い炎となり燃え上がる。


「魔女、オイラの名前はスザクだ。孫市様がくださった名前だ。連れていけ! お前達じゃなくてオイラが孫市様の役に立つんだ」

「それは愛だね。唯はアビゲイル、仲良くなれそうだ。雑賀スザク」


 前髪で表情は見えないが、口元の優しい笑みからスザクは照れる。そしてアビゲイルが差し出した手をスザクは握った。

 その瞳の奥をスザクがしっかり見ていれば、魔女を信じるなんて事はスザクにはなかったかもしれないが、それはもう過ぎた事、そして始まったことなのだ。


 アビゲイルはスザクの肩に手を乗せ魔法を唱える。その魔法はスザクを包み、痛みを取り除く物。農民達に武器を持たせ訓練させている訓練場へとスザクを連れて行く。大きな歯車のついた火縄銃をスザクは的に向ける。


「重いな」

「試作品だからね」


 スザクは引き金を引くと、ドン! という音と共に大きく的を外れる。それに舌打ち。そんなスザクを見てアビゲイルはスザクに一言。


「おそらく、今まで使っていた銃とは扱い方が違うのさ、腕と肩と顎を使って支えてご覧、それに似た道具が唯達の世界にもあってね」


 煩いと反論しようとしたが、スザクは確かに今使っている火縄銃は自分たちが使ってきた物とは大きく違う何か……歯車が回り次の弾が装填される実に良くできた代物だった。魔法という摩訶不思議な力で火が絶えない。

 アビゲイルに言われた通りの格好で的を狙う。


 カーン!


 的にかすった。それに驚きアビゲイルを見つめるとアビゲイルがうなづくのでスザクは連射。そもそも数打てば当たるという事を目的としたその銃。8連射目で魔法の火縄銃は壊れた。


「そこが限界みたいだね」

「ふん、戦さ場では壊れやすい道具は使えない」

「オリハルコンを、織田の軍は探しに行くらしい」

「織り? なんだそれは?」

「魔法を抑制、あるいは封じる鉱物、かつて唯達の世界の錬金術師が生み出した幻の鉱物だけど、唯達の世界では魔法に対する対抗武器として使われた事から錬金術師は皆殺しにしてオリハルコンも全て消し去った事で失われた物だったけど、まさかこの世界にあろうとはね。そのオリハルコンをその銃に組み込めば、その銃は砕けえぬ銃、そして消ええぬ火は完成する」


 体から湯気を出しているスザク。軽い火傷が全身を包んでいるのを見ながら微笑む。スザクは孫市崇拝者である。孫市の為にこの銃の完成を願っている。


「行くぞ魔女! 織田の方よりも先にオイラ達がその織なんとかを見つけてこの銃を完成させる」


 アビゲイルとスザクは数本の魔法の火縄銃の試作品を持ち出すと、富士の樹海へと向かうべく箒にまたがる。


「お前っ、いやアビゲイルの守護者であるあの黒い男は連れて行かないのか?」

「あぁ、黒騎士かい? あれはまだ未完成のシュヴァリエでね。ゆっくりとついて来てくれているよ。その富士の樹海とやらで落ち合うことになっている。さぁ行こう!」


 晴天の空へ、飛びだつ。それが死への旅だとは知らず。スザクは瞳に希望を込めて、アビゲイルは瞳に狂気を込めて……

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