第20話「忘れじの花」②
銀の甲冑を身につけ腰に大剣を下げた屈強そうな剣士。
己の背丈よりも大きな斧を背負った戦士。
長い杖を手にしたあご鬚の老魔法使い。
聖職者然とした温和そうな面持ちの僧侶。
あとの一人は軽装だから泥棒(シーフ)だろうか。
こちらの冒険者たちは絵に描いたような出で立ちで、如何にもファンタジー物に出てきそうな一団だ。先程のパーティーメンバーよりも年嵩だからか、全員が落ち着いた雰囲気で、買い物中も無駄なおしゃべりを交わさない。概ねアイコンタクトで通じるようだ。
(この人たちは、なんか強そう)
数分後、
「これをお願いします」
彼らがカウンターに置いたのは数種のポーションと資源探知の方位磁石だった。
(お、これは)
この店では接客以外にやることがあまりないので、暇なときはなるべくカタログを眺めるようにしている。おかげで最近、見た目や効果が印象的な品はだいぶ頭に入ってきた。この方位磁石もその一つだ。
探知の精度は中程度と書いてあったから大まかなんだろうけど、三つの針で水と炎、そして一定の金属類がある方角をそれぞれ指し示してくれるらしい。確か詳細説明の欄にはダンジョン内での宝探しや、魔族討伐のための森林や山岳地帯行軍に役立ちますと記載されていたはずだ。
ということは、つまり。
(魔族討伐に向かう勇者一行なのかなぁ)
ちょっとワクワクしてしまう。
会計を済ませたあと、出口へと向かう途中で戦士が「本当にそれだけで大丈夫なのか」と仲間に問いかけた。
「問題ないさ。今回は様子見だからな」
さらりと答えた剣士のセリフに、老魔法使いの言葉が続く。
「発見されたばかりのダンジョンは仔細が分からぬでな。無理は禁物。深部の探求は無謀な若者らに任せておけばよい」
そうして彼らは入ってきたときと同様、静かに店を出ていった。
開いた扉の向こう側には、中世欧州風の家々が建ち並ぶ町の景色がチラリと見えた。彼らが目指すのは先のパーティーと同じダンジョンだろうか。
二組のパーティーのようすが脳裏に甦ってきて、少し気分が沈んでしまった。
「なんか、ちょっと……がっかり、かな」
思わずそんなセリフが口からこぼれ落ちてしまうほどに。
「何がだい?」
お気に入りのクッションの上でくつろいでいた看板猫のクロが、わずかに頭をもたげて訊いてきた。
「んー…………想像と違ったから、だと思う。勝手に期待して、勝手に裏切られたような気分になっちゃった。あの人たちが悪いわけじゃないのにね」
反省しつつ、正直に吐露する。
すると、ああ、なんだそんなことかとクロが苦笑した。
「琴音が抱いているイメージとは少し違うかもしれないけど、冒険者たちが魔物や魔族を探して戦うのは、大半が自分のためだからね」
ズバリと核心を突く一言だ。
「つながっている世界の中には人の国が魔族に滅ぼされそうになっている地域もあるから、そういうエリアの戦士たちは国防第一だけど。そのほかの星の数ほどいる戦士たちの大半は名を上げたいとか、一攫千金とか、夢とロマンを追い求めて旅に出た連中だから冒険者と名乗ってる」
「まぁ、そうだよね」
「最初のうちこそ目的のために無茶もするけど、長年キャリアを積んだ冒険者たちほど職業的な立場でリスクを回避するのは当然だと思うよ。その方が生き残れるから」
「シビアな話だなぁ」
「漁師が潮の流れが速い海や、岩礁の多い浅瀬に船を出して漁をするのと似たようなものかもね。他人からは無謀に見えても、知識と経験を活かして必ず帰れると自負しているからこそ船を出す。そのおかげでボクたちが美味しい魚を食べられるのと同じように、彼らの動機が多少利己的だったとしても、巡り巡って結局は人々の腹を満たしたり、災いから町を救ったりしているんだ」
「え!? 魔物って食べられるの?」
「世界によって異なるね。文化の違いもあるし、存在する魔物の種類にも差があるから」
「なるほど」
欧米では昔、生魚を食さなかったというし、キャビアは食べるのにイクラは全部捨てられていたと聞いたことがあるから食文化の違いは影響大かもしれない。だとすると、食べる地域では魔物退治よりも狩りの要素が強くなるのではないだろうか。
獲物を狩って生業とするなら、冒険者というより狩人とかトレジャーハンターと呼ぶ方がふさわしい気もするけれど。それでもやっぱり未知なるものに立ち向かうのは恐ろしいから、冒険者という呼び名で自分たちを奮い立たせているのかもしれない、なんてことを思ったりした。
「…………ちなみに、先に来た四人組のパーティーは」
「船の底に穴が開いても運が良ければ生きて帰れる」
「……運も実力のうちって言うしね」
「そうそう」
(まぁ、わりと運は良さそうだったから大丈夫……かな?)
彼らが無事に戻ってこられるように、改めて祈っておこう。
「さて、それじゃあ少し休憩しようか。今日は杏のジャム入り紅茶にしよう。ジンジャークッキーもあるよ」
「お、いいね」
わたしとクロは次のお客様が来店するまで、しばし甘い香りのお茶で喉を潤した。
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