第25話「合わせ鏡」③


「ねぇ見て、お姉さま。この鏡とってもきれい」

「またあなたはそんな物ばっかり」

 その日の午後にやってきた若い女性の二人連れは、中世貴族のご令嬢のような華やかなドレスを身に纏っていた。どうやら姉妹のようだ。


 姉は入店してからずっと魔導書の棚の前にいるが、妹は店内をあちこち歩き回り、今日入荷したばかりの合わせ鏡を手に取った。

「店員さん、こちら試してみてもいいかしら」


「どうぞ」

(ぜひぜひ! わたしも使うところを見てみたい)

 ちょっとワクワクしながらカウンターから出て、近くへと歩み寄っていく。


 女性が手鏡を開き、それぞれの持ち手を握って自身を映すと、まるで手品師が机の上でカードをサッと一列に広げてみせるように、鏡面が連なりながら横へと広がっていき、やがてそれはふわりとした光の環となって彼女をぐるりと取り囲んだ。

(おおおっ、魔法って感じするわ)


「あら、やっぱり面白いわ。映っているのは確かにわたくしだけれど、左右どちらも少し違うみたい」


 彼女の言葉に惹かれて横から覗き込むと、確かに右は顔立ちもスタイルも今と同じで見たままだけれど、年齢がもっと上のようだ。今よりも落ち着いた大人の女性という印象を受ける。


(まるでこっちが理想の側みたいだけど……)

 右側が真実の姿ということは、無邪気を装っていても実際の内面は大人びているということだろうか。


 逆に左の鏡には現在と変わらぬ年齢の女性が映っている。今はゆるく流れている巻き髪をきっちりと纏め上げ、頭上に美しいティアラをいただいた凛とした姿だ。絵画に描かれる貴婦人そのものといった様子は、確かに良家の娘の理想かもしれない。


「左側はご自身の理想の姿だそうですよ。今でも充分お美しいですけど」

「ふふっ、ありがとう。確かにこの姿はわたくしの理想そのものね。若い頃のお母さまにそっくりだもの」

 彼女は満足そうに鏡を下ろし、重ね合わせた。


 そんな妹を、書架の前に佇んだままの姉が呆れた声で呼ぶ。

「マリー、遊んでないであなたも早く手伝って。わたくしたちは研鑽を積むための魔導書を探しに来たのよ。そうでなければこんな店……くだらない道具など見るのはおやめなさい。どうせ使わないんだから」


「たまにはいいじゃない。それにほら、この意匠めずらしいと思わない? 素敵だわ」

「まったく。あなたって、いつもそう」

 二人ともドレスに負けず劣らず美しい容姿だけれど、どうも性格は正反対のタイプらしい。


「お姉さまこそ、たまには学問以外のことにも目を向けた方がよくってよ。おしゃれだってもっとすればいいのに」

「……必要ないわ」

「そうかしら。わたくしはそうは思わないけど」


 注意深く見てみると、確かに明るく無邪気な笑顔で話す妹はドレスの色に合わせた髪飾りやリボンを付けているけれど、姉の方はあまり飾り気がない。髪も巻いていないし、紐でひとつに纏めただけ。それでも服にレースやフリルが付いているから、わたしの目には充分派手に映るけど、同じような人たちと並んだら地味で素っ気なく見えてしまうかもしれない。

 顔立ちはほぼ同じで、年齢も近そうだから、双子かと思うほどよく似ているのに。

 まるで正反対の二人だ。


「そういえばね、第三騎士団の団長をなさっているアディンセル家のご長男が花嫁候補を探していらっしゃるそうよ。先日のお茶会はその噂でもちきりでしたわ。お家柄も申し分ない上に、たいそうな美男ですものね」

「…………そう」

 話しかけられても姉は書物から顔を上げない。


「お姉さま、子供のころあの方と親しかったのではなくて?」

「マリー!」

 耐えきれないといった表情でパタンと音を立てて本を閉じた姉が、苛立ちを滲ませた声を絞り出した。

「いい加減にしてちょうだい。わたくしは、本を選びたいの」


「ごめんなさい」

 妹は悪びれず、ひょいと肩をすくめて詫びる。

「じゃあ、この手鏡はわたくしがいただいていくわね。お姉さまにも貸してさしあげますから、いつでも好きに使ってくださいな」

 そう言うと、彼女はカウンターで支払いを済ませてから、姉の元へと戻っていった。


 姉はしばらくの間ぶつぶつと小声で文句を並べていたが、それ以上妹に構うことなく、五冊の魔導書を選んで購入していった。



 合わせ鏡が返品されたのは、それから十日ほど経った日のことである。



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