第24話「合わせ鏡」②
夢乃屋は閉店時と同様、開店準備も超ラクチンなので助かっている。
モップで棚の埃を払ったり、軽く床を掃いたりする程度だ。(ちなみに掃除用の魔道具という物もあるんだけど、わたしは魔力がないのでそれを使用できない。よって掃除はすべて手動なのだ。他が楽ちんなので、モップ掛けぐらいいくらでもやりますけど)
代金のやり取りに関しても釣銭を用意する必要がない(受け取った金銭は全部どこかへダイレクト送金されて手元に残らないし、釣銭がある場合は自動で金庫に出てくる)ので、わざわざ銀行まで出向く必要もない。面倒な手間はいっさいかからない、実にありがたい店だ。
その日新たに入荷する品をカウンター奥に設置されている戸棚(これ転移装置ってやつなのかな)から取り出して、確認しながら店頭に出すのが一番主な作業かもしれない。
「えーっと、今日の入荷は……」
というわけで、今日も道具類と一緒に入っていた伝票を読み上げながら、商品の数と品名をチェックしていく。
「お香とお札のセットが三つ、薬草の追加が五束。魔導書が三冊。へぇ、結構古そうなやつじゃん。希少本かな。……あとは、中身が冷めないお皿とマグカップ。いいなぁ、便利そう。あ、こっちは取り寄せを頼まれてたミスリルの盾ね。それから……夢と真実の合わせ鏡?」
最後に出てきた品は、一見ごく普通の合わせ鏡だった。
黒塗りの表面には美しい錦絵のような図柄が描かれていて、部屋に飾っておいても良さげな品だ。
(どれどれ)
試しに手に持ってみる。
蓋のように重なっている方にも鏡が付いているので、片方を手前でかざし、もう片方の手を後ろに回してかざせば、正面からの姿と背後から見た自分の姿を同時に確認できる。編み込んだ髪型が気になるとき、服の襟などを見て直したいときなどにとても便利だ。
「……うん、普通」
大仰な名が付いていることだし、魔道具だから本来もっと別の使い道があるんだろうけど、魔力がないわたしにとってはごくごく普通の鏡でしかない。
(こういうとき魔力がないのはちょっと残念かなぁ)
試すことができないので、なかなか魔道具という実感を得られないのである。本当はどうやって使うんだろうと考えながら、鏡を握ったまま左右に手を動かしていたら、階段から降りてきたクロがこちらを一瞥して言った。
「へぇ、面白い品が入ったね」
「そうなの?」
「うん。使う人によってすごく差が出る商品だよ」
意味深なセリフじゃないですか。
「どういう意味?」
「カタログで確認してごらん」
「はーい」
そうでした。こういうときクロは安易に答えを教えてくれないのだ。
ちゃんと自分で確認しないと。
わたしは届いた品物を棚に収めてから、カウンターに戻り、カタログを広げてみた。こうするとカタログに新しい商品も追記される仕組みになっている。
(自動アップデート機能、超便利だわ。さすが魔法のお店)
「鏡……鏡…………あった、本日入荷の新商品。これだ」
カタログに載っているのは品名と使用方法、その効果。そして最も大事なのは使用する際のリスク、注意事項だ。他の商品同様、本日入荷した鏡にもそれが記されている。
わたしはそのページにじっくりと視線を落とした。
≪商品名:夢と真実の合わせ鏡≫
使用方法及び効果:左右の鏡を同時に持ち、両方の鏡面を自分に向けると、右の手鏡には噓偽りのない自分自身の姿が、左の手鏡には思い描く理想の自分が映し出される鏡。ただしそれは現時点で抱いているイメージであり、年月が経ち、本人の理想が変化すれば映し出される映像もまた変化する。
注意事項:使用者の性格によっては中毒性が顕著であると報告されている。長時間の使用、または短時間であっても短期間内での度重なる使用は推奨できない。使用後、最低三日間または可能であれば一週間程度は間を空けて使用すること。
「へえぇ~、理想の自分の姿か……」
パッと思い浮かばないけれど、いったいどんな姿が映し出されるのだろう。
(興味あるけど、こればっかりはなぁ)
無いものは無い。仕方がないのだ。
「にしても……薬みたいな注意事項だね。用法用量を守ってご使用ください、みたいな」
「実際、注意しないといけないタイプもいるからね」
クロの言葉には妙な説得力があった。
「単なるイメージの投影なのに?」
理想の自分にうっとりしちゃって現実を見なくなるってことなんだろうか?
わたしにはすぐにピンとこなかったけれど、後にクロの言葉の意味を理解することになる。
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