第19話「忘れじの花」①
魔道具店の主になって一週間。
奇妙な客の訪れにも少しずつ慣れてきたように思う。
「い、いらっしゃいませ」
例えば人の形はしているけれど影だけだったり、上半身はごく普通の人間なのに下半身が四つ足だったり。この世界ではありえない姿を目にすると、思わず息を吞んでしまうこともあるけれど、できるだけ態度には出さず笑顔で接客するよう心がけている。頬のあたりが多少引き攣ってるのは気のせい、気のせい。
それに、どうしても現実感が希薄になるので、毎日どこかのアトラクションで働いているような気分になる。
とは言っても、やはり扉を開けて入ってきたお客様が人の姿をしていると、ほっと安堵するのも事実だ。店主である琴音と同じ世界で暮らしている術師はもちろん、よその世界からの来訪者であっても、旅の魔法使いや勇者パーティーの一行などは注文の品が比較的分かりやすい上に、ビジュアルインパクトが少なめで心理的負担がないので、大変ありがたい。
今日も開店早々、二組ほどそうしたお客様の来店があった。
「ちょっとケビン、あんたなんで新しい剣買おうとしてんの。そんなお金ないわよ」
買い物の最中、仲間の一人が壁に飾ってある剣に手を伸ばしたことにいち早く気づいた魔法使いの少女が、眉を吊り上げて怒り出した。
「いや、だって俺の剣、結構使い込んでて刃こぼれしてるからさぁ」
剣士の青年は少女の剣幕に押されながらも、手にした剣を戻そうとはしない。
「だったら研ぎに出しなさいよ! なにも新しいの買うことないでしょ」
「でもこれ、すげーカッコよくない?」
「知らん! ポーションだって安くないのよ。余分なお金なんてないわよ!」
「えぇ、ちょっとぐらいいいじゃん」
(恋人かな。いや、この甘えた感じ、どっちも若いけど夫婦だったりして)
二人のこうした小さな諍いはきっといつものことなのだろう。他の仲間二人は各々気になる商品を眺めていて、間を取り持つ気はなさそうだ。
もちろん店主である琴音もお客様の買い物に口を出すことはないので、何事も起こりませんようにと祈りながら横目で静観していたのだが。
「すみませーん、これっていくらですか?」
「ちょっと! 待ちなさいったら!」
よほど気に入ったのか、青年が剣を大事そうに抱えたままいそいそと値段を訊きに来たので、魔法少女の怒りがさらにヒートアップしてしまったようだ。
「アンタあたしの言うこと聞いてたの!?」
「いっつも我慢してんだから、たまにはいいだろ!」
「よくないわよ!」
彼女の叫びに重なって、カーンとゴングの鳴り響く音が聞こえた気がした。
本格的バトル勃発。でも、カウンターの前では止めて欲しい。
「だいたいね、もしポーションが足りなかったら死にかけるのはアンタなのよ」
「ならねーよ。最近レベル上がってるから大丈夫だって」
「そんなこと言って、ついこの間、魔物に捕まって溶かされかけたのどこの誰でしたっけ?」
「はあぁっ!? あれはおまえが……」
投げ合うセリフの応酬がどんどん熱を帯びてくる。
(これ、やばいな。どうしよう)
内心焦り出した店主に、仲間の僧侶が「騒いじゃってすみませんねぇ」と小声で詫びてきた。
「あの二人、いっつもああなんですよ。でも、どうせすぐ仲直りしますから」
そんな僧侶の両腕には抱えきれないほどの惚れ薬の瓶が。
(こいつ棚にあった在庫全部持ってきたな)
惚れ薬といっても依存性、常習性のない媚薬程度の代物だが、そんなに立て続けに使ったらおそらく別の天国に直行だろう。
「ちょっと、そこの腐れ坊主!」
そうはさせじと、すかさず罵声が飛んでくる。
(口喧嘩の最中でも気づくとは、なかなか目ざといじゃないの魔法少女)
「僧侶です」
「アンタまでこっそり何を買おうとしてんの!?」
「いやぁ、ダンジョンを攻略する前にちょっと英気を養おうと思って」
「色街じゃなくて、魔界の洞窟で精気吸われてこい」
「ひどい」
(賑やかなパーティーだなぁ)
あと一人の仲間はどうしたと視線を巡らせれば、小柄な戦士が店の端に座り込んで念入りに防具を検分している。
(…………ダンジョンなんか入って大丈夫かな、この人たち)
それから三十分近くケンカしながら、ああでもないこうでもないと商品を物色し、結局彼らは数種類のポーションと護符付きのショートソードを一本購入していった。
「ありがとうございました」
ダンジョン攻略、上手くいきますようにと祈りながら背中を見送る。
すると入り代わりに、また別の冒険者パーティー五名が入店してきた。
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