第13話「言霊の壺・前編」③
「すみませーん」
ワイワイとはしゃぎながら棚の商品を物色していた女子高生の一人がカウンターにいる私を呼んだ。
「あのぉ~、これっていくらですか?」
長い巻き髪の子が指差していたのは、表面に埋め込まれた石によって美しい装飾が施されている蓋付きの小さな(手のひらサイズくらいの)壺だった。
よりによって言霊の壺かぁ…………
「えーっ、レナそんな物欲しいの?」
「だってぇ、きれいじゃん? キャンディとか入れて置いといたら可愛くない?」
まぁ本当に飴とかお菓子だけ入れておくなら別に問題ないんだけど。
「そちらは35万円になります」
「え、高っっっっっ! マジで!? 高っっっ!」
「買う人いるの?」
いるんですよねぇ、これが。
「じゃあさ、こっちの人形は?」
次に指さしたのはドールだ。こちらも小さいサイズで、リカちゃん人形よりひと回り大きい程度。でもお値段はそこそこ。
「こちらは50万円ですね」
「うっそ、超高級品ばっかりじゃん」
「マジで~!?」
このとき巻き髪の子と、その隣にいたショートボブの子が軽く目配せをしたのを私は見逃さなかった。
「あ、じゃあ店員さん、あっちに飾ってあるリースとかもすごく高いの?」
今度はショートボブの子が棚の反対側の壁に私を引っ張っていく。
(これは……ひょっとして……)
移動しながらも私は後方にいる他の子たちの動きを気にしていた。
リースの値段を答えながら、チラリと後ろを振り返る。すると今度は壁側に設置されている棚の下段を指して、値段を訊かれた。要するに視線を逸らしたいのだろう。
(あー、やる気だな)
まったく、魔道具を万引きしようだなんて。
そのとき後方で(つまりレナって子がいる棚の方で)クロの鳴き声が響いた。
「ニャア!」
さすがに人間の言葉じゃなくて、ちゃんと猫の鳴き声だ。
でも私には何を言っているのか分かる。あの子たちを叱っているのだ。
「残念ながら、この店にはあなたたちが買える商品はないと思いますよ。常連さん以外にお渡しできる品はほとんど置いておりません。冷やかしはお断りですので、どうぞお引き取りください」
最初に隣の子を見て、次に棚越しに立つ他の子たちにも視線をやりながら、よく通るように腹からしっかり声を出して、そう伝えた。この子たちを危険から遠ざけるために。
隣に立つ女子高生は一瞬、忌々しそうに面を歪めたけれど、すぐにわざとらしい笑みを張りつかせて「やだ、こわーい」とケラケラ笑った。
「なに、このババア。超失礼!」
「すっごいこと言うねぇ」
「猫までこっち睨んでるし。シッシッ、あっち行ってよ!」
「やな店。もう帰ろ、帰ろ~っ」
捨て台詞を残し、入ってきたときと同様にドヤドヤと足音を立てて女子高生たちが店から出ていく。ところが、最後の一人が出ていこうとした瞬間に、バタンと大きな音を立てて扉が閉まった。
(あ、捕まっちゃったか)
「えっ!?」
逃げ損ねた子がびっくりして棒立ちになっている。そりゃそうだ、自動ドアでもない木製の扉が勝手に閉まっちゃったんだから。
「え……ちょっと、なに?」
取り残された子が慌てて扉を開けようとしてるけど、ガチャガチャとノブが鳴るだけで一向にドアは開かない。
なるほど。お会計を済まさずに持ち出そうとすると、こうなるのか。
「ねぇ、開けてよ! 開けてってば! レナ! リオ!?」
ついにはドンドンと拳でドアを叩き始めた。
扉は内開きだから先に出た子が閉めたわけじゃないんだけど、驚きと焦りでそう思っているのかもしれない。
(あるいは……いつも面白半分にやられているのかな)
「そこ、鍵はかかってないよ」
私は彼女の後ろから静かに声をかけた。
胸元あたりまで伸びた黒髪ストレートの子が怯えた表情で振り返る。
「……開けてください。ここから出して」
「隠しているものを返してくれたらね。何か持ってるんでしょ」
「なんのことですかっ!? 言い掛かりは止めてください!」
カバンをぎゅっと抱きかかえて、そのセリフ言いますか。
「万引きは窃盗罪、れっきとした犯罪だよ」
「警察を呼ぶの?」
「ううん、呼ばない。万引きで検挙してもらうには、店を出てから捕まえないといけない決まりだしね」
「……だったらもう帰っていいでしょ」
おお、露骨にホッとしたね。でも残念。
「それは無理。あなたのためには警察に来てもらった方が断然いいと思うんだけど」
「ハッ、お説教!? 何様のつもりよ」
「そうじゃなくて…………実はこのあと、どうなっちゃうのか私にもよく分からないのよ」
「は!?」
「無事に帰してあげられるといいんだけど」
「えっ……嘘」
途端に青ざめた彼女に、違うよ、と慌てて手を振る。
「奥から怖い人が出てくる的なことじゃなくって」
うちの店、反社とのつながりはないから。悪魔や魔物とのつながりはあるけど。
「ただ、さっきも言った通り、今その扉には鍵がかかってないのよ。もちろん自動ドアでもない。でもあなたの目の前で勝手に閉まったでしょ。だから……このままだとずっと出られないんじゃないかと思うの」
「ど、どういう……こと?」
あ、ホラー映画に出てくるキャラみたいな表情になった。
ですよねぇ。私もほぼほぼそれに近い展開しか予想できないから、すごく不安。
「ねぇ、この子、どうなるの?」
すると猫が人語で答える前に、再びバタンと音を立てて、目の前の扉が開いた。
咄嗟に女の子が店の外に逃げ出そうとしたんだけど――――
「ひっ!」
ドアの向こう側の光景があまりにもインパクトありすぎたせいで、大きく後ろに飛びすさると、そのままぺたんと腰を抜かしてしまった。そして、退がった拍子に勢いよくしがみつかれた私も、同時に床に膝をついた。
「うげっ……」
今このドアとつながっているのは、いったいどこの世界なのだろう。薄暗く、おどろおどろしい感じに荒廃した景色の中、明らかに人間じゃない、というかどう見てもデーモンっぽいやつが立っていて、ガツガツと何かを貪り喰っている。
(き、気色わる~~~~~~~~~~!!!!!)
総毛立ち、硬直している私たちの視線に気づいたのか、デーモンもどきがふとおもむろに振り返った。大きく裂けた口元からは、まだ咀嚼されていない何かの足がぶらーんと垂れ下がっているのが見える。
「ひいぃっ!」
思わず女子高生ちゃんと二人、ひしっと抱き合って悲鳴を上げてしまった。怖すぎる。エグすぎる。刺激強すぎ。
(もういいから!)
私の心の声が届いたのか否か、ここでまた勝手にバタンと扉が閉じた。まったく、脅しにしたって限度があるでしょ。私まで一緒に心臓煽っちゃって、心拍数爆上がりだわ。
「あ……あれ……」
ガクガク震えながらしがみついてくる女子高生はまだ顔面蒼白。
(あ、涙目。ってか、泣いてる…………うん、泣くよね)
あまりの狼狽ぶりに、背中をそっと擦りながら思わず尋ねた。
「だいじょぶ?」
いやまぁ、大丈夫なわけないんだけど。
「…………」
ストレートヘアーを揺らしながら、彼女の頭がふるふると力なく横に揺れる。
そして――――そのまま、がくりと力なく頽れ、私の肩にもたれかかってきた。
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