第12話「言霊の壺・前編」②


「もしも、そういうお客さんが来たら注意して」


 引継ぎの時間がほとんどなかったせいで、開店前に教えてもらったのは金銭や商品の受け渡し方法ぐらいで、その他の細かい注意事項は聞かされてなかったんだけど、初日の営業を無事に終えたあと、これだけは覚えておいてとクロに言われたのだ。いつもより強い口調で。


 店の主として必要なことだから、と。


「どうして?」

「昼間、話したでしょ。普通の人間の方が天界や魔界の影響を受けやすいって」

「ああ……うん」


 伯爵が来店したあと、確かにそんな話を聞いた。


『鋭敏な感覚の持ち主は無意識にそれをキャッチしていたりするし、欲望や嫉妬、疑念、不安などが小さな魔を呼び寄せたりもする』と。


「つまり影響を強く受けている人だから用心しろってこと?」

「まぁ、そうだね」


 クロは考えを巡らせながら言葉を継いだ。

「例えば……琴音は丑の刻参りって知ってる?」


「知ってるよ。夜中に神社までこっそり出かけて藁人形にでっかい釘を刺すやつでしょ? テレビで見たことがある。実際にやってたかどうかは知らないけど」


「昔から人型の依り代を使って呪詛を行うのは、わりとポピュラーな方法だよ」

「マジか……」


「邪念、怨念、欲望。負の感情に取り憑かれた人間がそういう儀式を行うことで『魔』の力を引き寄せていたんだ」

「魔の力……」


「魔力があるって聞くと、琴音たちは童話やファンタジーの書物に出てくるような華々しくてかっこいい魔法使いが放つものをイメージするかもしれない。実際あれができる世界の人たちもいるし、ボクらのお客さんは大半がそういう人たちだしね」


 でも、とクロの眼差しが鋭さを増す。

「琴音がいるこの世界は違うよね。生まれたときから魔力操作の訓練を受けているわけでもない。そもそもどういうものが魔力か実感として、知識として知ることもない。なのに、しっかり影響は受けてしまう。特にマイナスの力を」


「怒りとか、恨みとか……?」

「そういう感情の方が強いでしょ。この世界の一般人が引き寄せる魔力は、正よりも負の力の方が圧倒的に強い。ちなみに正の力とは祈りみたいなものだね。お百度参りとか」

「はぁ、なるほど」


「効力はすごく弱いけど、神社に参拝したり厄除祈禱してもらったりっていうのもそれに含まれるかな」

「へぇ……」


 理屈はなんとなく分かったけど、それが店主として注意すべきこととどう関係するのか、今いちピンとこない。結局、何をどう注意すればいいんだろうと内心首を傾げていると、ピンとこないって顔してるね、とクロに嘆息されてしまった。


「じゃあ具体的に言おうか。この近所に生まれつき他の人間より強い魔力を持っている人が住んでいたとする。こっちの世界で言うと、霊感が強いとか霊力があるとか言われるようなタイプの人だね。その人が何かをきっかけにして負の力を増大させてしまい、誰かを呪ったとする。元々の力が余程強かったり恨みが深い場合は、それだけでも多少効力はあるだろうけど、修行や訓練を受けてない人が作った藁人形を使ったところで、そこそこの影響しか出ない」


「そこそこは出るんだ」

「まぁ時と場合、相手にもよるけど」


 どちらかというと呪詛をかける側の負担の方が大きいかな。人を呪わば穴二つ、負のパワーは自分にも跳ね返ってくるから、といつもより大人びた口調でクロが言葉を重ねる。


「でもね、そんな人物がこの店の魔道具を使ったらどうなると思う?」

「あ…………」

 この世界の人ではない誰かが、人ではないもののために造った魔道具。

 それが、この店の商品。


『力だけあっても、使い方を知らないと意味がない』とも言われたっけ。

 意味がないだけならまだいい。


「……とんでもないことが起こる可能性がある、ね」

 ようやく私も腑に落ちた。


「選ぶ道具にもよるだろうけど、正しい使い方を知らないまま負の力を注ぎ続けたら破滅のリスクが高くなる。本人はもちろん、その周囲も」


 意図せず、無自覚なままに。

 世界を巻き込む災厄を生んでしまう可能性だってあるかもしれない。


「要するに、うちの商品が魔道具だってことをきちんと理解していないお客さんには売っちゃダメってことだね」

 そういうこと、と黒い頭が頷いた。


「強い力を得られる道具は諸刃の剣、きちんと扱える者だけがそれを手にする資格を持つんだ」

(責任重大じゃん……)


 その夜、クロの言葉を私は胸に刻んだ。


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