第6話「影を失くした青年」

 次に来店したのは御者の格好をした男性で、汚れ防止の刻印が施された伸縮可能なカーペットを購入していった。

 外出先でご主人の靴や衣服を汚さないようにするための品を探していたらしい。最初に要望を伺ったときにはあれでもないこれでもないとカタログをひっくり返して大騒ぎだったけれど、見つけた一品にお客さんは大満足。


 ペンライトぐらいのサイズの物をポケットから取り出すだけで、ハリウッドスターが通るような真紅のカーペットがパッと道に広がるんだから魔法ってめちゃくちゃ便利だよね。


 しかも汚れないから、そのまますぐ仕舞えるなんて最高すぎる。未来からやってきた設定のネコ型ロボットもきっとびっくりだわ。


「こんな便利道具も扱ってるんだね。これ普通の店で売り出したら、すっごい騒ぎになりそうじゃない!?」

「魔力がないと扱えないけどね」

「……あ、そっか」


 基本のキを忘れておりました。


「でも確か、一般人でも魔力がある人は結構いるって聞いたような」

 だから私がめずらしいのでは?


 すると、クロは首の鈴をちりんと鳴らして頷いた。

「まぁそうだね。ただ力だけあっても、使い方を知らないと意味がないから」


「道具を扱えるかどうかは別の話か」

 危うくのび太を量産してしまうところだった。




 そして三人目のお客さんは日が暮れる時刻になってやってきた。


 これまでと違って、その人物は入り口付近に立ち止まったまま、戸惑ったようすで店内をあちこち見回している。どうやら常連客ではなさそうだ。


 少し根暗そうな男子大学生、に見える。

 服装もごく平凡。

 まさか間違って入ってきちゃった普通の人か、と思ったんだけど。


「あのぉ……すみません」

 その人が申し訳なさそうに口にした注文は全然普通じゃなかった。

「影を捕まえる道具をください」


「………………」

 私は黙ってクロに視線を移した。


 気づけば近頃すっかり毛艶のよくなった美しい黒猫が、カウンターの端でゆっくりと身を起こす。


「あるよ」

 あるんかい。


 ただし、あんまり使い勝手がいいものじゃないんだけど、とつぶやきながらクロは青い宝石みたいな瞳で青年をじっと見据えた。


「……呪詛をかけられたんだね?」

「ええ」


「期限は?」

「一週間です」

「結構短いね」


 私には全然なんのこっちゃ分からないけど、会話が成立しているから二人はちゃんと通じ合っているのだろう。


「物は試しで使ってみるかい? 店主、方位磁石のページを探してみて」

「……分かった」


 なぜかクロはいつものように琴音と名前では呼ばず、私のことを店主と呼んだ。


 なにか理由があるのかな。後で訊いてみよう。そう思いながらカタログでページを検索する。


「えーと、方位磁石…………魔力探知増幅用、魔石探索用、ダンジョン出口探索用!? それから……自分探し羅針盤……失われた自分自身の一部を取り戻すためにお使いください、だって。これかな?」


 ネーミングセンスがすごい。用途もすごい。誰が考えたんだ、これ。っていうか、作れちゃうのがすごいわ。


「それをお願いします」


 青年がやや安堵した表情で告げたので、私は棚から商品を取ってきてカウンターに置いた。ちょうど大人の手のひらぐらいのサイズの方位磁石だ。ただし肝心の方位を示す針が付いていない。代わりに何かの文字が描かれた盤の真ん中に大きな石が埋め込まれている。これも魔石の類だろうか。


 中央の石はさっき伯爵が持ち込んだ瑠璃色のものと違って黒曜石っぽい見た目だったけど、青年が磁石を手にした途端、きれいに透き通って淡い光を放ち始めた。


「おおおっ……魔石っぽい」

 思わず感嘆の声を上げたら、っぽいんじゃなくて上等の魔石を使ってるから、とクロに小声で窘められた。

 ……ハイ、すみません。


 その光に照らされている青年の足下に影はない。

(物静かで控えめそうな感じの人なのに、誰に呪われたんだろう)


 石が放つ輝きはやがて一本の光の矢となり、まっすぐに一方向を示し始めた。羅針盤の針の代わりだ。


「これで、なんとかなりそうです。ありがとう」


 きっとその先に彼が探し求めているものがあるのだろう。

 青年はじっとその方向を見据えてから、会計を済ませ、店を出ていった。


 どうか無事に危機を乗り越えられますように。


「本当にいろんなお客さんが来るんだねぇ」

「なかなか面白いだろう?」

「……うん、そうだね」



 魔道具店営業初日、この調子ならなんとか無事に乗り切れそうです。

 でも困ったことが一つ。


「閉店時間まであと三時間か…………お腹がすいちゃうなぁ」


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