第5話「式神のお使い」


 最初のお客さんが帰った後、しばらくの間、店内に足を踏み入れる者はいなかった。


 そこで私は前の店主のマダムと同じようにカウンター奥の椅子に腰かけ、たっぷり淹れたハーブティーを楽しむことにした。

 キッチンにはいろいろな種類の茶葉が揃っていて、選ぶのが楽しい。今日はローズヒップにした。お茶請けは近所のスーパーで安売りしていた昔懐かしい動物の形をしたビスケットだ。


 とは言え、ただお茶を飲んでぼうっとしているのも暇なので、まずはクロに勧められた通り、顧客名簿に目を通しておこう。


「えーと、さっきのイケオジの名前は…………あった、ビフロンス伯爵。これまでに購入された品物は薬研……って確か、草をゴリゴリすり潰して薬を作る昔の道具だよね。それから宝石の研磨機!? そんな物まで売ってんの?」


 記録を眺めながら、無意識に「へぇ」とか「ほぉ~」なんて声が出てしまう。


「新しいお香と香炉のセットを定期購入しているのはダン……ガン、ダルヴァ様?」

 名前はきっと覚えられないな、と半ば諦めた。

 外国人の名前は苦手なのだ。


 そうしてため息を漏らしつつ帳簿を捲っていると、やがて再びドアベルがちりんと鳴った。


「いらっしゃいませ」

 今度こそ怖い人じゃありませんように、と祈りながら立ち上がる。


 二人目のお客さんは俯き加減で歩く和装の女性だった。白い着物に白い袴、一つにまとめた長い髪。神社の巫女さんのようだ。年齢はよく分からないけど、わりと若そうな感じ。神主さんにお使いでも頼まれたのだろうか。


 そのお客さんも伯爵と同じように店内を見回すことなく、まっすぐカウンターまで歩いてきたので、まずは注文を伺うことにする。


「何かお探しでしょうか」


「ご祈祷に使用する札五枚と墨を一つ」

 予想より低い声音で、素っ気ないほど端的な答えが返ってきた。


「畏まりました」

 私は慌ててカタログを開き、店の棚から品物を出してきて女性客に見せた。


「こちらでよろしいでしょうか」

「はい」


「合計で3万5千円になります」

 この店の商品、どれも結構お高い。魔道具の市場価格なんて調べようもないから、これが適正価格なのか、はたまた他と比べて高いのか安いのか、そもそも他にも同じような店があるのかさえ私には不明なんだけど。


 巫女さんはその値段に特に驚いたようすもなく、懐から巾着を取り出し、カウンター上のトレイに紙幣を置いた。


 財布ではなく巾着。時代劇みたいだ。

 エコバックも持っていないようなので袋要りますかと尋ねたら「心配ない」とだけ答えて、左右の袂に札と墨の壺をそれぞれ入れて帰っていった。少しも足音を立てずに。


「今のは式神だね。どこかの術者が使いに出したんだろう」

 猫ベッドでくつろいでいたクロが猫らしい仕草で伸びをしながら教えてくれた。


「式神?」

「術者が紙の人形を依り代にして使い魔を使役しているんだよ」

「使い魔……ヤバい奴?」


「いや。単なるお使いだから。ちなみにこの国で一番有名な術者は安倍晴明かな」

「さすがにその名前は知ってるわ。神社があるし」

「そういう系統だと思っておけばいいよ」

 当分慣れないと思うけど、人の姿で来てくれるだけまだマシかな。


「……客層の幅が広いんだね」

「この店は老舗だからね。めずらしい場所にあるし」

 やはり他にも店舗はあるのか。


「街中じゃなくて住宅街にってこと?」

「いろいろな世界とつながる『狭間』に位置しているって意味さ」

 今度はオカルトやファンタジーというよりSFみたいになってきたぞ。


「だから人間界で暮らしている術者だけでなく、めずらしいお客さんもここに足を運んでくださるんだ」

 うーん、分かるような、分からんような。違う次元から来てる的なことなのかな。この世界に魔王軍いないし。……まぁどうせ深く考えても怖くなるだけだから、このあたりで止めておこう。


 私はその後もしばらく顧客名簿や商品カタログとにらめっこを続けた。


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