第4話「伯爵様ご来店 (初めてのお客様)」②


「……試したって、私を?」

「うん。この店の主に相応しいかどうか、採点しに来たってところじゃないかな」


「最後ちょっと怖い感じの笑顔だったんだけど……どういう人?」

「伯爵様だよ」

「だから、それはあだ名でしょ?」

「まさか。お客様をあだ名で呼ぶわけないじゃないか。正式な階級だよ。魔王軍の団長を務めているビフロンス伯爵」


「…………まおうぐん?」

「そう、魔王軍の団長。とても厳しくて怖い存在ではあるんだけど、薬草とか石に関する知識が豊富で、昔からこの店のお得意様なんだ。新しい薬品の開発とかに使用する魔道具なんかもよく購入されているから、一度帳簿を覗いておくといいかもね」


「…………はぁ」

 ダメだ、脳がバグって受け付けない。無理。


 ファンタジーノベルズはあんまり読んだことがないのよ、私。転生もしてないし。


「あのさ。昔からってクロ……今、何歳なの?」

 とりあえず真っ先に浮かんだ疑問点をぶつけてみる。

 確か動物病院で診てもらったときは、生まれて半年ぐらいって聞いたはずなんだけど。


「さあ? 何年生きてるかなんて、もう忘れちゃったよ」

「……そう」

 まぁ人間と会話してる段階で普通の猫とは違うんだから、それもそうか。


「でもボクに名前をつけた店主はキミが二人目だよ」

 それは果たして良いことなのか、悪いことなのか。

 全然分からん。


「ここには各界からいろいろな立場のお客様が来店されるけど、基本的には店主には何もしない決まりになっているし、そもそも店内でキミに危害を加えることは不可能だから、琴音は何も心配しなくていいよ」

「それはどうも」


 店内に限定してるってことは一歩店の外に出たら危険な相手もいるってことですかねとか、各界ってどこらへんですかとか、そもそもお客さんに普通の人間っているのとか、新たな疑問や不安が次々に浮かんできてぐるぐるしている私に、クロはさらりと付け足した。


 ただまぁ、さっきみたいに少しばかり試されることはあるかもしれないけど、と。

(なんか……不穏な響き……)


「試されるって、さっきもそれ言ってたけど、私は何をどう試されたの?」

 尋ねると、クロはスッと姿勢を正して厳かに告げた。


「この店の主たる資質――――それは、魔に惑わされないことだ。初めてこの店に来たとき、キミにそう教えただろう?」


 そうだ。確か、クロはこう言ったのだ。私がピッタリの人材だと。



『この店ではさまざまな魔道具を扱うからね。よほど強い魔力の持ち主か、あるいはどんな魔法にもまったく影響を受けない魔力ゼロのまっさらな人間か。そのどちらかしかできないんだ』



「うん。私は魔力ゼロで影響を受けないってことだったよね」

 それはごくごく普通のことのような気がするんですけど。

 クロは違うと言う。


「キミたちは知らないだろうけど、多くの人間は日頃から天界や魔界の影響を少しずつ受けているんだ。鋭敏な感覚の持ち主は無意識にそれをキャッチしていたりするし、欲望や嫉妬、疑念、不安などが小さな魔を呼び寄せたりもする。特別な人間じゃなくても。いや、むしろ普通の人間の方が影響は受けやすいだろうね。だからキミたちはよく『魔が差す』という言葉を使うじゃないか」


「なるほど」


「ひとくちに魔道具と言っても用途はさまざまなんだ。祈祷や召喚のための品もあれば、呪詛に用いる物、護身用、退魔用。お守り程度の代物から武器として使用可能な逸品まで、ランクも多岐にわたっている。そういう品が集まっている場所では影響力も大きいからね。惑わされやすい人はすぐに自分を見失ってしまう」


 そう聞くと、なんだか恐ろしいな。

 私は軽くこめかみを押さえた。


「魔石ってパワーストーンのことかと思ってたわ。ネットでそう表現しているのを見かけたことあるし。魔道具っていうのも、単に占いとかおまじないに使うような物だと思ってたんだけど……」


「人が、人のために造っている物はだいたいそうだよ」

「…………」

 人ではないものが、人ではないもののために造る道具もある、と?


 私は店内の品々に視線を移して、長く、ゆっくり息を吐き出した。


 まぁ確かに魔王軍を率いる伯爵とやらに、占いやおまじないの道具は必要なさそうだ。

 あまりにも現実味がなさすぎてピンとこない内容ばっかりだったけど、ようやくじわじわ怖さが出てきましたよ。


 けれど、クロは頓着せずに話を続ける。

「伯爵が最初に見せた石には人を惑わす呪いが掛けてあったんだ。石そのものは普通の宝石だったけど、伯爵が魔力を込めて作ったんだと思う。普通の人間だったら、目にした瞬間クラッときちゃったかもしれない」


「そういえばどこかの国に、持ち主が次々に不幸に見舞われることで有名な宝石があったような」

「それは余程強力な呪詛がかかっているんだろうね」


「しかも不吉なことで有名なのに、めちゃくちゃ高額だったはず」

「不幸になると分かっていても、魅入られてしまった者はそれを手に入れたいと願ってしまうんだよ」


「じゃあ私がさっきの石に惑わされていたら不幸まっしぐらだったわけね」

「そうだね。だから、そうならない人材を選んだ。それがキミだよ、琴音」

「……それは、どうも」


 ありがたいのか、ちっともありがたくないのか。

 なんかもう訳が分かんなくなってきた。



「この仕事、勤まるかな」

 ぽつりと漏らしたつぶやきに、大丈夫だよとクロが事もなげに返した。


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