第22話「忘れじの花」④
すごいよねぇ、ちゃんと送り状まである。異世界専用の送り状。
思い当たる配達業者は、あのツナギの人たちしかいないけど。
戦士は渡された用紙に出身地である村の住所を記入すると、花瓶と送料の代金を合わせて支払った。たぶん彼が昼間しげしげと眺めていた頑丈そうな新品の鎧が一式買えそうな値段だ。
「ありがとうございました。では、こちらの品は配送の手配に回しますので」
「いや、待ってくれ」
「はい?」
「今から花を咲かせるから。それを届けて欲しい」
なるほど。花瓶をではなく、花を届けたいのか。
でも、その状態で配送可能なのかな?
「えっと……」
わたしは視線をキョロキョロ動かし、クロを探した。
カウンターの近くにいる彼に気づいて目で尋ねると、頷きが返ってきたので思わずホッと息をつく。
「はい、畏まりました。どうぞ」
わたしが促すと、戦士は両手でつかんだ花瓶をじっと見つめながら、器に魔力を注ぎ始めた。
(まさに、念を込めるって感じ)
何かを思い出しているのだろうか。
その横顔はとても真剣で、でもやさしい想いに溢れているようだ。
(きっと大切な人に届けたいものなんだろうな)
魔力が込められた花瓶からは、見る間にするすると茎が伸びていく。
あっという間に蕾ができて――――やがて開いたその花は、清流の雫を汲み取ったかのような、あるいは澄んだ青空をそのまま映し取ったような美しい青い花だった。可愛らしい五枚の花弁が星の形のようにも見える。
「…………きれいな花ですね」
「そうだろう?」
戦士がにっこりと微笑んだ。
やさしい笑顔だった。
「故郷の山に咲く花でな。年に一度、ほんの短い間にしか咲かないんだ。今年こそ村に帰って、あいつに見せてやろうと思ってたんだが……」
「恋人か、ご家族ですか?」
「幼馴染みだ。病で寝たきりになっている。五年前、俺の村は魔物の瘴気にやられて不治の病にかかる者が大勢出た。魔物自体はみんなで何とか倒したんだが、町から医者を呼んでも病は治せなくてな。どうにか手段はないものかと探すうちに、ダンジョンではどんな病も治す秘宝が見つかると聞いて仲間たちと旅に出たんだ」
「ご一緒にいた方たちですね」
「ああ、全員同じ村の連中だ。魔法使いのセシリアは母親を、剣士のケビンは妹を助けようとしている。僧侶のクリフは……あいつは魔物のせいで家族全員を亡くした。いつもふざけた態度だが、友人のために命がけの旅を続けてるのさ。秘宝はなかなか見つからないがな」
あのときは到底そんなシリアスな事情を背負っているようには見えなかったけど、何らかの事情を抱えた人がいつも深刻な表情をしているわけではないのだから、それも当たり前だ。笑っているから元気というわけではないし、友人とふざけているから能天気というわけでもない。
そもそも人間とは多面的で、常にたくさんの感情を持ち、さまざまな面を(ときには本人さえ知らずにいるようなものまで)持ち合わせているものなのだから。
「次のダンジョンで見つかるといいですね、秘宝」
「そうだな……」
最深部までたどり着くのも難しいかもしれないけれど。
「きっとこのお花、贈られた方も喜びますよ」
「覚えているといいんだが」
戦士の笑みが少し悲しげに歪んだ。
「思い出のお花なのでしょう?」
「ああ………………村が豊かで美しかった頃のな」
彼の目が遠くを。
過去を見つめている。
懐かしさと愛しさと、やるせなさが混ざった瞳で。
「では、よろしく頼む」
やがて戦士は静かに店を出ていった。
明日、彼は仲間と共に再びダンジョンに挑むのだろう。熟練の経験者たちが様子見しかしない危険な場所に、それぞれの大切な人を守るため、一縷の望みをかけて。
どうか間に合ってくれ、と祈りながら。
わたしは花瓶をそっと箱に入れ、表に送り状を貼りつけた。
送り主である戦士の名はヴィンスというらしい。
宛先はナッシュ王国トレントノ領リトルリバー村のマリア様。
品名の箇所には――――忘れじの花、と記されていた。
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