第9話「魔法の笛」③
魔道具店夢乃屋は洒落た造りの洋館だけど、一般人がふらりと入れる雰囲気ではない。
それに、どう見ても流行っているとは思えないから、仕事を始めるまではもっと暇な店だろうと思っていた。
ところが、案外そうでもないらしい。正午になって改めて店を開けると、昨日と同じようにぽつりぽつりと客がやってきた。
魔導書を買いにきたエルフはさんざん悩んだ末に、三冊の書物と降魔用の竜の爪を購入していった。
どこぞの国の貴族に仕えているという使用人風の客は、どんな料理を載せても美味しそうに見える皿をセットで購入。嬉々として帰っていったけど、あくまでも「美味しそうに見える」だけなので本当に大丈夫だろうかと一抹の不安が過ぎる。
未来の自分の姿が映し出される鏡を買っていったのは、大学生くらいの女の子。でも隠しきれなかった尻尾がスカートからはみ出てたから、実際は狐狸妖怪の類だろうか。
薬品の材料になる魔草を売りにきた子は見習いの魔法使いだって言ってたっけ。
そんな感じで忙しすぎず、かといって退屈するほど暇すぎないのはおおいに助かる。
私はフレーバーティーで時折休憩を挟みつつ、のんびりと店番を続けていた。
禍々しい雰囲気を全身に纏った痩身のピエロが来店したのは夕刻のことだ。
「ここにめずらしい笛があると聞いてきた」
「笛、ですか」
嫌な予感がした。
「ああ、眠りを誘う音色で人や獣を自在に操るという笛だ」
なんというタイミング。もしかして人気商品か?
「すみません、そのお品はもう他のお客様がご購入を予定されておりまして」
「予定ということは、まだ買ってはいないのだな?」
「はい」
「ならば、私に売ってくれ」
私の返事に被さるように言ってくる。
これは簡単には引き下がってくれないかも。
「ですがもう、お取り置きされておりますので。代金の一部もいただいておりますし」
神官さんは衣をそのまま置いていったので、一緒に預かっているのだ。
「その客が払った額は? 代金は全部でいくらだ? 上乗せして払おう」
「いえ、それは……」
困ります。
うーん、どうしよう。こっちの人もめちゃくちゃ押しが強いな。
「あの笛はもともと私の物だったのだ。ある時うっかり手放してしまったのだが、やはり惜しくなったのでね。どうしても取り戻したい」
あらま、結構正当な理由じゃないですか。
「…………あの、」
しばし逡巡した後、私はふと思いついて尋ねた。
「大変失礼ですけど、念のため使用目的をお伺いしてもよろしいでしょうか? どういったことに使われるご予定ですか?」
音色で眠らせて、人や獣を操る笛――――
どう聞いても不穏な目的しか思い浮かばない代物なんだよね。
使い方なんて店側がいちいち口を出すことじゃないし、今朝のお客さんと話しているときには売ったらマズイかもなんて思いもしなかったんだけど。本当なら尋ねるべきだったのかな。人は見かけによらないって言うし、単なる思い込みで、もしかすると神官という単語に惑わされているだけなのかもしれない。
でも今、目の前にいる、この怪しげなお客さんにはどうしても訊いておきたい。
偏見だったらゴメンナサイ。
……って心の中で謝りながら、お尋ねしたわけですよ。
「使用目的? それはもちろん大事な儀式に…………というか、久しぶりにまた大勢子供を攫って喰いたくなったのさ。昔やったみたいに」
ハイ、あっさり身の毛もよだつ告白をいただきました。意外と正直じゃないですか。
っていうか、この人、ハーメルンの笛吹き男かな!? あれは実話を元にしている説もあったはずだし。横笛じゃなくて、確か縦笛だったけど。
「……おや、しまった。適当に誤魔化して買い戻そうと思っていたのに、うっかり本当のことを言ってしまった。ああ、面倒だ。やっぱりあの笛が要るなぁ」
ピエロは裂けたような大きな口でニヤリと嗤って、赤い舌を出した。
(キモっ……怖っ!)
ぞわぞわする。
ビジュアルだけで充分、通報案件だ。
ここが普通の店だったら。
「…………」
「というわけで、笛を売ってくれ」
「できません」
「なぜだ?」
「こちらから使用目的をお伺いしておいて、このように申し上げるのは大変失礼であると存じておりますが、何卒ご容赦ください。先程もお伝えいたしました通り、ご希望の笛はすでに先約済みです。やはりお客様にお売りすることはできません」
「私が子供を喰らうと言ったからか?」
心情的にはそれもある。おおいにある。だけど。
「違います。皆様それぞれに事情がおありでしょう。私にはその重要性や良し悪しの判断はできかねます。ですが、店主である私が、お客様と交わしたお約束を勝手に反故にするのは店の信用に関わります。誠に申し訳ございませんが、どうか、今回はご縁がなかったと思ってお引き取りくださいませ」
ここは特殊な店だ。このピエロが口にした『子供』が人間の子供なのか、はたまた別の何かなのか、それすら分からない。決めつけられない。まったく知らない別の世界からの来訪者たちを相手にしているのだから。
だったら感情とか正義感、倫理観でぐるぐる悩みまくるよりシンプルに約束を遵守するというスタンスでいる方が、きっといい。私の精神衛生上。それに店主の対応としても、そっちの方が正解のような気がする。
幸いなことに、相手も納得してくれた。
「そうか……ならば仕方がない。また売りに出されるまで、百年か二百年、のんびり待つとしよう」
――――やがて日は落ち、二日目の夜が訪れた。
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